第12話 亜人の救出(中)
ここ北クテリア国の南端に位置するダンケン領は、南レグレシップ国が一番始めに植民地化させた場所である。
ダンケンが領主になってから、20年弱立っているのにも関わらず、町はさほど栄えていない。それ所か、町に活気がなく、いたる所が破壊され荒れている。
「話には聞いていたが、ここまでとはな」
「本当に町なのかよ?住民の気配がまるでしないぜ」
「ダンケン領では、武力を有するものだけが優遇されてしまうので、町で暴れても止める者がいないのですよ」
「無法だな」
夜だというのに、街灯がほぼ機能していなく。仕方がないのでランプを取り出した。ライカがランプを物珍しそうに眺めていたので、ライカに持ってもらう事にした。
「して、ダンケンの屋敷は」
「ああ、あれだろ」
町に入ってすぐにわかった。
町の出入り口から、真っ直ぐに続く先にあるのは、ダンケンが住む屋敷で、そこだけ灯りが付いており、良い目印となっている。
屋敷に向かう道中、そこら中に痩せこけて、衰弱死してしまった子供が放置されていた。
これはひどいな、まだ幼くこれからというのに、法律が機能していないため、元々孤児の子供は誰からの援助もなく、ただ野垂れ死んでいくしかないのだ。
「お父さん、あの子はまだ生きてそうだよ」
ライカに袖を掴まれ止めさせられる。
指を指す方向にいたのは、体をうずくまり微かに息をしつつ遠くを見つめる少年がいた。彼ならまだ助かりそうだが、どうしたものか。
少年の前まで行き、視線を下ろした。
「お前大丈夫か?」
話しかけても反応しない、というよりも反応する余裕すらないのだろう。見た目は10歳にも満たない少年で黒髪を肩まで生やし、体は痩せこけていた。
少年の肩に手を置き、揺らしてみると、ようやくこちらに気づいた。しかし、少年は何もかも諦め、死ぬのをただ呆然と待つだけの気力と希望を失った目をしていたのだ。
俺は、こういった少年を守るために魔王と戦ったというのに……。
「なぁ、まだ生きたいか?」
「………」
「お前はこんな所でこのまま、死んでいきたいか?」
「………」
「思い残すことがないなら、今この場で楽にしてやってもいいが、どうしたい?」
こんな残酷な事を言うのは彼のためでもある。
この少年を助けてやってもいいが、少年からは生きがいを感じない、そんな者を助けても、すぐに自分から命を絶とうとするだろう。生きるか死ぬかは、俺ではなく、少年自身が選ぶべきだ。
「旦那、それはちょっと酷じゃないですか?」
イングルの言葉に反応せず、少年に更に問いかけた。
その様子を見ていたイングルは、軽くため息をし、手を腰に当てた。
「どうする?」
「………………された」
少年は言葉を振り絞り、俺に何かを伝える。弱り切った言葉には、ほんのわずかの憤りを感じ取れた。俺は、少年の言葉に耳を傾ける。
「領主の冒険者に………殺された……お父さんも兄さんも……」
枯れた瞳からは、一粒の涙が零れる。少年の心にあった怒りは徐々に大きくなり、悔し涙と一緒にポタポタと流した。
「……許さない……絶対に……」
感情を取り戻してきたな、どうやら少年の心にあった復讐心を呼び起こしてしまったようだ。
「それでお前はここで黙って死んでいくのか?家族の仇も取れずそのまま無様に死んでいくのか?」
俺はわざと強めの口調で罵ると、それに反応しこちらをギラリと睨みつけてきた。涙を拭わず鼻水も出す、不格好ながらも、俺に対して強い意志を向けた。
「僕は……仇を取りたい……強くなって……あいつを殺したい!」
もう立ち上がる事の出来ないほどに衰弱しているというのに、彼のその目からは報復するためなら地べたに這いつくばっても実現して見せる、そんな覚悟を感じ取れた。
これ以上の言葉は野暮だな。
「ヴァン、魔王城に彼を連れて帰ってくれ、それと彼以外に死にそうな人、または孤児を魔王城に同意の上で連れて帰ってくれ」
「失礼ながらご主人様、そやつは人間ですぞ、そんなものを助けてしまってもよろしいのですか?いつ寝込みを襲われるかわかりませんぞ」
ヴァンは俺から生み出されていることもあり、人間に対する拒絶がある。俺を心配しての事だと思うが、今はそんな気遣いは不要だ。
