第13話 亜人の救出(下)

 屋敷に監禁されていた亜人達を牢屋から救出したのち、地下から地上まで続く階段を上っていると、先の部屋から何やら不穏な空気を感じ、先頭に立つライカに変わり、俺が先に進むことにした。

 亜人達を3歩程下がらせたのち、俺は単独で地下から抜けると、そこには、槍を構えた複数の兵士達が待ち構えていたのだ。


「まじか」

「この侵入者!どこの者だ?」


 俺と対面に立つ兵士が脅しの口調で問いかけてきた。それに素直に応える気はないので、早々にライカにアイコンタクトで指示をする。

 コクリと頷くと、ライカはスキルを発動した。

 スキル『龍王の威圧』発動

 スキル発動後、兵士たちはその場から硬直し、声も発することが出来ず、冷や汗を掻いていた。構えた槍は手から離れ、金属音を鳴らした。

自分達が何をされたのか理解できないのだろう。


「すまないが、お前たちに構っている暇はないんだ、先に進ませてもらう」


 正面の兵士を脇に退かし、階段にいる亜人達に声を掛けた。


「もう安全だ、皆来ていいぞ」


 俺の声で、レレは胸を撫でおろす。亜人達の前に先導しているレレは、皆にも声を掛け心配ないと促した。

 すると、正面の扉の向こうからカシャカシャとプレートアーマーが擦れる音が聞こえた。


別の部隊の兵士か?


「待て!」


咄嗟に地上に出ようとしていたレレを止める。

擦れる音が扉の前で消えると次の瞬間、俺の真正面に扉が飛んでくる。


まずい!後ろにはレレがいる、避けるのは無理だ!

腰に備えた剣を抜き、剣聖スキルを発動させた。


剣聖スキル『一輝千斬』発動


向かってくる扉を一振りで千の斬撃で切りつけ、パラパラと木っ端みじんにさせた。その様子を見ていたレレは腰を抜かし、尻もちをつかしていた。

この技は腕の負担が大きいから、あまり使いたくなかったのだがな。

目の前は埃が舞ってしまうが、徐々に一人の大男がその姿を現した。


「おいおい、俺の屋敷に入るとはいい度胸してんな、コソ泥共が」


 聞き覚えのあるその声に、胸の高まりが抑えきれない。身長は2m以上あり、背中には自分の背丈ほどの大剣を背負い、頭をむき出しにしたフルプレートアーマーを武装していた。

 そこにいたのは、30年前となんら変わらない姿をした騎士ダンケンだった。


「ダンケン……」

「お?何だよ、てめぇ?どこのもんだ?あん?」


 俺はダンケンの姿に愕然としてしまった。

 目の前にいるのは、間違いなく、俺の妹を殺した騎士ダンケンだ、しかし、おかしい、おかしいんだ、何故こいつは、と姿形が同じなんだ!?

 少なくとも30年は立って取るというのに、全く歳をとっている風には見えない、あの頃のままなんておかしい。


「ダンケン、お前その姿は?」


 ダンケンは俺の顔をジッと見る。俺の姿は人間に見えるようにしているが、勇者ユニスの時の見た目ではなく、12歳のどこにでもいる青年の容姿にしている。


「あん?だから誰だよ、お前?まぁ、いいや、どっちみち俺の屋敷に侵入したんだ、この場で殺すんだから、誰でもいいよな」


 ダンケンは背中に担いだ大剣に手をかける。

まずい!今この狭い空間で大剣を振り回されでもしたら時間操作クロノスを使わざるを得ない、そうなれば俺の正体がバレてしまう。


「ライカ!」

「うん!」


 スキル『龍王の威圧』発動


 俺の呼びかけにライカは間髪を入れずスキルを発動させた。ライカの『龍王の威圧』は相手がライカより格下であれば相手をその場で無力化させてしまうスキルだが、ダンケンには効くのか?


