かもめ魔術理論講義

 ぼーっと午前中の授業の授業を受けて、魔術理論の授業のために講堂に向かった。いざたどり着いた講堂は広くて、座席が斜めになってる。前から見てつま先上がりに椅子が配置されていた。『とにかく先生に相談すること』メリナが言うとおり、私は今日この日、先生の研究室へと向かわなくてはならない。


「コゼットちゃん! 一緒受けよ」

「ルナちゃん! もちろん」

 ルナちゃんが同席してくれることになって、すっかり安心した。

昨日から相変わらず、私への奇異の視線は絶えない。じろじろと顔を覗きこまれたりもしたが、彼女といると、ルナちゃんを見るのに忙しいので、そんなの気にならなかった。

 やっぱりかわいい。王道の可愛さ。

 ざわつく講堂の前に、黒色の混じった金髪の背の低い女の子がぴょこぴょこと現れる。天使みたいに可憐な少女だ。本当に子供みたいな見た目。

 この背の低い女子中学生みたいな女の子こそ、魔術理論講義担当の先生で......

 ......私達、少人数特別教室1−E組の担任の先生なのだ。


 チャイムが鳴って先生がマイクを取る。あー、あーとマイクのテストをして先生が話し始めた。教壇の上で金髪のプリン頭がふわりと揺れて、声が響く。


「こんにちは、かもめです。魔術理論の授業をメインにこれからみなさんとは関わっていくことになると思います。ちなみにかもめという名前は、私が外の出身の魔術師だからです。外の魔術師は、原則本名を隠します。

……まずは基本の魔術理論をおさらいしましょう。中等部でも習ったでしょうが、これからの授業で細かく詰めるための基本のきですので、ついてきてくださいね。

その、魔術理論をこれから話すわけなんですが、昔、魔術理論という学問はありませんでした。魔法とか、奇跡とか、神秘とか、そういう統一されてない言われ方をしていましたんですね。

ずいぶん昔のことに思うかもしれませんが、これらはクワトロチェント以前のことだから、だいたい六百年前くらいの話なんです。

こういう奇跡等を解体して理論化したのが魔術なんですが、この六百年間その理論は魔術師たちによって研究されてきました。その際、進展し円熟した理論がこの授業の殆どを占める主流派・古典主義魔術クラシカルメインです。

なんでこれがわざわざ古典主義という名前なのかというと、昨今に至って現代魔術というものが発生したからなんです。現代があるからそれまでの魔術が古典になる。当然の理屈ですね。しかし現代魔術はこの授業ではやりません。はっきり言って難しすぎるし、ウィストリア-シプリスではそれを学ぶだけの土壌がないからです。現代魔術の魔術師も居ませんし。

なので本題に戻り、これから古典魔術の主軸理論についてお話しましょう。

魔術の原理は、物理世界で行われる過程を排除することによって成立します。材料と手法が揃い、特定の条件下で成立する事象を、魔術はそれ無しで成立させます。

過程を吹き飛ばす理屈とは、つまり世界の裏側にアクセスして引数をいれて不正な戻り値を取り出すということで、例えるなら、普通なら有機物に火を付けて炎とするところを、裏でコードを入力して、不正に世界から炎を引き出すような事を指します。

そのため魔術に使う言語とは、普段のアクトランガージュに使うような、こなれた言語ではなく、神代の言語帯、つまり神話を用いるのが殆どです。NPCが使う言語では入力に値せず、世界が用意した文章から関数を、魔術の術式を創りだすことが必要、という理屈ですね。これは典型的な言語神授説によるものです。今は退治された学説ですが、魔術の世界では未だに根強い人気があります。言葉は神なりき、というわけです。

だから神話群を参照し、適切に語句を組み合わせて魔術を現出しなくてはなりません――」





「うーん......」

 ガリガリと食らいついていくようにメモを取る。私は他人より遅れているのだから、必死に取り付いていかなくてはならない。とはいえ新しく聞く要素を含みながらも、中学でさらう内容の復習なので、あんまり真剣に聞いていない人もいる。

 隣に座っているルナちゃんなんかは、ぬいぐるみを枕に寝てるし。

 すうすう整った鼻息をたてて、気持ちよさそうだ。ちょっと突いたけど全然起きないのですごい。


 授業は滞りなく行われたが、先生の姿はなんというか、普通に子供が教壇に立っているように見える。予想通りといえば予想通り。そのまま授業が終わって、先生がさっと教室から出て行ってしまった。静かだった教室は、どっと緊張が抜けて会話が生まれる。



「ねえ、コゼットちゃん。この後どうしよっか? 暇ならどっか食べに行かない?」

「私、今日先生のところに行かなきゃなの。ごめんね」

 ああ、私みたいな奴がせっかくのお誘いを無下にするなんて。斬首だこれは。ごめんっと心の中で念じる。きっと後で埋め合わせするから! そのような機会があれば!!

「ううん、そっか......残念」

 ルナちゃんはおよよ、と泣き真似をすると、

「がんばって!」

 胸の前で、小さく握りこぶしをしてくれた。私もそれと同じようにして、彼女への返事とする。この道は、メリナが諭してくれた道だ。私は、メリナの期待に応えたい。

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