「人間が全て悪とは限らない、少なくとも俺は人の優しさに触れた事はある」
「そうだぜ、ヴァンの旦那、人間にもいい奴はいるぜ」
「そう、ですか……」
ヴァンがここまで人間を拒絶するのに心当たりがもう一つある。
それは、ヴァンに人間の国を調査してもらっている事が大きい。
貴族たちがいかに卑しく、冷徹で残虐な者だと知っているからだろう。
「では、眷属を呼びます」
ヴァンの眷属達に大急ぎで魔王城に連れて帰ってもらった、瀕死でもフィーの生命譲渡なら死後硬直が始まる前なら間に合うだろう。しかし、本当にこの町は壊滅的だな。
昔、一度訪れた事はあったが、その頃の町並みとは雲泥の差、住民たちは活気があり、皆幸せそうに過ごしていた、路地裏に子供が倒れている事なんてなかった。
領主が変わり、ここまで無法な町になってしまうとは、やはりダンケンは上に立つ素質がなかったようだな。
「さて、屋敷に侵入する、ここからはスピード勝負だ、作戦通りに行くぞ」
「うん」「あいよ」「承知しました」
ここに向かう道中で作戦を立てていた。ヴァンの話では、監禁された亜人達は、屋敷の地下にいるそうで、救出しようにもA級冒険者が守っているらしい。
冒険者にはランクがあり、EからSまである。
新人はE、ベテランはC、そしてAは一国に20人もいないほどの手練れになる。A級冒険者2人で、レッドドラゴン1匹分の戦力に相当する。
そしてS級は各国に一名おり、国王から直々にS級冒険者の称号を与える。その称号があると公爵レベルの権力を持つことが出来、その実力も魔王に匹敵するレベルと言われている。
ちなみに、30年前のS級冒険者は、勇者である俺だった。
「じゃあ、お父さん使うね」
「ああ、いいぞ」
スキル『龍王の威圧』発動
ライカのスキルに当てられた者は、体が硬直し声を出せなくなるというものになっている。
ライカが門の方に近づくと、まだ数メートル距離が離れているというのに、門の警備員は声を発することが出来ず、その場で硬直してしまった。
「こりゃすげーな、目を開いたまま動けなくなってるぜ」
イングルは警備員の頭を人差し指で突いていた。
「そんなのほっといて、行くぞ」
そして屋敷の正面玄関から堂々と侵入する。屋敷は4階建てまであり、最上階にダンケンの部屋があるらしい。
今回は一階にある地下を目指すので、この広い屋敷を駆け回り、目的地まで向かう算段になっている。
現時刻は深夜を回っていることもあり、灯りは消されている。ライカが持つランプだけが光っている。
ヴァンの案内により、例の地下室に繋がる部屋に向かう。
移動していると反対方面から蝋燭をもったメイドが現れる。しかし、屋敷を巡回しているメイドは、ライカの威圧スキルですぐに動きを止めた。
「しかし、ここまで上手くいくとはな、ライカよくやった」
「エへへ、お父さんに褒められちった」
「ライカの嬢ちゃん嬉しそうだな」
「まぁーね」
頬を染め嬉しそうにする。この威圧スキルは無駄な戦闘を回避することが出来るのだが、誰にでも効果があるとは限らない。ライカの威圧スキルは双方の戦力に大きな差がある場合のみ有効になっている、要は、ライカの実力に全く歯が立たない者は勝負する資格すらないという事だ。
俺たちはヴァンを先頭に目的地の地下まで繋がる部屋まで進んだ。
「一旦止まりますぞ」
一度、俺達は曲がり角で止まり、身を潜めた。
例の部屋は目と鼻の先にあるのだが、その部屋の先には、A級冒険者が見張っているらしく、ここからは慎重に行かなければならない。
戦力的に負ける事は万が一にもないのだが、騒がれる可能性はある。そうなれば、ダンケンが異変に気付きこちらに向かってきてしまう。
ライカの威圧スキルが効けばそれでいいのだが。
俺は、部屋のドアをゆっくりと開ける。木の軋む音が響くが、部屋の先の反応はない。恐る恐る覗いてみると、そのA級冒険者らしき人物がライカの威圧スキルで硬直していたのだ。
「あが、あがあが、あが」
奇妙な声を出し抵抗しているみたいだが、どうやらちゃんと効いているようだ。2メートル程あるこの屈強な男でさえライカには太刀打ちできないようだな。
すると、ヴァンが血液操作で生み出したナイフを冒険者の喉に押し当てた。
「この男殺しますか?」
「……やめておけ」