「お?何だこれ?体が動かねぇーぞ」


 良し効いている!まだ余裕が見えるが、この一瞬の隙がさえあれば問題ない。

 俺はすぐに片足を強く踏み込みダンケンに肉薄した。


「お?何だ?」


 左足を中心に右に回り、思いっきり右足でダンケンの腹に蹴りを入れた。


「グハ!」


 軽く蹴り飛ばしただけで、ダンケンの図体はボールのように軽く飛んでいく、振動が屋敷全体に響き渡り、木造でできた壁は外まで貫通した。

 あの巨体の男を軽く蹴り飛ばしただけで、外まで貫通して行くとは思わなかった。この体は、人間と比べ、かなり身体能力が高いらしい。


「流石ご主人様ですな、私の出番は必要なさそうですな」


「あの程度であいつは死なない、俺が注意を惹き付けるから、その間にに進めくれ」

「承知しました」


 亜人達の事は、ヴァンとライカに任せて、俺は飛んで行ったダンケンの元に行く。

 隠密にやりたかったのだが、ダンケンに見つかってしまった。

あいつの顔を見ていると、頭の中が復讐心でいっぱいになってしまう。


 俺は、一度深呼吸をした。


 落ち着け、あいつを殺すのは今じゃない、あいつには、もう這い上がる気力がさえなくなるまで、どん底に落としてやるまでは殺してはいけない。

 俺はダンケンを追い、屋敷を抜け出すと、大の字で仰向けに倒れるダンケンがいた。俺が蹴り飛ばした腹は赤く凹んでいた。今の攻撃だけでかなりのダメージを負ったのだろうか。

 全く動こうとしない。すると、ダンケンは俺に気が付いたのか、何事もなかったように体を起き上がらせる。


「ここまで吹き飛ばされたのは何十年ぶりだろうな、お前気に入った」


 元々勇者パーティ時代、その巨体と大剣で魔物を葬ってきた男だが、タンクとしても活躍してきたんだ。その頑丈さは勇者パーティ一位だ。俺の攻撃がたいして効いていないのも不思議なことじゃないが、やはり、明らかに歳をとっていないことが一番の気がかりだ。


「ダンケン、何故歳を取っていない?」

「あん?何だよ、そんなもん何で教えないといけねぇーんだよ」

「禁忌にでも触れたか?それともまた、ソーレイが何かしたのか?」

「何で今ソーレイが出てくるんだ?そういうお前はなにもんだ?」

「俺は……そのうちわかる事だ」

「っけ、話になんねぇな!」


 大剣を片手で軽々と豪快に抜く、一振り払うと3メートル以上離れた俺の所まで空気が伝わってくるダンケンは戦闘態勢に入った。

 俺も剣を構い戦闘態勢に入る。お互いに様子を見て動くのを躊躇している。

 この感じ、30年前を思い出す。あの豪雨の中、こいつとの戦闘でこいつのご自慢の左腕を切り落としたんだ。その時に、命乞いをされ俺は油断をした。それがなければ妹と一緒に逃げることが出来たんだ。俺はもう油断をしない。


 そう刹那の中思い、無くなったであろう、ダンケンの左腕を見ると俺は驚愕してしまった。


「お前、なんで左腕が付いてんだ?」


 そう切り落としたはずの左腕が、綺麗に元通りになっていたのだ。おかしい、この国の回復スキルは、一番高位なものでも、深い傷を治すぐらいで、破損した部位は元に戻ったり、くっつけたりすることは不可能なはず。


「あん?左腕?何だお前、まさか、魔王の手下、勇者ユニスとの一戦を知ってんのかよ、とんだ俺のファンだな」


 ダンケンは歪な笑みを浮かべ、俺の方に前傾姿勢で突っ込んできた。大剣を右腕に持ち、俺との距離を詰める。

 まだ話の途中だってのに、こいつは。

 ダンケンは俺と肉薄し、大剣を両手で握りしめ、スキルを発動させた。


 騎士王スキル『断絶斬』発動


 俺は、この攻撃を受け止められないと思い、バックステップで距離を取り避けるものの、スキルの攻撃範囲は広く、離れてもその技は俺の方にまで斬撃が向かってきた。


 まずい!出し惜しみしている場合じゃない!


 剣聖スキル『十字斬滅クロスアナイアレイション』発動


 間近に迫るダンケンの攻撃に剣聖スキルで向かい撃ち、相殺させた。

 二つの技がぶつかり、その衝撃で地面が抉れてしまい、土埃が舞う。

 騎士王は、剣聖と同じく上級スキルだ。高火力の技と防御の技も兼ね備われた騎士が目指す最終地点のスキルと言える。


「まじか!お前剣聖持ちなのかよ」

「だったら何だ?」

「だとしたら、お前をここで殺すのは惜しいな、なぁ、お前、俺の下に付かねぇーか?待遇は保障してやるよ」

「悪いが、お前の下なんて死んでも付きたくねぇーな」

「そうか、それは残念だな!」


 ダンケンが軽々と振り回す大剣をいなし受け止めるが、俺が持つ剣が攻撃に耐え切れず、火花を散らし、どんどん刃が欠けていく。

 このままじゃ、剣が持たない。避けてカウンターを入れるしかない。速さなら俺に分がある。

 右斜めから振り下ろされる大剣をよけ、ダンケンの右わき腹に向かい剣を薙ぎ払う構えをすると、ダンケンは、その前に、振り落とした大剣をそのまま真横に振るう。

 俺は、向かってくる大剣を紙一重に上に高く飛び避けることが出来た。


 背筋の凍るような風切り音と鋭く暴力的な風圧に冷や汗をかいた。

 大剣が地面にまで落ちる推進力の方向を無理やり真横に変えるのか、なんて人間離れした腕力なんだ。あのままカウンターを入れようとしていれば、俺の体は腰を境に半身に分かれていただろう。


