魔眼 その所産と構造

 この日の授業が終わって、放課後、かもめ先生の研究室へと向かった。私が魔術が使えないことを告白して、それでどうすればいいか指南してもらうためだ。

「先生」

「あれ、コゼットさん?」

「すこしお話があって」

 先生の研究室は散らかっていて、まるで学校じゃないみたい。

 奥から先生の声がして、テトテトとこちらに向かってくる。 

 先生はやっぱりどう見ても子供の体躯に、その小さな顔に大型の黒縁メガネをしていて、シャツの胸元を開けていた。素性も経歴もわからない、正体不明のロリ先生、それがかもめ先生だった。渡り鳥の名を冠するその人を表現するように、なんだかかもめのフィギュアとかグッズも各所に散見される。


「あ、ほんとに。ちょっと待ってね」

 先生は机の上の書類をかき集めると、他の棚にまとめてそれを移し、椅子を持ってきて二人で話せる場を作った。眼鏡も外した。勧められるがまま、私も席につく。先生は椅子の高さと背丈が微妙に合っておらず足が少しだけ宙にぷらぷら浮いている。

「どうしたの? 深刻な話? 私も丁度コゼットさんと話したいと思ってたんだよ〜」

 それを言われて胸がきゅっとする。先生は私が魔術を使えないのを知っているんだろうか。学校内の揉め事は全部把握してるのかも? 私は次々に最悪なことを想定しては、それを脳内でかき消す作業をしている。

「えっと、その......」

 言葉に詰まってしまう。どうしよう。言えばこの学校にいられなくなるかもしれない。じゃあ退学ね、なんてことにはならないだろうけど、万が一......もしそうなら、耐えられる?

 魔術が使えないことを言うために来たのに、言えずに帰ったら、先生はどう思うんだろう。なにしに来たんだコイツって思うかな......思うだろうなあ。

「ゆっくりでいいよ」

 あ、うう......

 胸のあたりがひりついて、上手く言葉がでない。胸をぎゅっと押さえる。

「先生、私は」

 私ののどがぴりつく。


「私、魔術が使えないんです!!」



 ............


 言ってしまった。賽は投げられた、もう川を渡る以外にない。絶望的な気持ちで先生のほうを見る。先生の表情は、見るのが怖くて分からなかった。

「うん」

 先生はぽつんと言った。

 あれ、それだけ?その後に続く言葉がない。

「え」

「あ、あの」

「魔術が使えないんだよね?」

「はい」

 先生は「はいそうですか」、という顔だ。

 あれ、なんでこんなに反応が薄いんだろう。もしかしたら、もうすでに知ってたのかな。

「もう知ってました?」

「いや今知った。でもずっとそうなんじゃないかなって思ってたよ」

 悟られていたんだ。やっぱり大人の目はごまかせない。

「魔術使えないのにこの学校に入ってるの咎めないんですか?」

「どうして? 魔法省がシプリスへの推薦を書いたんでしょ? じゃあコゼットさんの入学は魔法省の決定みたいなもんだよ。だれも咎められないんじゃないかな、そんなの」

 ああ、そっか。先生はそんなふうに考えてたのか。

 でもそれは私が試験の虚をついたからだ。私みたいな才能ないやつが、入り込める隙間を通っただけにすぎず、中で窒息死するような熾烈な環境で生きていけるわけではない。ただ魔術が使えないことで即座に退学とかにはならなそうなので、ほっと一息つくと、先生は衝撃的なことを口にする。


「それに私は、多分だけど、どうしてコゼットさんが魔術を使えないか分かるよ」


 えっ!!

