『ゴブリン村』侵攻
家に帰ってきた燐は、手元のノートにペンで今日の成果を書き込む。
アリスは帰り道で買ったコンビニの総菜やお菓子をテーブルの上で貪り食っている。
「【
あの後もゴブリンを連れ歩いていたが、ゴブリンの支配が切れることは無かった。
数時間ほどしか試せていないが、恐らく制限時間は無いのだろうと燐は結論付けた。
「そして支配下のモンスターが別のモンスターを倒しても経験値の獲得はない」
燐は文字の最後に自信なさそうに「多分」と書き込んだ。
燐の必要経験値の多さでは、一体程度を支配して数時間モンスターと戦わせても経験値が入ったかどうかは分からない。なぜならレベルアップしないと経験値が入っていたか分からないからだ。
「―――ねえ!そんな事いいじゃない!」
ペンを回しながら自身の能力の考察をしていた燐を、甲高い声が遮った。
お祝いとばかりにお菓子祭りを開催していたアリスは、頬を汚しながら満面の笑みを浮かべている。
「レベルアップしたんだから、ステータス見ましょう!」
燐は二度目のレベルアップを成し遂げた。それは支配下に置いたゴブリンを処分した時だった。燐は身体の奥から湧き出すような力を感じた。
すでに帰る予定だったので、どうせなら家でゆっくりステータスを見ようと言うことになったのだ。
以前のレベルアップからダンジョン探索は2回しかしていない。
レベル2から3へのレベルアップの期間としては一般的だが、燐の必要経験値を考えれば異常な速度だった。
「トロールのお陰だな」
これも、トロールから手に入れた経験値のお陰だった。
経験値の算出方法は、モンスターの持つ経験値に討伐者とのレベル差を加減算した後、討伐に参加した者の間で貢献度に応じて配分される。
つまり燐は、トロールというレベルが上のモンスターを一人で討伐したため、莫大な経験値を得ることが出来たのだ。
「何ニヒルに決めてるの!本当は嬉しいんだから笑いなさいよ!ほらほうら!」
飛んできたアリスが汚れた手で燐の頬をぐにぐに弄って来る。
テンションが上がっているのかうざさがいつもの数倍増しだが、そんなことも辛うじて許せるほど燐も高揚していた。
「さっさと使え」
燐はアリスを引き剝がしながら雑に頼み込む。
アリスは気分よさげに叫んだ。
「【ステータス】!」
―――――――――――――――
Name:遠廻燐 Lv.3 Job 【呪術師Lv.11】
Ability
生命力:360 SP:377 MP:301
力:292 敏捷:321 器用:399 耐久:250 精神:263 魔力:161 幸運:110
Job Skill:
【初級呪術Lv.17】:『呪い』『アウェイクン・カース』『カース・バインド』『付与:
【耐呪Lv.2】
【魔法複製Lv.1】
Race Skill:
Unique Skill:【
―――――――――――――――
これが燐のレベル3のステータスだ。ステータスは相変わらず頭一つ抜けた『器用』と魔法職とは思えない絶望的なMP、魔力が目立つ。
また、ジョブやスキルレベルの上昇はほとんどない。
だが【呪術師】ジョブレベルが10を超えたため、基礎系統の【魔法複製】が生えてきた。
これは魔力を倍消費することで、魔法を複製するスキルだ。
単純に手数を増やせる優秀な魔法スキルだが、二つの魔法を同時に使うことになるため、扱う魔力が大きい魔法ほど制御が難しくなるという欠点がある。
『器用』が高い燐なら使いこなせるだろうが、それを発動させるためのMPが少ないという問題があるため、使いどころは選ばなければならない。
「順当に歪な魔法職として伸びてるわねー」
アリスは取り返しのつかない何かを嘆くように、肩を竦めてそう言った。
燐自身は前衛として戦っているくせに、前衛系統のスキルが一つも無い。
冒険者学校ならダメな冒険者のジョブ構成のお手本として教科書に載っていてもおかしくない。
「ふっ。もう諦めがついたよ」
ここまでジョブレベルが上がれば捨てることは出来ない。後は伸ばしきるだけだと、燐は諦めにも似た感情で笑った。
「もういいけどね………。その分ワタシがサポートするから」
ふう、と大きく息を吐いた。
もうアリスもジョブを変えろとは言わない。
諦めたようなアリスの行動に燐はそっと視線を逸らした。
これなら文句を言われた方がよかったと、居た堪れない気持ちになった。
