プロローグ4 時の勇者の悲劇
「よくぞ、帰ってきたな勇者ユニス、そして、僧侶ミレイユ」
王は、玉座にずっしりと構えており、若干顔を強張らせていた。
「は!すでに報告はありましょうが、この勇者ユニス、仲間たちと共に、魔王を討ち取りました」
これで、アーガネス家は、騎士爵家から、最低でも伯爵まで陞爵するだろう。
仲間達にも、きっといい褒美が貰えるはずだ。
「それでは、勇者ユニスに褒美を授けよう、よし持ってまいれ」
褒美は物なのか?
困ったな……物よりもうちの領土を広げたり、爵位の位を上げてもらえばそれでいいのだが。
「あの王様、褒美というとどのような?」
「お前さんが喜ぶものじゃよ」
すると、騎士団の数人が玉座の傍まで二人組の誰かを連れてきた。
「は?」
そこにいたのは、ひどく体を嬲られた後の両親だった。
「ユニス……」
「ユニスちゃん……」
目の前の状況に全く理解が出来なかった。
ただそこには、ボロボロになった服に、頭から血を流す父ドラグと、顔を強く殴られ青く腫れている母アナリヤの姿だ。
どちらも手錠を掛けられていた。
「これは一体どういう事ですか?」
なんだ?何が起こっている。
何が起きているんだ?
母アナリヤの瞳からは涙が流れており、俺の方に何かを訴えかけるように見ていた。
「騎士団!ユニスを取り押さえろ!」
賢者ソーレイが道を作っていた騎士団に指示を出す。
動揺していた俺は、すぐに取り押さえられる。
騎士団の一人が俺に手錠をかける。
「おい!何をする!?」
俺は、
「!?」
何故だ?スキルは発動されているはず!
もう一度!
「無駄ですよ、今この場には、アンチスキルの結果を張っています。スキルを使おうとすればすぐに分解され消えていきます」
賢者ソーレイが俺の目の前に近づいてきた。
「無様ですね~」
ソーレイは、上級貴族がスラム街の人間にするような、汚いものを見るような目で俺を見下ろしていた。
「ソーレイ!これはどういう事だ!説明しろ!」
俺が必死になっていることが面白かったのか、ソーレイはそれを鼻で笑っていた。
「ソーレイ様!」
すると後ろに待機していた僧侶ミレイユは、ソーレイの方に近寄り、抱きついた。
「ミレイユ、時間稼ぎご苦労様です。ずいぶん引き留めてくれていましたね」
「もう大変でしたよ!この化け物!尋常ないスピードで帰還するもんですから」
ミレイユの俺と話をする時の声色より、高い声でソーレイに話しかけていた。
二人の距離感は、もう恋人のそれであった。
嘘だ、ミレイユは俺に一番優しかった、いつもみんなが置いていくのを一人だけ待ってくれていたし、たまに俺に照れて見せる、あの表情は俺に好意を寄せていたものだと。
「ミレイユ、嘘だよな?お前は俺に好意を……」
「は?何言ってんの?それは、ソーレイ様に頼まれて優しくしただけで、あんたみたいな知的じゃなく騎士爵風情の木偶の坊なんて誰が好きになるのよ」
「そんな……」
ミレイユは、魔王城で俺が起きるのを待っていたのではなく、時間稼ぎをするようソーレイに頼まれていただけだったのか。
道中で、いちいち休憩地点で止まったのも、国境を越えても、すぐにレグレシップ国に帰らなかったのも、全部これらの準備を整えるための時間稼ぎだと?
ソーレイは、密着したミレイユを剥がし、俺と目線を合わせながら、しゃがみ込む。
「いいですかユニス、あなたの力は危険なんですよ……魔王が消滅した今、次の脅威はあなたなのです」
「何だよそれ、俺は人類を救った勇者だろ。何で脅威になるんだ?」
「あなたの力は、時として、仲間の私達も危険な目に合わせた。それが脅威ですよ」
俺が、一体いつお前らに危険な目に合わせたんだ?
襲い来るモンスターを跳ね除けていただけじゃないか!
ソーレイは、押さえつけていた騎士を下がらせ、周りに聞こえない声で続けた。
「私はね、昔から、あなたの事が大嫌いだったんですよ。成人の儀で、騎士爵家の分際で女神様に選ばれ、町ゆく街でも称えられるのは勇者のあなただけ……きっとこのままだと、あなたはこの国の英雄として、国王にまで上り詰めるでしょね」
「まさか……そんな、くだらない嫉妬で、俺の大切な家族を傷つけたのか!」
「くだらないですか、そうですか、私にとっては大事な理由ですよ。あなたに私の気持ちがわかりますか?由緒正しく伝統のある私達、マットレイの公爵家が、片田舎から出てきた騎士爵家に劣っていると!周りの者にも散々言われましたよ」
全く理解できない。
自分は賢者というギフトを貰っているのに、更に欲張るのか?
どちらにせよ、貴族のくだらないプライドに俺達家族は巻き込まれているのか。
賢者ソーレイは、立ち上がりまた俺を見下ろした。
「でも、よかったじゃありませんか、あなたの思い人のミレイユと14日間、二人旅できたんですから、これこそ、国王からの褒美というものですよね」
なんだよそれ!そんなものが褒美だと。
……そうか。
全部、全部、全部!
こいつが皆を唆して、俺を!
「皆!これは賢者ソーレイの陰謀だ!騙されるな!」
必死に周りに声を掛けるが誰も、俺の味方になろうとしない。
先ほどまで、大人しく静観していた二階の貴族達がざわつき始めた。
「まぁ、あの化け物、賢者様のせいにしましたよ」
「本当に野蛮ですね」
「それに先ほど、自分の手柄みたいにおしゃっておりましたが」
「魔王との戦闘では、足を引っ張っていたそうじゃありませんか」
「本当に図々しいですな、勇者殿は」
足を引っ張る?
