第6話 逃れた獣人の群れ
獣人の群れまで、フィーに先導してもらった。
レイは、いつものポジションのように俺の頭の上に乗っている。
頭の四本角がいいバランスでレイの体にフィットしていた。
迷宮の大森林では、常時、濃霧が発生しているため、その森に入れば一生出ることが不可能と言われている。
霧で前が見えない中、俺達の匂いを嗅ぎ分けているのか魔物たちが、度々襲ってくる。
それらをヴァンの血液操作のスキルで切り刻まれていく。
血液操作のスキルは生血でしか操作できないが、それらは変幻自在で凝固にすることで鋭い刃物にしたり、しなやかせる事で鞭としても使えるものだ。
そして、体に傷を負ってしまえば、血液操作で血を吸い取ることが出来るので、ヴァンの前で少しでも傷を負えばそれで勝負が決まってしまうという、圧倒的な力を持つスキルなのだ。
「流石に、魔物の数が多いですな」
「フィー!あとどれくらいだ?」
「まだまだよ、魔王様が遅いからよ」
「ならスピードを上げよう、身体強化」
足だけに強化を掛け、スピードを上げると、それにヴァンが付いてくる。
フィーは、風の精霊の力を借り、更にスピードを上げ、俺とヴァンの前を行く。
「あっはっはっは、遅い、遅いわねー!あんたたち!」
「ご主人様、こやつの血も吸っていいですか?」
「いいかも、いや、駄目だ」
羽がある種族は羨ましいな、移動の際も楽だし、この迷宮の大森林だって空を飛んでしまえばなんてことのない森だからな。
しかし、30年前と違って、魔物の数が明らかに多くになっている。
そもそも、魔物とは、魔王が持つ膨大な魔力の残りカスで生み出されると王都で教えてもらったが、俺が復活する前の30年間は魔物の数が少なくなっていなくてはおかしいはず。
ダンジョンに関しても同じ、魔力の元となる魔素がある部分に溜まる事でできるものだ。
「魔王様―!そろそろつくよー!」
「よし、ここからは慎重に行くぞ、一度観察しよう」
「はーい」
魔王城から南にずっと走ってきたが、ようやく、大森林の反対側に近づいた。
獣人たちは大森林の入り口近くに住んでいると聞いたのだが。
「魔王様、あれあれ、獣人達が住んでいる洞穴よ」
木の陰から、観察すると、大樹に人工的に開けたのか、洞穴が出来ていた。
魔物が侵入できないよう、木の壁が張られていた。
「見張りも誰もいないのか?」
「そう見たいね、精霊ちゃんが言うには皆かなり弱っているらしいわよ」
「そうか」
俺達は、その洞穴まで近づき、木の壁をノックした。
応答がないので、何度か叩いてみると、声が聞こえた。
「誰だ?」
「怪しいものではない、少しお前たちと話がしたくて来たんだ」
「誰だか知らんが、ここに入れるわけにはいかない」
「なら、代表者でも、あんたでもいいから出てきてくれないか?中には許可なく入らない」
「……」
「こんなところにいるぐらいだ、何か事情があるのだろう?」
返答する気がないのかそれとも、まだ警戒しているのか。
「ヴァン、フィー、レイ俺が許可するまで離れていろ」
「ご主人様をお一人には」
「いいから行け」
「承知しました」「はーい」「キュン」
獣人たちの警戒を解くには、俺が一人の方がいいだろう。
おっといけない顔を隠すことを忘れていた。
すぐにフードを被り顔と角を隠した。
「仲間は離れさせた、これでどうだろう?」
「……わかった、私が出る」
そういうと、壁がスライドされていく、その隙間から、一本槍が出てくるが、当てる気はなさそうだ。
そこで出てきたのは、獣人の白豹族の痩せこけた戦士が現れた。
そいつは俺の姿を見て、取り乱していた。
「お前!魔族か!」
ん?何故バレた?顔は隠しているはずだが。
そう思い、自分の体を見てみると、魔族の象徴ともいわれる角以外に、灰色の肌が隠しきれていなかった。
しまった俺としたことが完全に気づかなかった、しかし、逆にここで離れてしまえば余計怪しまれる。
「そうだ!だが、お前たちを襲う気など微塵もない」
「しかし、その肌の色、この桁違いの魔力……」
魔法に疎い獣人族が相手の魔力量がわかるとは驚きだ。
それとも、俺自身の魔力量が多いため、体から溢れ出しているのかもしれない。
これでは警戒されてしまう、魔力を内側に抑えるか。
魔力の貯蔵庫とされている心臓に、漏れ出ないよう、一点に集めた。
これでマシになっただろう。
「なぁ、何故お前たちはこんなところに住み着いているんだ?教えてくれないか?」
白豹族は、俺の質問に答える気がないのか、より警戒されていた。
すると、ジッと待つことが出来なかったのか、フィーがこちらに近づいてきた。
「ねぇー、やっぱ待つのしんどいんだけど~」
「フィー!離れていろと言っただろ!」
「えー別にいいじゃん、これだけの美少女なんだから、獣人達だって警戒を解くかもしんないじゃん」
全く、この妖精は、ジッと待つこともできないのか、というか、ヴァンとレイは何
で止めなかったんだ?
