カレーを作ろう!

 バシュンッと矢が放たれる音が鳴る。

 私は弓矢をこそこそ練習していた。弓道部みたいなものがあったらよかったけど、ないので独自で動画とか見ながら見様見真似でやるしかない。現代魔術の勉強も同時期に進めていて、実は簡単な応用にまで手を出しているのだ。これで先生を驚かしちゃおうと思って。うっしっし。


 練習の後、授業の復習のために図書館に残っていたら、いつの間にか外が暗くなっている。精神的な疲労か、身体的な疲労か、それとも両方か、なんだか体が疲れていて頂けない。


「あれ?コゼット?」

「あ、アガサちゃん」

 帰りがけに出会ったアガサちゃんは赤毛の長いふわふわのツインテールをリボンで留めている。

 可愛い格好をして、かわいい容姿だけど、私は彼女のことをかわいいよりも、かっこいいんだと常に思っている。しっかりもので、自分をしっかりもってる人だからだ。

 アガサちゃんと一緒に寮に帰るために、手を振る彼女の元へとぱたぱたと駆け寄った。

「いま帰り?」

「うん」

「じゃあ今からちょっと付き合ってくれない?」

 本当はヘトヘトだけど、アガサちゃんともっと仲良くなりたいから一緒にいく。アガサちゃんは誰とでも仲が良いから、当然普通に話すんだけど、二人でなにかするなんてことはほとんどなかった。いい機会だ。

「いいよ。どこいくの?」

「スーパー」

「あ、そういえば今日晩ごはん無いもんね」

 学校周辺の全ての寮の食事を作る場所があって、配送されるそれを受け取って寮のご飯は成立する。配送元になにかトラブルがあったり、配送元が休みの日は私達で買って作らないと飢えてしまうのだ。


「もしかしてアガサちゃんが作るの?」

「そうね、もう一人くらいアシスタントが欲しいかな」

「任せてよ」

「ありがとう」

 ありがとうはこっちのセリフだ。私達を賄ってくれるのはこのアガサちゃんなんだから。やはりアガサちゃんは面倒見がいい。

「そういえばコゼットはこんな時間までなにしてたの?」

「図書館で勉強してたよ」

「偉い」

 アガサちゃんは自然な動作で私の頭をぽんぽん撫でた。ふわふわといい気分になる。撫でられてる間、くすぐったくて、にはーと笑うしかない。

「今日の夕飯、何にしようか」

「カレーにしようと思う」

「カレー! いいね。なにカレーにするの?」

「そうだなあ」

 カレーは複数の香辛料と具材を煮込んで、味付けを行う遠くの国の伝統的な汁料理だ。

 学校最寄りのスーパーマーケットで買い物を済ますと、私達は来た道を引き返す。

「アガサ特製カレーをごちそうしちゃうよ」

 アガサちゃんはそう言うと、ふふっと笑って前を歩いた。街灯が照らす暗い道を、彼女の影が踊った。

「そういえば、今度魔術実技あるわよね?」

「あるね」

「魔術が使えないのにどうするの?」

「一応、秘密兵器はあるけど、うまくいかないかも」

「へえ、楽しみね」

 秘密兵器は弓矢です、と言ったら笑われるかな。射撃に必要な空間をどうしても確保できないから、ちまちま隠れて練習してるんだけど、今の状態の弓を見られたら確実に笑われる。えーそんなチャチで下手くそな弓で勝とうとしてるのー?ギャハハきもーい!!!!←こうなる。


 アガサちゃんは時折こちらを見ながら、私に歩幅を合わせてくれた。メリナとは違うなあ、なんて、下を向きながら今居ない人のことを考えてしまう。

「実習、1ーEは4対4のチーム戦だってさ」

「チーム戦、ならなんとかなるかなあ......」

 足を引っ張らないようにしないと。

「開いてる時間、先生の研究室までチーム分けの抽選にいかないと行けないらしい。知ってた?」

「え、そうなの!?」

 初耳だ。

「そうらしいわよ。メリナにも伝えといてちょうだい。私はあの子に嫌われてるみたいだから」

 べつに嫌ってないと思うけど......でもこれはメリナが悪い。メリナは頑なに人と話そうとしないのが良くない。だからこうやって悪印象を抱かれるんだ、誰に対しても。

「伝えとくね」

 まあ、こうして私だけがメリナと話せるのも、特別で悪い気はしないんだ。不健全だけど。


 ****


 そうして帰って、二人で料理だ。

「よーし!やるか!」

「やるぞ!!」

 二人並んでエプロンもつけて台所に立つ。

 アガサちゃんのエプロン姿は派手な見た目に、きらびやかな髪をひとつをまとめて、なんだかギャップがあって萌える。

 ミスマッチなのに、すごく堂に入った彼女は、その見た目以上にめちゃくちゃ料理が上手かった。包丁さばきはなんだかプロという感じで、野菜をくるくるまわしながら剥いていっている。野菜をくるくるまわしながら包丁で皮を剥くのは、プロにしか出来ない技なので尊敬する。

