『ゴブリン村』掃討作戦

その日の内であった。2階層のゴブリンの異常繁殖により、正規ルートで活動中の冒険者が死亡したとDMに報告されたのは。

これをDMは、『ゴブリン村』の戦争の影響だと判断した。

そして、近く『ゴブリン村の戦場』掃討作戦を実行すると公式に発表した。


夜、公式サイトでその情報を見た燐ははっきりと眉を顰めた。


「厄介なことになったな」


横から覗き込んだアリスも難しい顔をする。


「ねえ、あの黒ゴブリン、片っ端からゴブリン殺してなかった?生き残りがいるの?」

「そりゃいるだろ。外の見回りに出てた個体もいるし、新しく生まれる奴もな。俺なら村には帰らない」


そしてゴブリンたちもそうしたのだろう。

安全なはずの村は狂気の小鬼によって殺戮場と化した。安住の地を失った彼らは、当然村から離れて行く。

その結果、DMの目に止まった。


「くそっ……。これじゃあ、村まで行けないな」

「どうするの?」

「………DMが掃討作戦を組んだ。多分冒険者への大規模クエストになるかな」


燐は思い悩む。今週末、燐は『呪われし小鬼』を討伐しに行くつもりだった。

だが『ゴブリン村』から逃げ出したゴブリンが、異常繁殖しているのなら経路は過酷を極める。

アリスの索敵と支配したゴブリンを使ってもたどり着けるかどうか。


「……DMの討伐作戦を利用して数を減らさせる。その隙に『呪われし小鬼』の討伐、か?」

「それしかないと思うわ。ある程度ゴブリンの数が減って、DMが村に行く前に討伐する。順調にいけば再来週ぐらいかしら」


網の目を潜るような作戦だが、それしかない。

先に討伐されたら『呪いの武器』はDMか討伐者の手に渡るだろうし、そうなれば燐のこれまでの動きが無駄になる。


「……クエストが出たら参加するぞ」


正確にゴブリン村掃討の状況を把握するには、近い所にいなければならない。

覚悟を決めた燐の手のひらで、ゴブリン村討伐作戦参加依頼と名付けられたクエストがDMより発行された。


□□□


その日の夕方、燐は『塔』に来ていた。


「クエストを受けるの?」


会議室の対面に座る女性、奈切マイアは虚を突かれたように、琥珀色の瞳を瞬かせた。


「はい。ゴブリンのクエストなんですけど」


その一言だけで、何を指すのか理解したのか、マイアは納得の息を漏らす。


「燐君の活動拠点だもんね、2階層は」

「はい。相手もゴブリンですし、クエストデビューにはちょうどいいかと思って」

「………冒険者になって4か月ぐらいでしょう?ずいぶん遅いデビューだよ」

「ゴブリン関係のクエストがあれば受けたんですけどね」


ゴブリンなどというどこにでもいる雑魚モンスターの素材採取依頼も、討伐依頼も無い。

だから燐は今まで、クエストを受けたことが無かった。


「はあ……。急にトロールと戦って無茶したと思ったら今度は2階層に居座ったりして。私には君が分からないよ」


反抗期の弟の対応に困る姉のように、大仰に肩をすくめるマイアに、燐はなぜか居心地悪そうに身を捩る。


「……でも、今回のクエストを受けるのはいいと思うよ。相手はゴブリンだから奥まで行かない限りは危険も少ないし、DMからの依頼だから支払いも結構高いからね」

「ですよね!俺もそう思って「でも」」

「今回のゴブリンの『氾濫』は普段よりも数が多いの。多分ゴブリン村で何かが起こったって上は考えてる」


『呪われし小鬼』のことだ、と燐は思い至った。

そしてどうやらDMは、燐が交戦した個体のことを確認していないらしい。

これは大きな収穫だ。仲間すら殺すあの小鬼の危険度を知らないなら、DMは正規ルートに溢れてくるゴブリンの討伐という対処療法を取るだろう。


(冒険者が『ゴブリン村』まで行くのはまだ先のことになりそうだな)