「………あっ!アリスのステータス見てないぞ!」
燐は重くなった空気を取り払うようにそう言った。
慌てたような燐の表情を見て留飲を下げたアリスは、「【ステータス】」と唱えて燐に自身のステータスを見せた。
―――――――――――――――
Name:アリス Lv.3 Race:妖精
Ability
生命力:―― SP:200 MP:700
力:150 敏捷:200 器用:250
耐久:160 魔力:610 幸運:100
Race Skill:
【妖精魔法Lv.19】:『ステータス』『イミテーションステータス』『ハインド』『アテンション』『ポケット』『ヒール』『フェアリーリング』
【宿り木作成】
【並列陣Lv.1】
―――――――――――――――
「おー、相変わらずぶっ飛んだ魔力だな………」
そして新たなスキルも獲得している。
「【並列陣】か」
確か魔法系のスキルだったはずだ、と燐は記憶を探る。
「別種の魔法を同時発動させるスキルだったかな」
燐が獲得した【魔法複製】が同種の魔法を複数発動させるものだとすれば、【並列陣】は別種の魔法を同時発動させるものだ。
どちらも魔法職なら必須と呼ばれるものである。
「へえー!あんまり使えそうじゃないわね!」
アリスは燐の説明を聞いて、バッサリと切り捨てた。
「まあ、な。あんまり同時に魔法使う場面無いし」
アリスの魔法は【妖精魔法】のみであり、かなり特殊な効果の魔法ばかりだ。
効果はどれもバラバラであり、同時に発動する場面は考えられない。
「生えるだけでもいいんじゃないか?後から役立つだろうし」
燐は投げやりにそう言った。
【妖精】がどんなスキルを得るのか分からないのだ。アドバイスのしようがない。
「もう寝る」
燐はノートを置いてアリスに告げた。
どこか冷めたような燐の姿に、アリスは目をぱちくりと瞬かせた。
「まだ8時よ?燐ってば、いい子ね」
夜更かし=悪い子という意識のあるアリスは偉ぶるように胸を張った。
燐は取り合わずに手をひらりと振った。
「明日は朝から出るんだ。眠っときたいんだよ」
□□□
それから燐はダンジョンでは二階層を中心に探索を進めて、いよいよ東側領域へと足を進めていた。
そんなある日の日曜日。春も終わりに近づき、青々とした木々が枝葉を太陽へと延ばす。
眩い夏を連れてくる梅雨のじめりとした空気が漂い、鈍色の空は今にも大粒の涙をこぼしそうだった。
そのくせ気温は35度を超えるのだから、この島の夏は厳しい。
太平洋上に存在するこの『星底島』は特に天気が変わりやすい。
傘を手放せない季節だが、地底に潜る彼らには関係のない話であった。
『ゴブリン村の戦場』。それは『特区第一ダンジョン』第二階層の東端に存在する特殊領域だ。ゴブリンしかポップしない特殊な環境はゴブリンにとっての安息地と化し、増えたゴブリンは二つの村に分かれて殺し合う。
燐は今、ゴブリン村の近くまで来ていた。
通路の曲がり角に待ち伏せて、眼前から迫るゴブリンを待つ。
数は5体。ゴブリンは群れを作って行動するが、5体は2階層では通常みられない数だ。
だが燐がエンカウントするのはこれで6回目。それも避けきれずに仕方なく戦ってだ。
数が増えたというのも危険だが、それ以上に厄介な点がある。
(……こいつらも武装してんのか)
燐は角から顔を出して眉を顰める。
ゴブリンは身体に黒い毛皮でできた防具と牙を削った槍や剣を装備していた。
どれも削る、砕く、切るといった原始的な加工を施したものを、階層に繁殖する蔦植物で縛っただけのものだが、素材となったのは、ヘルドッグのドロップアイテムだ。
それが意味するのは、ゴブリンたちは2階層最強のヘルドッグを討伐しているということだ。ゴブリンたちは集団で狩りを行うことでヘルドッグを討伐し、ドロップアイテムを加工して戦力を高めている。
眼前のゴブリンの装備だけで、ゴブリン村がどれだけ高度な社会性を構築しているのか分かる。
(しかも距離詰めて歩いているな)
ゴブリンたちは隊列を組むように固まって動いている。周囲に視線を動かして、個々が死角を潰すように配置されている。
ゴブリンは【ハインド】を使った燐たちには気づいていない。そのまま距離を詰めてきている。
進むにつれて、集団後方のゴブリンが一体遅れだした。
何かに気づいたようにひくひくと鼻を動かしている。
(———ッ!気づかれたか!?)
