地底の森

『特区第一ダンジョンの二階層、変じゃね?』


1.新人冒険者

二階層のゴブリンが増えてきてる件について。新人なんだけど気のせい?


2.名無しの冒険者

気のせいです


3.名無しの冒険者

気のせいだよー


4.名無しの冒険者

やめろ、気のせいじゃない。それは『呪われし小鬼』が生まれかけている影響。特殊領域のモンスターが戦争のために活発化してる。面倒を避けたいなら西側の正規ルートを通ったほうがいいよ。


5.名無しの冒険者

チッ。


6.名無しの冒険者

チッ!


7.名無しの冒険者

お前等悪質だろ。新人があの大群に出くわしたら死ぬなんだから


8.名無しの冒険者

呪われし小鬼を討伐できるマジックアイテム売ってるよ!詳細は飛んで!

https:danzyonnn.cccc.a.jp


9.新人冒険者

ありがとうございます。しばらくは近づかないようにしますね


10.名無しの冒険者

頑張ってね!


11.新人冒険者の冒険者

はい!


12.名無しの冒険者

ねえ。二階層でソロで活動してる子どもがいるの知ってる?


13.名無しの冒険者

あー、見たことあるわ。すぐ死ぬでしょ、あれ


14.名無しの冒険者

槍持ってる子でしょ?結構有名だよね。この前二階層で見た


15.新人冒険者

ソロってすごいですね!強いんですか?


16.名無しの冒険者

強かったら二階層にいない件


17.名無しの冒険者

二か月近く2階層で活動してるらしいよ


18.名無しの冒険者

は?遅すぎ。スライムだけ狩ってんの?


19.名無しの冒険者

デマだろ


20.名無しの冒険者

何でだよw


20.名無しの冒険者

特区第一そんな奴いんのwレベル低www


21.名無しの冒険者

死ね


22.名無しの冒険者

でもその子が噂になったの二か月前とかじゃない?


23.名無しの冒険者

よその人は消えて貰って


24.名無しの冒険者

ガキでも潜れるダンジョンwww


□□□


1か月後、季節は7月となり、夏真っ盛りだ。どこかしこでセミが大きく鳴いて照り付ける太陽は陽炎をアスファルトに映し出している。

後数週間後には夏休み、そしてその前には期末テストがある。


運動部も夏の大会に向けて、活動している。日が暮れるころまでグラウンドから聞こえる掛け声が消えることは無い。


学生にとっては長期休みに向けた最後の頑張り時だ。


だが二人はそんなことも忘れたように、ダンジョンへと潜る日々を過ごしていた。


そんなある日、燐は山野の鍛冶場に来ていた。

摩耗した武器や防具の整備をしてもらうためだ。

山野は険しい顔で燐の装備を見つめて、短槍を持ち上げる。


「かなり酷使しとるのう」


『黒鉄の短槍』の穂先には、小さな刃こぼれが見て取れた。


「初心者向けの武器とはいえ、頑丈さが取り柄の短槍じゃ。何と戦った?」

「ゴブリンですよ」

「……2階層の装備持ちか。大分入れ込んでおると聞いとるぞ」

「え?誰から?」

「掲示板じゃ。見とらんのか?2階層にずっとおる子供が噂になっとるぞ」


燐が二階層でゴブリンを殺し回って2か月ほど。

いくら正規ルートから外れた場所で動いているとはいえ、燐の年齢もあり、流石に目立つ。


「実はダンジョンで死んだ子供の霊とか、肉体を弄った最前線冒険者の戯れとか言われとるぞ」

「えぇ……。前者は分かるんですけど、後者は何ですか?最前線の冒険者って身体を変えれるんですか?」

「割とおるらしいぞ。ダンジョン内でそういう『機械』が見つかったらしくてな。まあ、遥か先の話じゃがな」

「機械って……ああ、神代の」

「それじゃ。おぬしも『特区第一ダンジョン』に潜るなら、いずれ見る機会はあるじゃろうな。おっと、話が逸れたな。……短槍はまだ持つ。ナイフと防具も大丈夫じゃ。じゃが、この鎖はもう無理じゃな。新しいのを買った方がいい」