 その料理センスは此度のカレーでも遺憾なく発揮された。

 私の何倍もの速さで野菜等の下ごしらえを進めていく。

「やっぱ具がおっきいのがいいよね」

「わかるー」

 ゴロゴロのが一番美味しいからね。

 私がちまちま野菜を切っている内に、彼女は手持ちの野菜の処理を高速で済ませると、つぎに巨大な牛のブロック肉を仕留めにかかった。牛肩ロースだ。

 ひとかたまりの豚肉に包丁を入れる。最初は彫刻を彫ってるみたいに、表面に包丁を入れて削いだ。

「それなにしてんの」

「てきとー」

 適当と言いつつ、豚の白い部分だけ摘出していた。きっと筋をとっているのだ。

 黙々と包丁を入れていく。すると筋を取っていたはずの包丁は、肉の奥の方へと手をかけ、牛肩ロースは辞書を開くように、冊子状に分解していった。牛肉って開くんだ。豚肩が開くところって初めて見たかも。

 ただの包丁も、とてつもなく良い包丁に見えてくる。

 とんでもない手際で、一つの大きな塊だった豚肩ロースは複数の部位へと分解する。ロースと、肩と、その間と。

「ここから先は内緒だよ?」

 キッチンでアガサちゃんが私にこっそり耳打ちする。不意打ちで心臓がはねた。

 彼女は牛肉の端を薄く切り分けると、フライパンを出して何枚か炒めた。味つけは塩コショウのみ。

「はい、あーん」

「あーん」

 差し出された肉を口に放り込む。

「おいしい!」

 熱い。熱々の肉だ。シンプルな肉の味。肉の味はいい。肉を食べたぞーっという独特の満足感を与えてくれる。

「内緒だからね」

 こくこくと頷くと、背後から声がした。

「ルナも混ぜて?」

 ルナちゃん!? いつの間に。私の後ろにぴったりとついているルナちゃんは、お皿を出してお肉を待っていた。首をかしげて、一番かわいいポーズで待機する。ぐっ、大正解......

「ルナはだめ」

 そんなかわいいルナちゃんでも、アガサちゃんがあえなく拒否した。

「お肉くれないと二人のつまみ食いのことみんなにばらしちゃうかも」

「仕方ない。ほれ、口止め料」

「やった!」

 ルナちゃんは渡されたお肉にぱくつくと、ニコニコして鼻歌を歌いながら去っていった。正直言って可愛すぎる。ああ、いかないで......彼女を見ていると、なんだか心が、私のものじゃないみたい。


 そんな自分を紛らわすために、私は過剰にカレーの製作工程に専心した。

「カレーってなにがどうなってるのか分かんないかも」

「スパイスと調味料を全部入れると出来るわね」

「そんなんでいいんだ」

「でも辛すぎるカレーにしちゃうと食べられないひとがいるかもしれないわ」

 そういってカイエンペッパーの量を減らした。細やかな配慮がある。

「玉ねぎをケチらないことが大事」

 切った玉ねぎをどばどば入れる。5、6玉一気に入れた。

 そうして順当に食材を寸胴鍋に詰め込んで、少しの水を加え、火をかける。

「ケチャップ、ソース」

 言われるまま調味料を手渡す。ケチャップ、ソース。

「ひと煮立ち」

 ぐつぐつとしばらく煮込んだ。その間他愛もない話をして気を紛らわす。ネイルやアクセの話をした。最近のネイルってそんな感じなんだね......

「最後ににんにくをすりおろす」

 にんにくのすりおろしを入れた。最後なのはなんとなく珍しい気がする。

 そうして私達のカレーは出来上がりだ。うーんいい匂い。ちょっとは貢献できたかな? 不安になる。ただつまみ食いしてただけだし。

「コールスローも作っちゃうか」

「コールスローって人間が作れるの?」

「コールスローを何だと思ってるのよ......」

 彼女は手早く千切りキャベツと人参とマヨネーズ、酢などを混ぜあわせて、あっという間にコールスローが出来た。意外に簡単だ。

 出来た料理を並べて食事。私は寮生が一同に介する夕食の時間が大好き。いただきます!!

「あ、甘!!」

「やばい」

「ホテルのカレーじゃん」

 みんな口を揃えてカレーを絶賛する。

 甘い!! 甘いカレーだ。でも嫌な甘さじゃない。たまねぎの甘さだ。豚のうまみが底を支えていて、味わい深さが尋常じゃない。味の太さが尋常じゃない。そこにあとから辛さが追いかけて来る。

「!」

 メリナですら表情が変わる。その気持ちも分かる。

 こういうのだけ食べて生きていたいくらい美味しいカレーだったなあ、なんてしみじみ思うくらいだ。うますぎて警察呼ぼうかと思った。逮捕してもらいたくて。

 アガサちゃんにサムズアップすると、同じくサムズアップで返してくれた。アガサちゃんも、つんつんしている人だけど、かわいい。

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