因縁再び

 学校にはいくつか掲示板があり、そのうちの一つが黒山の人集りだった。なにしてるんだろう、と思いながら、集まる人々を横目に通りすぎようとする。

 だが、聞き捨てならないことを聞いてしまった。

「――まさか、かもめ先生がねえ」

「――これからどうなるんだろう」

 私は群衆を掻き分け、その掲示板の前までどうにかたどり着く。

 そうして眼前に広がる掲示板の内、その中央、一枚のペラ紙に信じられないものを見た。

「告示」


 本嘆願書は、かもめ氏の魔術不開示による不信感を表明し、その職の辞任を要求するものです。


 え...........

 辞任を要求!?

 大きな見出しの下、小さなフォントで書かれた、詳しい理由を目で追う。まず第一にシプリスの教員は魔術に精通しないといけないこと。第二に、魔術を不開示でいることは、第一の条件を満たせていないこと。

 云々。

「............やば」

 思わず口から漏れて、みんなにこのことを伝えるべくその場から離れたが、その道中私は道を遮られた。

「どう? お気に召したかしら?」

「......っ!! ブリジット!!」

「ご無沙汰ね、コゼット」

 私の耳元で彼女のきらびやかな服が揺れて、がっしりと肩を掴まれる。そうしただけで、私は立ちすくんで一歩も動けなくなった。

 彼女への恐怖は、依然何も変わらない。

「ちょっと、話さない? 久しぶりに」


 私達は全く人通りのない奥まった場所へと移動する。

 遠くに喧騒が聞こえ、ほぼ物置と化した学校の施設。私達はその隅で、バチバチと火花を散らしながら会話した。

 ブリジットの言葉を待つと、彼女は滔々と語り出す。


「学年上位五席は、この学校に於いて特権を持つ。それは学校運営を行う組織、シプリス評議会メンバーとしての座席を持つからよ」

 それはクロエちゃんも言っていたことだ。クラストップの彼女は学年五席というものを目指している。

 そして目の前に居るガキ大将は、昔っから常にトップの成績を叩き出していた、本物の天才だってこと、いまになって思い出した。


「こんな嘆願書を提出できるのも、学年五席というシステムがあるからってわけ」

「まさか、ブリジットがこれを」

「ええ。私は主席ですもの。これくらい訳ないですわ」

 ブリジットはお嬢様言葉でそういった。彼女のモノクルが怪しく光る。

 主席。

 まさかと思ったけど、前回のテストではブリジットが一位だったんだ。......相変わらず、とんでもない奴.......


「もとより職員組合は外からやってきた魔術師というものに不信感を抱いていたわ。この書類も簡単に用意出来た。私が彼らの同意を取り付けて嘆願書に判を押させ、後は生徒たちの信任を得るだけ」

 想像以上にヤバイ状況だ。

 私が考えるより先に彼女は畳み掛ける。

「全生徒の一割でも署名を集めれば、きっとこのままこの請求は通るわ。あなた、随分あの教師のお気に入りみたいじゃない。連日研究室通いとは、熱心じゃない」

「なんでそのこと!!」

「学年主席の情報網をを甘く見ないことね」

 彼女は私を壁際へと追い込む。私はどんと背で壁を叩いて、目の前にいるブリジットを仰ぎ見る。

 どうしよう、混乱してなにも考えられない。先生が、教師をやめちゃう? そんなの絶対ダメなのに。


「あの陰険女にも、今のあなたの顔を見せてあげたいわね」

 そう言うと、ブリジットは私の首を掴むが、私はそれを振り払う。

「っ!!」

 初めてはっきり反抗した私を見て、ブリジットは目を丸くする。

 あの日みたいに、隣にメリナはいない。だから、私が立ち向かわなきゃいけないんだ。震える足をどうにか抑えて、私は彼女と対峙した。

「あの女、あなたに入れ込んでいるようだから。さぞショックを受けるんじゃないかしら! あはは!!」

「お前!!」

「コゼット。あなたはいつもそうだった。その目でいっちょ前に私を睨んで、自分は屈しないみたいな顔をする。もうあなたに出来ることはないのよ、諦めなさいな。諦めて、絶望にその顔を歪めなさい」

「私達は、あんたの思い通りにならない!!」



 私達の担任の進退を決める嘆願書だ。外部の人間が騒いで即クビなんてことにはならないだろう。どうにか私達が関与する方法があるはずだ。私は、それを探し出して絶対にこんな嘆願書拒否してみせる。

「そう? やってみなさいな」

 彼女はにゅーっと口の端を釣り上げた。私はそれを見て昔を思い出す。私を集団で殴る時、彼女はその中心でいつもあの顔をするのを。

「シプリスの教師陣と評議会はあのかもめとかいう教師をよく思っていないわ。適正なプロセスを経ずに魔法省の特例で着任している。あの人は、特別扱いされてここにいる。だから疎まれるのよ。そして特別な理由を誰にも明かしていないのだから、なおさらね。これって誰かさんにそっくりじゃない」

彼女は私を見て言葉を繋いだ。

「あの教師に不信感を持っているのは、教師陣や他クラスだけじゃないってこと、特別に前もって教えてあげる」

「どういうこと?」

「あはは! あははははっ!!」

 彼女は高笑いを繰り返して私の疑問に答えない。

 私は、そのことに不穏さをひりひり感じていた。不味いことになっている、それだけがはっきりしていた。

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