燐は僅かに硬直するが、直後ゴブリンがしゃがみ込んだのを見て安堵の息を吐いた。
足元の石ころが気になっただけのようだ。
すると、先頭にいたゴブリンが動きを止めて一番後ろまで行き、止まったゴブリンを殴りつけた。
『GiiiGii!!』
殴られたゴブリンは血を流しながら地面に倒れ込んだ。
それに対して、殴ったゴブリンがぎゃあぎゃあと何かを叫びつける。
倒れたゴブリンは委縮して小さく鳴き声を返した。
そして集団は再び進み始めた。
(なるほど。知能には差があるな)
『先頭がリーダーね。一体だけレベルも高いわ』
アリスが鑑定した結果、先頭のゴブリンのレベルは3。
2階層のゴブリンのレベルは1か2。つまりそれだけの戦闘経験を積んだということだ。
『よし。先頭を残すぞ』
燐はアリスに触れる。そして魔法を唱えた。
「【泥の靴】」
アリスを淀んだ魔力が覆い、『敏捷』のアビリティを低下させる。
そしてアリスも魔法を発動させた。
「【フェアリーリング】」
『Giii!?』
ゴブリンたちは突如自分たちを取り囲んだ光の輪に同様の鳴き声を漏らす。
だがもう遅い。5体全員の身体に、アリス同様の淀んだ魔力が纏わりつく。
【泥の靴】が共有されたのだ。ゴブリンたちの『敏捷』は低下した。
燐は片手に短槍、片手に鎖を持って駆けだす。ゴブリンたちは未だに光輪のショックから立ち直れておらず、燐のハインドを見破る余裕は無い。
燐の狙いは戦闘のリーダー格だ。
燐は鎖を放り投げてリーダー格を絡め取った。
体に巻き付いた鎖はゴブリンの動きを阻害した。
だがそのせいでゴブリンは襲撃者の存在を確信し、燐にかけられていた【ハインド】は解けた。
燐はリーダー格に一息に近づいて短槍を振るう。柄で殴られたゴブリンは吹き飛び、壁に叩きつけられた。
燐と同じレベル3と言えど、ゴブリンと人間の種族差によるアビリティの差と体格差によりゴブリンは踏ん張ることも出来なかった。
(後四体。前に二体、後ろに二体)
武装は槍が2にナイフが2だ。
厄介なのは槍であり、前方に配置されている。
燐は槍の間合いに入らないようにして、右手を突き出す。これは、魔法の射出口だ。
「【カース・バインド】【魔法複製】」
燐が狙ったのは向かって右側の槍持ち。ひとつ目の【カース・バインド】が足に巻き付き、二つ目の【カース・バインド】が一つ目の鎖に結びついた。
『Gi!?』
結果鎖に衝撃が加わり、ゴブリンは体勢を崩した。
「よっしゃあ!上手くいった!」
【カース・バインド】の鎖は魔法の起点と対象部位を指定することしかできない。後は鎖が勝手に巻き付くだけで動かすことも出来ない。
あくまで拘束限定の【呪術】であり、攻撃には転用できない。
燐はその欠点を魔法を重ね掛けることで補った。一つ目の鎖に二つ目の鎖をぶつける。そうすることで動かない鎖を動かしたのだ。
「後は、お前だッ!」
燐は左側の槍持ちに向かっていく。
正面からの槍との戦闘。リーチの差はほとんどない。
燐は相手の槍の穂先を見ていた。その僅かな動きも見逃さないように。
そして燐が間合いに入ったとき、ゴブリンは槍を突き出した。狙いは燐の胴体。
躱しづらい位置だが、燐はそれをひらりと避けた。
レベルも下、それも『敏捷』が低下した相手だ。脅威ではない。
そして冷静に狙いを定めて『黒鉄の短槍』を突き出した。頭蓋を貫いてゴブリンを即死させた。
後は三体。燐は右の槍持ちを処理しようとしたが、視界の左から小さな影が向かってきていることに気づいた。
背後にいたナイフ持ちが来たのだ。
燐は舌打ちを溢して『石蜻蛉』を抜いた。
居合のように振り抜かれたナイフは首元を狙って放たれたが、間にゴブリンのナイフが掲げられたことで軌道がずれた。