「ちょっと待て!そこにいるのはもしかして妖精様か!!」
ん?妖精様?
先ほどまで、冷静でいた白豹族の戦士が、フィーを見るや否や狼狽する。
「え?何?あたしの事?」
「少々お待ちください!長に確認しにまいります!」
すると再び壁が塞がれた。
急に遜る戦士に状況が飲み込めない。
確かに妖精は珍しい生き物だが、そこまで驚くことでもない気がする。
「おいフィー、ヴァンとレイはどうした?」
「んーと、レイが眠くなったから、なんちゃって執事に魔王城まで送ってもらったのよ」
なるほどな、それで止める者がいなくなったから、フィーがこっちに来たのか。
レイの奴はダンジョンに入る時に連れ戻せばいいか。
「そもそも、一番怖そうな魔王様が尋ねる方がおかしいのよ、魔力を抑えて少しはマシになったけど」
「魔力抑えてないと、どんな感じなんだ?」
「んー、なんか物凄い圧を感じるというか、少し息苦しくなるね」
そうだったのか、確かに一度それで、レイを怒らせたことがあるからな気を付けなれば。
人間以外の種族が魔族に対して、どういう印象を持っているのかわからない。
フィー程ではないが、あの驚きようだと、何かがあるのは間違いないが、恐れられてはいなかった気がする。
「ご主人様」
「うん?ヴァンの声がどこから?」
「ここですぞ」
声がする方に、顔を向けると、ヴァンは俺の影の中に入っていた。
もう魔王城から戻ってきたのか、流石だなって感心している場合ではなかった。
「お前まで来るなって」
「私はご主人様の従者ですぞ、片時も離れることは出来ませぬ、それにここでしたら、何かあればすぐに出てこられますぞ」
「全く、フィーは姿を見られたから仕方ないけど、お前に関しては、緊急時以外はそこから出るなよ」
「勿論でございます」
すると、裏で話し終わったのか、白豹族の者が顔を出す。
「我らの長があなた達と話をしたいとおっしゃっている、中に入ることを許可する」
まさかの展開だ。
長引きそうだったら、先にダンジョン攻略をしようと思っていたのだがな。
壁の隙間から入るよう手招きされた。
狭い隙間に俺の立派な角が引っかかる。
「ちょっと入れないんだけど」
「ああ、すまない」
もう一人分、壁を動かしてもらった。
中は植物油で火が灯されていたためよく見える。
30人弱の獣人達がそれぞれ木の壁に寄りかかっていた、皆、衰弱しており、覇気がない。
獣人達は、部外者の俺が入ったにも関わらず、無反応でいた。
それだけ弱っているのか。
「これは……」
「詳しい事は、長の所についてから説明する」
先の方で、簡易用テントが張られている箇所があった。
そこに長と呼ばれる獣人がいるのだろう。
「長、連れて参りました」
「中に通しなさい」
野太く、芯のある声だ。
そこには、長と呼ばれている白豹族のご老人が枯れ木で造られた座布団に座っていた。
他には誰もいない。
「ようこそ参られましたな、魔族の方と妖精様」
「入れてくれたことに感謝する族長殿」
族長は俺らに対して警戒していないように見える、逆に態度からして歓迎しているようにも見える。
案内してもらった白豹族の戦士は族長の後ろに控えた。
「さて、私は、ここで族長をやってるアウグルと申します、そして後ろで控えているのが、戦士のイングル、私の息子です」
「そうか、俺は……」
こういう時のための偽名を考えていなかったな。
俺の前世の名前はかなり広がっているはず、むやみに口に出していい物ではないからな。
「俺は、魔族のアニスだ」
「あたしはフィーよ、よろしくおじいちゃん」
「おお、妖精様、しかし、妙な組み合わせですな、魔族と妖精とは……」