内心でほくそ笑んでいる燐に気づかず、マイアは凛とした表情で、警告を発する。


「だから、絶対に奥まで行かないこと。分かった?」

「………はい!もちろんです!命大事に!」


燐の眩い笑顔を、マイアは贋作の絵を見た批評家のような険しい顔で見ていた。


□□□


クエストを正式に受けた燐は、マイアから通信端末を渡された。

角張った武骨な造りで、最低限の機能しか持たない頑丈さだけが取り柄の品だ。


「何ですか、これ?」

「DMの職員からこれで指示を受けるの。使い方は普通のスマホと同じだよ」

「へえ」


興味深そうに、眺める燐へと、マイアは説明を続ける。


「内部にはGPSも内蔵されていて、同じ端末を持つ冒険者同士は位置が分かるようになっているの。何かあったらその端末の反応を使って救助が出るから無くさないでね」

「はい」


『これって、味方同士の戦いを無くすため?』


アリスが可愛らしい声で、物騒なことを問う。


『そう言う面もあるだろうな。俺たちの位置はDMに判断されてるから、悪さは出来ないし、されない』


味方を間違って誤射する、ということもなさそうだ。

大勢の冒険者が集まるクエストでは、敵と間違われることが怖い。

この端末は一種の味方識別装置でもあるわけだ。


「後は端末からの指示に従ってね。君は低レベルだから前線には出されないと思うけど、その分同じ駆け出しの人と組まされるかもだから、仲良くするんだよ」

「大丈夫です。揉めたりしませんよ」

「………そうかなぁ。何ならそれが一番怖いよ」


最後までいろんな意味で心配そうなマイアに見送られて、燐はダンジョンへと潜っていった。


□□□


この『ゴブリン村掃討作戦』は、かなり自由が利くクエストだ。

冒険者は指定の時間(約3時間)をワンセットにタスクを割り当てられ、それを達成すれば、報酬が入る。

一日数時間だけでもいいし、逆に一日中参加してもいい。


『随分緩いのね』


クエストの詳細を確認したアリスは、意外そうにそう言った。

だがこのクエスト方式は、燐には納得できるものだった。


『だけど俺には都合がいい。放課後しか参加できないからな』

『あっ、そうか。2階層付近のクエストを受けるのは、基本駆け出し。学生が多いのね』


冒険者登録が出来る最少年齢(燐のような例外を除く)である高校生に配慮した形だろう。

これなら平日でも、学生の冒険者を動員できる。

実際に燐も平日にクエストを受けられたのだ。同じような冒険者は多いだろう。


『DMは上層の冒険者しか動かさないつもりみたいだな』


燐が警戒していたのは、下層で活動する高レベル冒険者を雇い、一気にゴブリンを殲滅されることだ。

だがこれほど大規模に人を雇っているなら、それは無いだろうと胸を撫で下ろす。


『上層の冒険者の育成も兼ねてるんじゃないの?周囲に冒険者がいて、発信機付きの端末を持った環境で、大勢のゴブリンと戦える。中々いい環境だと思うわ』

『………その発想は無かったな。じゃあ、俺もレベルアップを目指そうかな』

『………うーん、どうかしら。ゴブリンだともう経験値入ってないんじゃない?』

『まだレベル3なのに……』


燐は改めて、自身のユニークスキルの絶望的な副作用を嘆く。

重い嘆息が零れる前に、燐の懐で端末が震えた。


「おっ、早速か」


燐は端末を起動する。


『聞こえているか?こちらDM作戦指令室だ。冒険者、遠廻燐。早速だが指示を出す』

「聞こえてる。どうぞ」


『よし。これからしてもらうことは、拠点の見張りと安全確認だ。今から指示する場所に行って、臨時のパーティーを組んでもらう。くれぐれも問題を起こさないように』


(マイアさんの言ってた通りだな。集団行動か……。苦手だ)


燐は少し憂鬱になりながらも、送られてきたマップを頼りに、ダンジョンの奥へと進んでいく。

指示された場所は、2階層の正規ルートから少し東に外れた巨大なルームだ。

燐も何度か行ったことがあるが、岩しかない殺風景な場所だ。


「あの辺、隠れる場所無いからやり辛いんだよな」


いくつもの通路にも繋がっているため、モンスターとのエンカウントも多く、燐のようなソロで動く冒険者にとっては、かなりリスクの高い場所だ。


『今回は隠れる必要は無いと思うわよ』


アリスの言葉に疑問を覚えながら、燐は狭い通路を進む。前方から吹く風に顔を上げる。

道が開けたことにより、空気が流れ込んできたのだ。


燐は殺風景なルームに出た、はずだった。

だがそのルームの中央には、巨大な構築物が立っていた。

幾つもの巨大な柱が等間隔で突き立っており、それを支えに巨大な布がテントを作っている。テントの中には、いくつもの機材や物資が運び込まれており、忙しなくDMの職員らしき人たちが動き回っている。


「おおーーー、すげえ。ダンジョン内だよな?」

『そうね。ここまでの人をダンジョンで見るのは初めてかも』


燐は物珍し気に周囲を見渡す。

人々の喧騒と話し声に満ちるこの場所は、普段の陰鬱とした洞窟とは異なり過ぎている。


「ここが職員が言ってた『拠点』か」


燐は自身に割り当てられた臨時パーティーの集合場所に向かう。

ルームの端、通路へと繋がる出入り口の近くに冒険者たちがいた。


「てめえら、俺の周りをうろついたら殺すからな……!」

「あ?調子乗ってんじゃねえぞ!野良がッ!」


いきなり揉めていた。

ガタイのいい三十過ぎの男と、若い高校生ほどの少年が今にも掴みかかりそうなほど身を寄せ、睨み合っている。

周りの冒険者は止める様子はない。この程度の揉め事は珍しくないのだろう。

だが少年の口にした『野良』という言葉に眉をしかめるものは一定数いた。


『ねえ、燐。『野良』って?』

『ギルドに所属してない冒険者のことだ。あんまりいい言葉じゃないな』


そしてそれを口にするということは、赤っぽい茶髪を立ち上げた野性味のある少年は、ギルド所属ということだ。


(あの紋章は確か、『スターレイン』か?)