「それって、理由が分かるってことですか?」

「そう言ったつもりだけど......」

「な、なんで、なんで私、魔術使えないんですか?」

聞くと先生は、けぷけぷ咳払いして私に近づいてきた。


「それは、君の眼のせいだよ」

先生がくるっとターンして、私に背を向けた。

「コゼットさんはどうして魔法省がシプリスを指定したか分かる?」

「......分かりません」

 予想してみるが見当もつかないので素直に答えておく。

「コゼットさんは魔眼の術者だし、推薦文にもそのことがプッシュされてるわけだけど、シプリスである理由はそこで、この学校には同じく魔眼をもつ教師がいるからなんだと思う」

 聞いて思わずガタッと椅子を鳴らす。前のめりで私は先生に訊いた。

「え、どなたですか? 会って魔眼の開き方を訊きに行きたいんですが!」

 もしかしたらその先生ならちゃんとした魔眼の使い方を知ってるかもしれない。魔眼さえ開けば、私も人並の魔術師に......


「私」

「え......」

「私」

 ああ、目の前に座ってるこの女子中学生みたいなひとが魔眼使い? そんな。私はこの年でまだ開いてもいないのに。ああでも、先生は大人なのか......大人?

「えっと、本当に?」

「見てみる?」

 先生に近づいて、目を覗くと先生の瞳の色が急変する。瞳の底に荒い粒子みたいなものが流れて、綺麗な絵の具をパレットに広げたみたいな不自然な色に輝く。そして魔力が瞳の上から不思議な幾何学模様を描いていた。

 すごい。任意のタイミングで開眼させられるんだ。これが私とは全然違う、これが本物の魔眼使い......

「綺麗......」

「ありがとう..............。ちょっと近いよコゼットさん」

「あ、すみません!」

 急いで手を離して距離を取る。先生はちょっと顔を赤くしていた。

 そんな先生はその後すぐに目をいつもどおりの粟色に戻した。先生の魔眼は惹き込まれるような、見るものを強制的に絡めとるみたいな、そんな眼だった。

「先生、すごいです!」

「コゼットさんも、なんらかきっかけがあったらすぐ出来るようになるけどね」

「ほんとに!?」

 思わず砕けた口調になる。


 そこで、これ。と先生が一冊の本を取り出した。

「魔眼分類?」

「そう、魔眼には種類があって、タイプ別に銘記法もある」

「へえ」

 用意された本をぺらぺらと捲る。わっ! この本、古すぎて紙が茶けて硬すぎる。気を抜けばすぐに破れる罠みたいな本だ。怖いのでページを開くのをやめた。

「魔眼には段階というか、発展具合で番号が振られていて、今コゼットさんが見た私の魔眼はヴィジョンⅢ」

 ヴィジョンⅢ......

「逆にコゼットさんの魔眼は今はヴィジョンⅠ、つまり潜在化しているということ」

 先生は、卓上から飴をいくつか取り出すと、それを連続で、脈絡もなしに放ってきた。

 ちょっと!!

「わわっ、ちょっ!!」

 それを全て空中で受け取ると、手にした飴を机に並べる。

「いい目だね。その状態がヴィジョンⅠだよ」

 そうなんだ、私のことなのに、私はよく分かってない。

「たまにパーッと視界が変わることがあるんですが」

「その時はヴィジョンⅡに移行してる。でもすぐにヴィジョンⅠに戻ってしまうわけだ。ヴィジョンⅠが潜在化状態なら、ヴィジョンⅡは顕在化状態ということになる。ヴィジョンⅡになった時、どういう風に視えた? 周りが遅くなった? それとも人の内側とか、遠くのものが見えるようになった?」

「えっと、スローモーションに見えるのと、視界がモノクロになって、人の内側のオーラみたいなのが色になって見えます」

「なるほどね」

 魔眼の存在は隠すよう言われているので、自分のことをこんなに人に聞いてもらえるなん、思ってもみなくて、ついつい前のめりで話しすぎてしまう。

 自分の感覚に名前が付くのはなんだか面白い。魔術の授業って、多分こういう面白さなんだろう。感覚に言葉が付いて洗練化していくという感じ。今まで魔術の授業って、私にとってはずっと縁遠い話だったし、必死に字面だけ覚えて食いついていくしかなかったので新鮮だ。それに、先生の前だと、私は特別じゃない。この眼だって、先生はずっと優れたものを持っている。

 私がひとしきり感動してると、先生は突然こんなことを言ってきた。

「ねえ、コゼットさん。ちょっと戦ってみない?」

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