疑問に持たれて当然だな、フィーは俺のスキルで生み出された存在なのだから。
しかし、俺たちの説明をするのにも時間がかかるし、魔王だと名乗ってしまえば更に混乱を招いてしまう。
「詮索はしないでくれ、その代わりと言っては何だが、あなた達はかなり弱っているようだ、俺たちの力で、何とかしよう」
強引に話を逸らしたが、彼らも自分達の状況が芳しくない事は分かっているはず、でなければ、俺達みたいな怪しげな者を中に入れない。
「それはありがたいのですが、私達に恩を返せるほどの物はありませんぞ」
「恩なら、この先ゆっくり返してもらえばいい、なんなら返さなくてもいい」
アウグル族長は俺の言葉に感銘を受けたのか、頭を下げた。
「おお、ありがとうございます」
俺自身、先ほどから気になっていたのだ。
この群れの8割はかなり衰退しており、今すぐにでも命が付きそうな獣人が複数いた。
早めに何とかしないと、こいつらは、魔物に襲われるか、衰弱しきって死ぬかの二択だ。
「フィー、お前はスキルを使って、重症者を何とかしてやってくれ、俺は炊き出しの準備をする」
「はーい」
フィーには、生命譲渡というスキルがある。
これは、等価交換のようなもので、自分の生命力を他の者に移すことができる。
フィーには、生命吸収のスキルもあるので、フィーの中には既に、ヴァンから吸収した莫大な生命力がある。
ヴァンは嫌がっていたが、もしもの時に必要になるからという理由で準備していたのだ。
俺も炊き出しの準備と言っているが、これも既に作ってある。
次元収納の容量は無限に等しく、何でも入る。
ヴァンが丹精込めて調理した、この温めるだけで完成する料理が沢山入っている。
「動けるものは、自分で取りに来い、余裕があるものは回復した奴に、飯を届けろ」
妖精のフィーを見た事で獣人達の目には希望の光が輝いていた。
体が回復したことで腹が減ったのか、何杯もお代わりするものがいた。
「順番にだ!慌てなくても全員分ある」
◇
獣人の長、そして、獣人達は俺とフィーに感謝の念を伝えたく一同頭を下げる。
「この度は、我々を助けていただき、ありがとうございます」
「元気になってよかった」
炊き出しの最中に話を聞いたのだが、どうやら獣人達にはある伝承があり、それは、『危機迫り時、汝の前に一匹の妖精が現れ救ってくれるだろう』というもので獣人達の中では知らぬ者がいない言い伝えらしい。
だから、フィーを見た瞬間、イングルとかいう族長の息子は狼狽えていたのだ。
納得した、でなければ、こんなグダグダしているダメ妖精を崇めることなんてないもんな。
「何よ、こっち見て」
「いや何でもない」
一旦落ち着き、また族長のテントの中に戻った。
「はて、そういえばアニス殿は何か聞きたいことがあり尋ねたのですよな」
「ああそうだ、なぜあなた達は、迷宮の大森林で暮らしているのか聞きたかったんだ」
俺の問いに対して、顔を曇らせるものの族長は素直に答えてくれた。
族長が言うには、元々魔族領通称、魔大国と北のクテリア国の境に獣人達が住む小さな村があったそうだ。
30年前は、魔物も少なく、獣人とたまに村に宿泊する冒険者の力を借り、魔物駆除をしていたのだが、魔王が殺された日から、人間の国の王様達は自分達以外の種族を皆殺しにするよう全兵士に命令した。
村に宿泊しに来てくれていた冒険者は獣人達を見逃してくれてはいたが、国の兵士達は黙ってはいなかった。
生き残っている者達だけで迷宮の大森林まで逃げてきたという事だった。
「元々は、100人規模の仲間たちが居りましたが、この大森林で魔物に襲われ、今はこれだけの数になってしまったのです」