牙のナイフが削られて派手な火花が散る。
「らああッ!」
そして、火花を切り裂いて振り上げられた燐の足がゴブリンの顎を砕いた。
燐は勢いのまま反転して、一気に拘束したリーダー格の元まで戻った。
リーダー格は鎖から脱しようと暴れていた。燐はそれを蹴り飛ばして黙らせた。
「後、2」
【カース・バインド】から脱した槍が1に無傷のナイフが1。
並んだ二体は、じりり、と燐との間合いを詰めてくる。
燐は無造作に槍持ちに近づいた。
『GIiiiiiiii!』
上段から振り下ろされた槍を横に一歩動いて躱す。
「遅いんだよ」
短槍を短く持って剣のように振るう。首が飛んで血が舞う。
そしてリーチが短いナイフ持ちは、長く持った短槍で突き殺した。
「お疲れ。簡単に倒せるようになったわねー」
アリスがにこにこしながら飛んできた。消費魔力40でゴブリン5体はかなりいい成果だ。
危険な目に会うことも無く、安定した倒すことが出来た。
「…………大分MPを使ったがな」
はっきりと分かるほど減ったMPに眉をしかめながらも、燐は生け捕りにしたゴブリンに近づく。
泣き喚くリーダー個体に、燐は右手を近づける。
背後から迫る巨大な気配に怯えたようにゴブリンは大きく鳴いた。
「よし、仲間の配置を教えろ」
ゴブリンは『GiGiGi』と鳴きながら身振り手振りで仲間の位置を説明する。
知能の低いゴブリンなので大雑把な位置しかつかめないが、アリスの索敵能力と合わせれば効率的に狩ることが出来る。
そしてもう一つ確認しなければならないことがある。
「黒いゴブリンはいるか?」
燐の問いに、ゴブリンは首を横に振った。
「いないみたいね」
「……まあ、こればっかりは運だ。周期的にはそろそろのはずなんだがな……」
燐の目標である『呪いの武器』に適応した『呪われし小鬼』の存在は、呪いの武器の存在を証明する存在だ。
その存在は、一定周期で発生する。大体半年に一回ほどだ。
その周期で考えれば、数か月以内に発生する可能性は高い。
「お前はこのまま群れに戻って普段通りに動け」
燐は虚ろなゴブリンの目を忌々しそうに見た後、命令を下した。
「もう少し支配下のゴブリンを増やすぞ」
ゴブリン村は洞窟の複雑な通路の奥に位置する広大なルームに存在する。
そこに辿り着くまでには、多くの見張り役のゴブリンを掻い潜っていかなければならない。
燐はゴブリンの大群と戦える力はないので、潜入する必要がある。その時に支配下に置いたゴブリンは役に立つ。
このまま巡回役のゴブリンを支配して、次は見張り役のゴブリンを支配する。
そして『呪われし小鬼』の発生を確認した後、ゴブリン村に潜入して『呪いの武器』を回収、呪われし小鬼を討伐する。
燐はアリスを連れて東側のゴブリンの小隊を狩り続けた。
雑魚は討伐して、リーダー格のみを支配した。そうすることで雑魚はヘルドッグや他のモンスターに殺されたという意識をゴブリンたちに与え、仲間が減っていること、一人だけ生き残ったことに違和感を感じさせないようにした。
(そもそもゴブリンに仲間の数を把握する習性があるのかは謎だがな………)
燐の打った手は必要ない物かもしれない。それに思い至り、苦笑いを浮かべる。
燐は去り行くゴブリンの背を見て、時計を確認した。
すでに夜だ。今日だけでも10体を超えるゴブリンを支配した。
燐のMPも尽きかけており、これ以上の探索は厳しい。
「今日はここまでだな」
予想以上に厳重で強い『ゴブリン村』のゴブリンたちに苦戦した燐は、これからの予定を組みなおしながら、苦渋の滲んだ顔でそう言った。
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