教師弾劾嘆願書

「みんな話があるんだけど!!」

 寮に戻って、私は急いでみんなをコモンルームへと集めて緊急会議を実施する。

 議題は当然先生についてだ。

 みんなが集まったのを見て、私は話し始めた。かもめ先生に対して、嘆願書が提出されたこと。それによって先生が辞職の危機に瀕していること。私達でどうにかそれを食い止めたいこと。みんなの知恵さえ借りられれば、こんな事態、すぐに解決できるはず。

 私達のトップであり、この事態に対して最も有力な解決策を見いだせるであろうクロエちゃんが言った。

「コゼットの言う通り方法はある。私は評議会の末席だし。嘆願書への拒否権だってある」

「じゃあ!!」

私は目をきらきらさせて彼女の手を取った。きゅ、救世主!! だけどそんなクロエちゃんは、どうしてか口を噤んでいた。

「ただ......みんなはどう思う? 先生のこと」

「まあ、なんというか」

「あの見た目はびっくりするよね」

 私はかもめ先生が大好きで憧れてるし、子供の見た目でカッコいい大人というギャップも最高。尊敬する先生! みたいに考えていたけど、そう考えていたのは私だけで、どうやらみんなはそうじゃないらしい、と後からだんだん分かってくる。


 口々に先生への印象が話される中で、決定的な一言が誰かの口から漏れた。

「かもめ先生って魔力なさそうに見えるよね」

 たしかにそうだ。先生は外に全く魔力が漏れない。そもそも魔力なんかないみたいに。

 魔術師の魔力は相当な実力者でも完全に隠すのは難しい。他人の魔力は通常、気化したガソリンのように周りの空気を歪めるように写るのだ。だけど先生は生徒が頑張っても魔力を検知することができない。


 つまりこの場に於いて先生はの評価は......

「魔術師じゃないんじゃない?」

 内心ひやりとしたものを感じた。先生が魔術師じゃない、なんてことあるはず無いのに、どこか否定しがたい感じがある。

 サンドラちゃんが、先生についての情報を開示する。


「あの人の素性は普通に怪しい。飛び級で大学を出てウィストリア魔法省の要請で教師になってるみたいだけど、そんな人今までいなかった。前代未聞だよ。年齢だって、どこまで詐称してるか分かんないけど、少なくとも大人ではないことは確かだしね」


 まあ、確かに。言われたままの年齢だと思っていたけど、考えてみれば普通にそんなことは無いはずだ。魔術で見た目を騙すことは出来ても、騙し続けることは難しいのだから。

「これ見て」

 クロエちゃんが封筒を開けると、そこから何枚かの紙が出てくる。これは、報告書?

「実は私も、先生について調べてもらったの。色んな人の手を借りて」

 クロエちゃんの調査書によって、室内には深い衝撃が走った。めいめいが、その書類を見て押し黙っている。

「先生が魔術を頑なに開示しないのは、たしかにその通りなんだ。それに、経歴も不透明」


 クロエちゃんが静かに言った。

 全会一致が基本なのに、代表が反対? そんな、じゃあ、拒否権は? 先生は、どうなるの??


「経歴のわからない変な先生に、変な教えられ方したら、嫌だなって思うんだ」

 クロエちゃんの凄みに思わず怯む。

 そんなふうに言わなくても、と口を挟もうとするが、彼女はそれを許さなかった。

「死にもの狂いで勉強して、私達はようやくシプリスに入った。魔術人生をシプリスの三年に賭けてるし、本気で魔術のトップを目指してる。 それなのに、経歴不明の謎の年下かもしれない女が突然先生になるのは、いやだ」

 そんな......

「先生は強い魔術師だよ! だって、」

 魔眼もあるし......と言いかけてぎりぎり踏みとどまった。

「だって?」

「いや」

 もし、先生が本当に魔術を使えなかったら? 魔眼は貴重なものだ、でももし仮に先生が本当に、魔術が使えないのならそれを守り通す手段が無いことになる。それに、魔眼のせいで魔術が使えない例を私は知ってるのだ。先生の口からそれを知った。


 そうなると言葉を窮した。

 現代魔術は? 先生が仮に現代魔術の熟練者でも、彼女たちになんの得もない。

 古典主義魔術と、現代魔術では、設計思想がそもそも違いすぎるんだ。

 だんだんと可能性が膨らんで、私も反論する言葉を失ってしまう。だが、私は、先生に味方する以外の道がない。そうじゃなきゃ、私は、この先夢を追えなくなる。

「いや、おかしいよ。だってシプリスの先生だよ? 実力は折り紙つきに決まってる。そうじゃなきゃシプリスなんか入れないわけでしょ?」

 その場しのぎだが、私はもっともらしい理論を展開していく。

「コゼット......」

 メリナが私の服を引っ張った。小さな声で私を呼んで俯きながら。意図が分からず周囲を見回すとみんなと目が合う。 

 一体、なに?