同じような紋章を付けたパーティーメンバーらしき人たちが少年を宥めて、争いは一段落する。パーティーメンバーも同じような年ごろだ。

どうやら駆け出したちのパーティーだと、燐は彼らを見た印象から思う。


「いいか、ガキどもぉっ!?おかしなことをしたら、したらっ、分かってんだろうなぁっ!?」


怒りが冷めない男は、唾を吐きながら少年へと憤怒を露わにする。

今にも斬りかかりそうな彼の様子に静観していた冒険者たちも重い腰を上げた。


「おい、落ち着けよ、ヨネダ。ガキなんざ放っとけ」


男と知人らしき冒険者が、その肩に手を置き、宥める。


「ロウマ、君もやめろ。ギルドの名を背負っていることを忘れないでくれ」


少年の元にも金髪の仲間らしき少年が肩に手を置き、窘める。

大きな舌打ちをしてその手を跳ね除けたヨネダよ呼ばれた男は、荒々しく少年たちから離れた場所に腰を下ろした。


「………ッ!!お前っ!お前も『子供』だなっ!何のつもりだぁ?じろじろ見やがって!」


燐と視線の合ったヨネダが吠える。

燐はその瞳孔の開いた瞳を見て、アリスにしかわからないほど小さく眉をしかめた。


『あいつ、酔ってるのか?』

『さあ?関わらない方がいいんじゃない?』

『そうだな。多分同じ班だろうけど』


金髪の少年と目が合う。燐よりいくつか上ぐらいだろうか。端正な顔立ちをした優しそうな少年だった。彼は困ったように笑った。


「………」


冒険者たちはいくつかのグループに別れて、座っている。

ひとつはヨネダのいる年齢層の高い冒険者たち。そして先ほどの少年のいる『スターレイン』所属の5人組。そしてそれ以外の駆け出しらしき者たち。

燐は最後のグループの近くに腰を下ろした。

ヨネダは何の反応もしない燐へと舌打ちを残した。


『初集団戦がこれかぁー。しんどいわぁ』


ひとりぽつんと地面に座る燐は、言葉を選んでいえば、浮いていた。


『ボッチね、まるで学校の燐みたいだわ』


言葉を選べない妖精ははっきり言った。


「………はあ」


燐と同じ班の冒険者たちは、各々知人やパーティーメンバーと小声で会話をしているが、燐には脳内のアリスしかいない。そしてそいつはさっき酷いことを言った。

燐は孤独を紛らわせるために、周囲を観察する。


「ロウマさん、他の冒険者と揉めないでください。伊佐木さんにも言われていたでしょう……」

「………突っかかってきたのは向こうだぞ……!あの野郎、こんな所でくすぶってる野良のくせによ」


嘲笑うように卑屈な息を吐く少年に、少女は困り眉を浮かべて嘆息した。

少女の肩に金髪の少年が手を置き、小さく首を振った。


「ロウマ、次問題を起こしたら、残念だが上に報告することになる」

「………ちっ。分かったよ、リーダー!」


揉めている二人をよそに、燐の視線は銀の少女に釘付けになった。


『そう言えば、あの子……前に『塔』で見たわね』

『………ああ、あの銀髪のヒーラーか』


燐はその輝くような白銀の長髪を見て思い出す。

清楚を体現したような白いローブに控えめな聖木の杖。困ったような顔立ちですら、絵画のような清らかさと美しさを宿している。

まだ、少女と言っていい年頃だが、ローブの上からでもわかる恵まれたスタイルは周囲の視線を集めており、燐もそのアンバランスな魅力に見惚れた。


『どうして『スターレイン』の冒険者が2階層のクエストなんて受けてるのかしら』

『駆け出しだからだろ。アリスが言ったんだろ、駆け出しにはちょうどいいクエストだって』

『へえ、『スターレイン』にも駆け出しがいるのね』

『そりゃいるだろうよ……』


そうして待つこと数分。燐たちの前に、DMの職員が来た。


「えー、三班の冒険者たちにはこれから拠点周辺の安全確認に出てもらう。進路は諸君の端末に転送している。いいか!くれぐれも揉め事は起こさないように」


じろり、と最後にヨネダを睨みつけた職員にヨネダは唾を吐き捨てた。


「チッ……。大手ギルドに尻尾降りやがって。クソ野郎が……」


「では、出発してくれ!」


ヨネダの言葉が聞こえていなかったのか、聞き流したのか、DMの職員は出発を命じた。

三班に所属する冒険者たちは腰を上げる。人数は11人だ。

スターレインが5人、ヨネダたちが3人、燐を含むそれ以外の駆け出しが3人だ。


面倒ごとしか感じないクエストが今、始まった。

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