「俺がもっと強ければ、人間の好き勝手にはさせなかったのに!!」
族長の息子のイングルは、自分の不甲斐なさに歯を食いしばり怒りを見せていた。
「何よそれ!ムカつくわね!!よし、わかったあたしが人間を滅ぼしてやるわ!」
「いやいや!我々は全ての人間が憎いわけではありません、私達を守ってくれる人間もおりました」
「そうなの?なら王様を殺してやるわ!」
「フィーは黙ってろ、それで一つ疑問なのだが、30年前、魔王は人間の勇者によって討伐されたのに、何故、魔物がこんなにも湧いているんだ?魔物とは、魔王の魔力の残滓でできるのだろう?」
俺の質問に、族長とその息子イングルが顔を合わ首を傾げていた。
「え?いえ、我々が知るに、魔物とは、生物の負の感情から生み出されるものと言われております、ダンジョンがその負の塊ともなっておりますが、そのような話は聞いたことございませんな」
俺はその話に驚愕した。
なんだと……生物の負の感情?
俺が王都で教えてもらったのと全く違うのだが、どうやら人間と獣人の常識に乖離があるようだ。
しかし、獣人達の理屈が事実なら、色々と辻褄が合う。
これまでの話を聞いていて、魔王がいた時代の方が、人間もそれ以外の種族も平和だったように思える。
今よりも魔物、基、ダンジョンはなかった。
「そうだったのか、それは有益な情報だな、して、今回はそのダンジョンを攻略するためにここに寄ったのだが、何か情報はあるか?」
「ああ、そうだったのですね、それは我らとしてありがたい事ですな、ダンジョンについては、ここから数キロ離れたところにありますが、それ以外の情報は特にありませんな、申し訳ない」
「いやいいんだ」
「それでせめてのお礼として、このイングルを案内役、または、ダンジョン攻略のお手伝いに遣わせたいのですが、いかがですかな、こいつは、白豹族の中でも稀有な存在でして、神の寵愛の称号を有しております」
『神の寵愛』とは、神から選ばれた者しか、なれないとされた称号でそれに種族は関係ない。
神の寵愛を持つものは、どの国からも厚待遇で軍に誘われる事が多いものだ。
「それは、確かに珍しいですね」
「はい、この者は一時的に存在進化できるのです、白豹から、白豹竜に」
それはすごいな、種族において頂点におけるのは龍なのだが、それの一つ下の竜になれるというのは戦力として申し分ない。
「それはありがたいな、ぜひ力を貸してほしい、それと一つ我々にはもう一人仲間が居りまして」
俺の影の中からヴァンが姿を現す。
「初めまして、ユニ、おっほん、アニス様の従者ヴァンと申します」
ヴァンの登場に驚いたのか、族長は座布団から転げ落ちていた。
「おお、まさか吸血鬼まで仲間におられるとは驚きですな」
「すみません、黙っていて」
「はっはっは、問題ないですよ、では、イングルの事を自分の部下のように扱き使ってください」
すると、イングルが俺の前まで来ると、膝を突く。
「なんなりと命令してください」
「そんな固くしなくていいよ、楽にしてくれ」
先ほどまで、警戒していた奴が、急に敬語を使われると違和感がある。
すると俺の言葉に、安心したのかすぐに立ち上がり、左手を出し握手を求めてきた。
俺はそれに素直に差し出す。
「よろしくな!アニス!」
「流石にご主人様に馴れ馴れしいですぞ」
「ヴァン止めろ」
「はい」
俺達は、イングルの案内の元、ダンジョンに向かう事になった。
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