「っち、避けたか」


 ダンケンはわざとらしく舌打ちをし、上に飛ぶ俺を睨みつける。

 あいつ、30年前よりかなり強くなっているぞ。もしかすると、ヴァンともいい勝負になるかも知れない。

 しかし、このままでは、ジリ貧だな、時間操作クロノスを使えば一瞬でけりが付くというのに、もどかしいな。


「ダンケン、お前本当に人間か?」

「あん?何だよ?どう見ても人間だろーよ」

「鑑定」


ダンケン(年齢不明)

 種族 混血種

 スキル 不明

 称号  不明


「勝手に鑑定してんじゃねぇーよ!」


 俺が鑑定すると、ダンケンは激怒するが、それよりも、種族が人族ではなく、混血種と出たことに疑問を抱く。

 しかしそれ以外の情報は鑑定しても全く読み取れなかった、きっと、鑑定妨害の魔道具でも身に着けているのだろう。


「混血種とはどういう事だ?」

「あん?なんだよ、さっきから、どうせここで死ぬんだから教えても意味ねぇーだろよ」


 地上に着地すると同時に、ダンケンが向かってくる。

 クソ!色々と気になって戦闘に集中できないし、ダンケンを目の前にすると冷静ではいられなくなる、今すぐにでも殺してやりたい!

 そんな感情が俺の中で蠢いていた。

 すると、月明かりに照らされた屋敷に、複数の巨大な影が現れる。


「何だ?」


 動きを止め、俺とダンケンは空を見上げると、そこには亜人達を乗せた複数のドラゴンが現れた。

 あれは、ライカが従わせたドラゴンたちか、やっと脱出の準備が整ったのだな。


「お父さん、もういいよ~」


 ドラゴンの背中に乗るライカが、身を乗り出して手を振る。


「何だ?このトカゲ共は、てめぇーの仕業か?」

「ダンケン、勝負はここでお預けだ」

「あん?何だと?」


 一匹のドラゴンが俺の所まで降りてくる。

 俺は、そのドラゴンの背中に飛び乗ると、ドラゴンはすぐに地上を離れた。


「悪いがお前と本気で殺り合うのは今じゃない」

「おい!待て!この野郎!」


 ダンケンは大剣を振り回し、遠く離れる俺に罵声を浴びせた。


「てめぇ逃げるんじゃねぇよ!このチキン野郎が!!あと、その亜人共も返しやがれ!」


 元々お前らの物でもないだろう。つくづく自分勝手で厚かましい奴だ。

屋敷から大分離れ雲の上に行くと、ダンケンの声はもう届かなくなっていた。



 夜が明けるまでには、この国から離れられそうだ。

ライカ達のドラゴンに合流した。亜人達は遥か上空で怖がっていた。

その中でも、特にレレが一番怯えており、人化したライカにしがみ付いていた。


「にゃにゃにゃにゃ!これ落ちにゃいよね!」

「大丈夫、落ちてもライカが拾う」

「嫌にゃ!怖いにゃ!」

「レレ、落ち着いて、暴れたら落ちちゃうよ」


 ライカがレレの頭を撫でると、レレは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

 まるで、暴れるペットの猫を落ち着かせているような感じだな。

 すると、ドラゴンには乗らず、上空を飛ぶヴァンが俺の方に近づいてきた。


「お疲れ様ですぞ、ご主人様」


 ヴァンの顔見て、俺自身安心したのか、緊張が解け一気に疲労を感じた。


「ああ、疲れたよ」 

「して、どうでしたか、奴は」

「ああ、かなり手強かった、それに色々と謎が増えた」


 結局ダンケンの口からは何も教えてもらえなかった。混血種、切り落としたはずの左腕、そして歳を取らない体、これは混血種と直結しそうな物だったが、今はもう何も考えたくない。


「ほう、それは?」

「魔王城に付いたら、報告するよ、今はもう疲れた」

「失礼しました、では、後の事はお任せください」

「ああ、頼んだ」


 俺は、そのままドラゴンの背中で、月明かりに照らされ、夜の風を感じながら眠りについた。

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