 みんな、どうして......




 あ

「そうか、わたしか」

 なんで気が付かなかったんだろう。

 ようやく私は、自分で自分の首を締めていたことに思い至る。

 そうか、私だ。実力がないのにシプリスに入っている例を、みんなは知ってるわけか......


 みんなにとっての私の立ち位置を、その時はっきりと、残酷なまでに分かってしまった。いつの間にか、みんなの中で格付けが済んでるんだ。

 結局世間での魔術が使えない人間の扱いは知れている。私もただそのうちの一人。

 そっか、そうだよね。今更、何ショックを受けてるんだ。

 分かりきってたことじゃん。最初から私は、みんなにとって決して対等なんかじゃないってことくらい。

「先生と生徒じゃ規模も違うけどね。生徒に出来たことを教師も同じくできるかは怪しい」

 サンドラちゃんが遠くを見ながら言った。フォローなんだろうけど私はショックで反応できない。私って、本当に弱い。なんで、こんな。



「さっきからつっかかってくるけどさ、コゼットは魔術使えないじゃん。なにが分かるのさ」

「っ!!」

「遊びじゃないんだよ、みんな真剣に魔術に向き合ってるんだ。それなのに......」

「クロエ......」

 ルナちゃんがクロエちゃんの言うことを制した。その声色は真剣で、いつものルナちゃんじゃないみたいで......

 言われたクロエちゃんも面食らったのか、バツが悪そうに仕切りなおす。そうして本題へと突入した。

「たとえ事情があったとしても、素性を隠して、しらを切るなんてやり方、誠実とは到底言えない」

 その発言は私と、先生に向けられていた。


「だから私は、主席に賛同して拒否権を発動したくない。この嘆願書が通ったほうがいい。先生が魔術の実力を開示してやめないのが一番だし、よしんばやめても、もっといい実績の先生が就いてくれるよ」

「そんな」

 クロエちゃんの言うことも尤もだ。先生の素性がわからない以上、人生をかけるわけにはいかない。クロエちゃんは努力の人だ。才能もあるけど、誰よりも魔術の鍛錬に神経注いで、クラスでトップの状態を維持している。クロエちゃんは魔術に命をかけてるんだ。「遊びじゃないんだ」というクロエちゃんが何を言おうとしてたのか、なんとなく分かる。

 魔術が使えないのに、真剣にやってる人の輪に入るなんて過ぎたことだった。

「......それでも」

 そんなのダメだ。先生が先生じゃないだなんてこと、あっていいわけない。自分の中にはっきりとした怒りを感じている。私はどうすればいい?

 選択肢が一つしか提示されてない状態を避けなくてはならない。答えを決めかねてる人が、強い主張に流されるのは、なんとしてでも食い止める。私が矢面に立って断固拒否。これ以外にない。


「絶っっっ対いや!!!」


「コゼット、お前!」

「じゃあ戦えば? 勝って認めさせればいい!!!」


 私は彼女を挑発した。苦しい言い分だが押し通す以外ない。理屈は後から考えよう。

「今度の中間試験、私と勝負しろ!!!勝たなきゃ嘆願書なんて絶っ対に認めない!!」


 教養系の各教科の試験と、魔術系の試験がある。点数配分は一対一。魔術系の試験は、魔術理論と実践魔術。実践魔術は筆記と実技実習の2つ。

「私に勝てると思ってるの?」

「......っ!」

 クロエちゃんはめちゃくちゃ優秀、メリナと並んで入学時点でクラストップの生徒だ。でも点数勝負では私だって負けない。やってやる、なんだって。

「いいよ、コゼット。受けてあげる。筆記の点数はコゼットのほうが良くても、実技実習じゃ絶対に差が付く。そのビハインドは避けられない」

 目論見通りに事は進むが、状況は厳しく、彼女の言うことはずっと正しい。


「コゼット、お前じゃ私には勝てない。魔術が使えない人間が、どんなに努力したって無駄だ」

 クロエちゃんはゾッとするような、敵意に満ちた声でそう言うと、その場を後にした。

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