「この前買ったばかりなんですが……」

「鎖は元から消耗品じゃ。雑に使えば、一瞬で摩耗する」


乱暴に使ってきた心当たりのある燐は、居心地が悪そうに口を噤んだ。


「うちで買っていくか?」

「そうします。めちゃくちゃ頑丈で自由に動かせる鎖とか置いてません?」

「あるわけねえじゃろ!うちは初心者用の店じゃ!」

『あるにはあるのね』


「それじゃあ、整備だけお願いします。鎖は適当に買いますよ。整備はどれぐらいかかりますか?」

「2,3日はいるな」

「では、金曜ぐらいに取りに来ます」


燐は前金を渡して、店を出た。


□□□


一月ほどかけて燐はゴブリン村のゴブリンを数十体以上支配していた。

皆、小隊のリーダー格であり、村に戻った後は追加の部下を持って当初の役割を果たしている。


その結果、燐はゴブリン村の戦力、配置を把握し始めてきた。

燐はいともたやすく見張りの死角を突いて、複雑な通路を進んでいく。


東端近くの洞窟の特徴は、細く入り組んでいること。まるでアリの巣のように横穴がそこかしこに空き、地図が無ければ迷ってしまう。

DMが公表している地図には、ゴブリン村までの正確な道は記されていなかった。

だから燐は金を払い、情報屋から地図を購入した。


今日は『ゴブリン村』の下見だ。まだ『呪われし小鬼』と呼ばれる個体の生誕は報告されていない。生まれる前に、一度戦場となる場所を見ておく必要があった。


「………本当に遠いな」


燐は水筒の水を飲みながら愚痴をこぼした。

今は小さな横穴の中で小休憩を取っているところだ。

2階層に入ってから5時間、燐は未だに『ゴブリン村』に辿り着いていなかった。


「入り組んでるからね」


アリスはころころと飴を舐めながら答える。妖精は食事を取らなくても死なないので完全な嗜好品だ。


何度も横道に入ったり、ゴブリンを避けて通る必要があるため、直線で通れば一時間ほどの道のりに5倍の時間がかかるのだ。

この遠さも、『ゴブリン村の戦場』が不人気な理由なのだろう。燐は埃っぽい通路に嫌気を感じながらそう思った。


(それに加え、数も多い。戦争期はゴブリンの数が増えるとは聞いていたが、これほどか)


『ゴブリン村の戦場』に近づけば近づくほど、ゴブリンの数は増えていく。すでに2階層の基準からは大幅に外れていた。

ゴブリンしか生まれない特殊領域は、ゴブリンにとっての安住の地であり、彼らは子を増やし続ける。2階層端から発生した大繁殖は、次期に正規ルートにまで影響を及ぼすだろう。


(増え続ければ、ゴブリン村に行くのも難しくなってくる。急がないとな)


燐はバックパックの中に水筒や食料をしまい、背負う。そして短槍を手に持って立ち上がった。

道を進んでいく。既にゴブリンの領域だからか、ゴブリン以外のモンスターの姿は見かけない。明らかに他の場所とは違うモンスターの生態、環境を間近に感じる。


やがて眼前の通路が広くなった。薄暗い洞窟とは異なり、明るい光が差し込んでいる。

燐はその穴から外を見た。


「すげえ………」


思わず声が漏れた。そこにあったのは巨大なルームと、森だった。

それをルームに空いた穴から覗いている。地上から数十メートルはある高所に空いた穴だ。


どうやらこのルームにはハチの巣のように入り口があちこちに空いているようだ、とルームの反対側の壁に空いた無数の穴を見て知った。


ルームの天井には今まで見たことが無い規模の光苔が繁殖しており、まるで昼間のように燦燦とルームを照らしていた。

その光量のお陰なのか、洞窟では考えられないサイズの木々が生い茂り、森を形成している。

黒い岩肌の洞窟と森が不自然に混じり合い、地底の森という超常を成している。


「この植物の規模を考えたら、大きな水源もあるのでしょうね」

「………そう、だな」


燐はアリスに言葉に心ここにあらずと言った返事を返す。

アリスが怪訝な視線を向けるがそれも気にならない。


燐は今、眼下の光景に見惚れていた。

洞窟の中に森があって昼間がある。そんな未知の光景は、かつて燐が夢見たダンジョンの光景そのものだった。

当時のような憧れだけの気持ちは消えたが、それでも燐の心を強く打った。


「………ッ。探すか」


何かを思い出したように唇を噛んで、燐は首を振った。

燐は視線を森の中央付近に向ける。そこには森の中にぽかりと空いた空間があった。

向かって左側には何か建物の影のようなものが見える。よく見ると右側にもある。


「あれがゴブリン村か?」


木々が邪魔してよく見えないが、村は二つあると聞いていた。なら左右に一つずつの村があり、それが互いに争っているのではないかと燐は考えた。


「ワタシが見てきましょうか?」


アリスが提案をする。空を飛べるアリスなら空中から村を偵察できる。

燐が見たところ飛行能力を持つモンスターはいないようだし、いい提案に思えた。


「これ持って撮影してきてくれ」


燐はアリスにスマホを持たせる。


「行ってくるわ!」


アリスが飛んでいった。

燐はアリスが帰ってくるまで、洞窟の陰に身を隠して体を休めることにした。


「ふう………」


燐はバックパックに背を預けて、座り込む。じわり、と背中の筋肉がほぐれる感触に思わず息が漏れる。低レベルの燐にとって、数時間にも及ぶ移動とゴブリンの群れに見つかるか分からない緊張感は、心身に大きな負担となっていた。

一息ついた安堵から気が緩む。


「これがダンジョンなのか」


身を包む疲労と左を向けば視界一杯に広がる緑の大森林に改めて感嘆する。


―――ダンジョンの中には『世界』が広がっているの


燐は母、凛音の言葉を思い出す。

あまり燐にダンジョンのことを話したがらなかったが、その言葉を口にした時は、楽しそうだった。

その言葉の意味と感情を、数年の時を得て、燐も理解できた。

きっとさらに下層に向かえば、様々な環境やモンスターが跋扈し、人知の及ばない未知が、誰も知らない謎が眠っているのだろう。


未知の世界を覗く興奮とそれを解き明かす達成感。

これが冒険者の醍醐味なのだと、燐もまた心を躍らせた。


「父さん、母さん、俺も冒険者になったよ」


思い描いていた冒険者生活ではないが、興奮を胸に宿して燐は笑った。

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