最後に魔王の心臓を突き刺したのは俺だったよな。
こんなのおかしいだろ……。
俺の横目に、騎士ダンケンと魔導士ジュピターが傍観していたのが見えた。
「なぁ、ダンケン、ジュピターお前らもこんなのおかしいよな。俺は命がけで市民を守り、魔王とも戦った。そうだよな?」
最後の頼みで、未だに動きを見せていないジュピターとダンケンに訴える。
「あん?魔王と戦っていた?冗談だろ、お前は、後ろの方で俺達の邪魔だけしていただろう」
「そうよ!私の目からは、あんたと魔王が結託していたように見えたわね」
ダンケン、ジュピター、お前らもか。
お前らも、俺を裏切るのか。
いやそもそも、最初から俺は、こいつらに仲間だと思われていなかったのか。
「皆の者聞いたか!これが魔王の配下に成り下がった哀れな勇者の真実だ!」
王の隣で、ずっと座っていただけの、次期国王のカイザーが発言した。
カイザーの主張に二階の貴族たちは怒りの表情と言葉を発した。
「今すぐそいつを殺せ!」
「お前の事信用するんじゃなかった」
「俺は最初っからあの勇者は怪しいと思っていたんだ」
もうだめだ、今何を言っても誰も信用してくれやしない。
せめて、せめて、両親だけは逃がさなくては。
……あれ?
今気が付いたが、妹の姿がいない。
どこだ?どこにいるんだ?
妹を探すと父ドラグと目が合う。
妹がいないことに気が付いた俺を見たドラグは、言葉を振り絞り、アナリヤと共に叫んだ。
「ユニス!ミリヤは!アーガネス領にいる!騎士たちが攻めてきた際に、セバスに命じて逃がした!」
「私達の事はいいから、ミリヤの所に行って!!早く!」
ドラグとアナリヤは、ユニスが魔王と通じていたことなど、全く信用していなかった。
その事に、ユニスは気持ちが溢れそうになっていた。
そんな……無理だよ。
二人を置いていくなんて俺には……。
俺には、無理だよ。
すると、騎士たちがドラグとアナリヤの頭を床に押さえつけた。
「おい!誰が喋っていいと許可をした?」
王の言葉に全く怯むことなく、ドラグとアナリヤは続けた。
「ユニス!何をしている!早くいけ!」
「あなただけでも逃げて!」
両親に無視されたことに、王はかなり腹を立てていた。
「おい!そやつらを早く黙らせんか!」
両親の叫びに、涙で前を向くことができなくなる。
「何で?何で?俺のためにそこまで!」
「家族だからだ!」
「……え?」
溢れた涙が止まり、父さんの方に顔を向けた。
「俺たちは家族だ!だから俺達はお前のためなら命なんて惜しくはない。だからお前も、妹を命懸けて守れ!」
父ドラグのまっすぐな瞳に、ユニスが心に誓ったあの言葉を思い出した。
『覚悟を決めろ、ユニス=ド=アーガネス。
魔王を討ち取り平和な世界に、俺の家族や住民が笑って過ごせる世界にするために 俺は、勇者になるべきだ。
父さんは、この大きく傷だらけの手で俺達家族を守ってきたんだ。
次は俺の番だ。』
そうだ……俺は父さんみたいに、強いものに立ち向かい、弱い者には手を差し伸べる。
そして何よりも家族を大切にしていた。
俺はそんな父さんが誇りであって、憧れでもあった。
俺は、手錠を掛けられた腕を身体強化で壊した。
それを見て、アンチスキルを張った賢者ソーレイは動揺していた。
「何故だ!アンチスキルを使っているはず!」
このアンチスキルには穴がある。
これは、外部に放出するスキルは分解されるが、内部に働きかけるスキルはどうやら分解されない。
俺は、近くにいた騎士たちを剣術スキルで薙ぎ払い、謁見の間の窓に向かい走った。
「父さん!母さん!俺はアーガネス家に生まれて本当に良かった、妹は必ず助ける!」
窓ガラスを突き破り、俺は、城門の方に向かった。
賢者ソーレイはすぐに騎士たちに命令した。
「おい、何ボサッと突っ伏している、お前ら全員で後を追え!!この無能共が!!」
俺が逃げたことで、賢者ソーレイは、冷静さを失ったのか普段の綺麗な言葉遣いを忘れていた。
「お前もだ!!ダンケン!早く行け!」
「お、おう」
王城はパニックの嵐、二階の貴族共も騒ぎだし、王様は勇者ユニスを逃した賢者ソーレイに怒りを露わにしていた。
「貴様らのせいで、あの者が逃げたではないか」
次期国王のカイザーは、片手に剣を持ち、父ドラグと母アナリヤの後ろに立つ。
ドラグ達を押さえつけていた騎士たちも皆、ユニスの方に行ってしまい、今王城は、貴族達と使用人しかいない。
「俺らのせい?違うな、お前たちが間抜けだっただけだろ」
「こら、ドラグ。彼らが間抜けなのもありますが、ユニスちゃんが天才だったのもありますよ」
「違いないな、ガッハッハッハッハッハー!」
次期国王のカイザーは、剣を振りかぶっていた。
「貴様ら、最後の言葉はあるか?」
「んー、ないな、後悔はない」
「私もよ、あの世で、一緒にユニスちゃんを見守りましょう」
「そうだな……本当にあいつが生まれてきてくれて良かった」
「そうね、私達の誇りね」
父ドラグと、母アナリヤは手錠を掛けられているが、お互い小指を結び、寄り添っていた。
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