こんな仕事を受けているような人間だ、今ここで殺してもいいのだが、何となく、この男を殺すのは俺達ではない気がした。
冒険者の先には、鉄格子が床に施された地下に続く階段があった。
「厳重だな」
スキル『時間操作(クロノス)』発動
鉄格子に触れ、劣化するまで時間を進めた。一瞬にしてボロボロと壊れていく。
階段に近づくと肉が腐ったような異臭を感じた。すぐにライカは鼻を摘み、顔を歪ませた。
「くさい」
「嫌な匂いだな」
奥まで続く階段は灯されていないせいか、複数のネズミの赤い目だけが反射する。ゆっくりと階段を下りていくと更に異臭が強くなる。
地下に辿り着くと通路があり、その右手には30人ほど入る牢屋があった。灯り照らし檻の中を見ると、ボロボロの姿で横たわる複数の獣人を見つけた。
その姿を見たイングルはすぐに檻に触れ、話しかける。
「おい、お前たち!大丈夫か?」
見た所子供と若い女性の獣人が合わせて20人程おり、牢屋の中でお互いに寄り添い暖を取っていた。イングルの呼びかけに反応したのは、若い猫人族の娘だった。
見た目はほぼ人間に近いものの、猫のような耳と尻尾を付けており、口を開けた時に鋭い八重歯が見えた。
「助けに?あんた誰にゃ?」
「俺は、白豹族のイングルだ、お前たちを救出するために来たんだ」
「白豹族?どう見ても人間に見えるにゃ」
俺とイングルはフィーの幻影魔法で一時的に人間の姿に見えている。その事情を知らない者からしたら、かなり怪しく見えてしまうだろうな。
「えーとこれは、妖精様の力でこの姿に見えてるだけで!」
「妖精様にゃ?おとぎ話でもしてるのかにゃ?」
「違う!本当に妖精様はいるんだよ!」
「頭おかしいんじゃにゃいの?」
「あ~もうどうすればいいんだ!」
全く収拾がつかないイングルは、俺の方を助けてほしそうに見てくる。
まぁ人間の姿で助けにきたなんて言ったら、警戒されて当たり前だよな。仕方がないのでヴァンに翼を出してもらうことにした。
「俺達は、ここに侵入するために一時的に人間の姿に化けているだけだよ、ほら」
「お初にお目にかかります麗しいお嬢さん、私は吸血鬼のヴァンと申します」
ヴァンは大きく翼を広げ人間でないことを主張した。それを見た獣人達は警戒を解き、本当に救出してくれるのだと悟り、各々が安心するように檻に近づく。
「本当にレレ達を助けに来てくれたの?」
「ああ、そうだ、今檻を壊す、離れていろ」
檻に触れ、猫人族の娘にアイコンタクトをする。
「皆下がって」
猫人族の娘は子供たちを檻から離れさせた。
スキル『
猫人族の娘と子供たちはボロボロになっていく、檻を不思議そうに見ていた。
「何をしたにゃ!?」
初見だとさすがに驚くか、正直当たり前のように
「俺のスキルだ、所で名前は?」
「そういえば、まだ名乗ってなかったにゃ、レレは、レレコード=マルべス、レレでいいにゃよ」
「そうか、俺はアニスだ」
「よろしくにゃ、アニスくん」
握手のつもりか、手を差し出してきたので素直に応えた。
レレの掌には肉球が付いており、感触が柔らく本物の猫と大差ないものだった。
「監禁されていたのは、お前たちだけか?他は?」
「いやここにいるので全員にゃ、他にもたくさんいたんだけど、皆連れていかれちゃったにゃ」
レレは顔を曇らせ、悔しそうな表情を浮かべさせていた。
それを見たライカは、レレの心情に触れたのか、レレの手をぎゅっと両手で握りしめ心配した。
「大丈夫?」
「……ありがとにゃ、もう大丈夫にゃ」
レレは、ライカの優しさについ笑みをこぼした。
見たところ皆、弱ってはいるが、死にそうな者はいない。この子達は貴族の商品ということもあり、食事は支給されていたそうだ。
これなら自分達の足で外まで出られそうだな。では後は脱出するのみ。
「ライカ作戦通り進めてくれ、脱出する」
「わかったー」
俺達は、亜人達を総勢20人引き連れて階段を上る。足腰が弱くなっている者は、動ける亜人達に協力してもらい負ぶってもらうことになった。
長い階段を上り俺を先頭に地下から抜け出すと、そこには、想定外の事が起こっていた。
「マジかよ」
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