メリナと夜の道すがら

『消灯後、寮を抜けだして、河川敷まで』


スマホがブーブーなって、通知が画面の上から一個降りてくる。

「メリナ......」

 河川敷まで来いという意味だろうか。

 消灯まで待って、寮を抜け出すタイミングを見計らう。というかメリナは消灯になっても部屋に戻ってこなかった。普段は定期的にアガサちゃんが就寝前に点呼をとったりするのだが、今日はやらないみたいだ。やってたら私が裏声で返事しなきゃいけないはめになっていた......


 パーカーを羽織って、寮を抜けだす。夜気は一層深くなっていき、風は冷たい。暗くていつもと雰囲気が違う街の中を、川の方角へと向かって歩いた。河川敷ってどこのことを言ってるんだろう。考えてみれば河川敷なんて川に沿って無限に続いてるものだし、川を挟んで2つあるのでどっちかよく分かんない。

 紙をみる。やっぱ河川敷としか書いてない。文面上でも無口なのか......まったくもー!!

「困る……」

「なにが困るの?」

「メリナ!」

 ぱーっと気持ちが上を向いてメリナのところに駆け寄った。やっぱメリナがいないと始まらない。

「もー、だって河川敷だけじゃどこか分かんないよ」

「そう」

 メリナは私を確認するとすぐに振り返って、すたすたと歩いてしまう。メリナは歩くスピードが速くて追いつくのに精一杯だ。

「ふふ」

「なに笑ってるの」

「メリナと歩くの好きだから」

「そう。良かったね」

 メリナは突然立ち止まって、私の手を取った。

「ただ散歩したいわけじゃないんだ。今日のこと、話しておこうと思って」

 メリナはドキッとするくらい冷たい口調で語りかけてきた。みんなが居ないからか、かなりはっきりものを口にしている。メリナのハスキーな声が心を圧迫する。

「じゃあこんなところに来る必要なかったんじゃない?」

「いいや。寮にはあいつ、サンドラ・レオニがいるから」

「サンドラちゃん?」

「あいつ、いろんなことに聞き耳立ててるし。人に聞かれない状況のほうがいいとおもって」

 メリナの口調は棘々しかった。

 サンドラちゃん、警戒されてる......いい人だけどね。少々ゴシップ好きなのだ、彼女は。


「それで、コゼット。あの銀髪馬鹿女の言ってたこと、どれくらい正しいの?」

「ほとんど正しいよ。私とブリジットは同じ施設出身なの」

「ふーん」

 施設出身というのは魔術校において少しだけ特別な意味合いがある。親元から引き離して魔術の開発をするという特性により、施設から出る人は普通の魔術生じゃない場合が多く、ブリジットみたいに数値や実習が超優秀だったりするか、私の魔眼みたいに希少な魔術を持っているかの二択に分かれるからだ。

「じゃあ魔術が使えないのは確かにそうなのね」

「そうだね」

「......なんでそんな無茶なことするの。あの銀髪の言ってることが完全に正しい。どうしてシプリスに入学したわけ? 世間がどうとかじゃなくて、ここが一番コゼットに対して厳しいの分かってるでしょ」

 手厳しい......

 私は手札が少ないながらも、できるだけ反駁する。

「シプリスへの推薦は魔法省が書いたの。推薦があれば、実技をパスできるし、パス出来たら私は受かるし」

「はあ......そういえば魔法省から推薦を受けて、ってあの女も言ってたね。でもそんな推薦状なんてもらおうと思ってもらえるものじゃないでしょ?」

「......うん」

「コゼットの中の、なにが魔法省の興味を引いたの? なにがあれば、魔法省の推薦なんか勝ち取れるわけ?」

「それは......」

 もうここまできて嘘はつけない。

 実物を見せたほうが早いと思って、一か八か、目に魔力を集めて力を込めてみる。これやると痛いし、目が凝るからやりたくなんだけど......

 長い前髪をかきあげて、目を見開く。

「どう? できてる?」

「なにが?」

 出来てない......

 まあ出来てないのは分かっていた。あの目の見え方は普段のそれとは全く違うので、可否が一瞬で分かる。



「私は、その、魔眼持ちなの」




「えっ」

 彼女が一歩か二歩下がって、完全に停止する。暫くの沈黙があった。

「魔眼ってあの? 天然の魔眼?」

 それに頷くと、メリナが目をぱちくりして驚いた顔をする。メリナが驚くところを初めて見た。ちょっとお得な気分になる。

「全然コントロールできてないし、あんまり開いたことがないんだけどね」

「なるほど......魔眼があって、他の数値が水準を満たしてるなら推薦も簡単か。うーん」

 彼女は一通り風に吹かれながら思案した。

「魔術が使えなくても、そうすれば入学できるのか。コゼットは、特別だから」

私は特別と言われて、なんだか嫌な気持ちになった。


「魔眼のことは他人に言わないほうがいい。コゼットは希少なもの持ってるのに、魔術がなくてそれを守るための力がないから。......魔眼なんか特に狙われやすいのに」

 同じことを施設の大人や魔法省にも言われたことだ。目のことは隠すように。

「仕方ない、これでからくりは分かった。困ったことがあったら私に言って。助けるから」

「......うん、ごめん」

 反射的に謝ってしまう。自分は、結局守られる立場でしかない。こうして身の程知らずの目標を掲げるから、メリナに迷惑をかけてしまっている。

 私は、一体いつになったら、普通の人間になれる? 分からなかった。なにもかも。

「迷惑かけて、ごめん」

 今は謝ることしかできない。そんな私にメリナは嘆息した。彼女は呆れた様子で、すたすたと私を振りきって、河川敷の下へと降りて行った。



「コゼットのバカ!!!!!!!!」



「え......」

 湖が見える方向へ向かって彼女は思い切り叫んだ。その声は、完全に都市の喧騒に勝利していて、空気がびりびりと震えるくらいの絶叫だった。すさまじい勢いに、思わず気圧される。

 メリナを見ると、彼女は言い切ったという感じでふうっと息を吐く。今までそんな声出したことないのに。なに、突然なんで。

「コゼットのバカ」

「二回言った!?」

 今度は私の目を真っ直ぐ見て言った。射抜くような鋭い視線だった。

「ごめんじゃないよ。なんで隠してたの? なんで黙ってたの? 黙ってて、状況が改善するわけ無い」

「うぐっ」

 そうだ、私はみんなに自分のこと黙っていた。それで状況が改善しないのもそうだ。

 自分を恥じて、弱ってしまう。私はまともに彼女の顔を見ることが出来なくて、地面に視線を落とした。


「だって、バカにされるかもって思うと、怖くて。それに、魔術が使えないって言っても、みんなを困らせちゃうし」

「違うよコゼット。コゼットは嘘をついちゃって、それで引っ込みがつかなくなっただけでしょ?」

「......っ!」

 核心を突かれて、私は露骨にうろたえた。

「それに......困らせていいんだよ。私もコゼットに迷惑かけてるし、コゼットのためになりたいっていつも思ってるんだから」

「うん......」

「コゼットは良くない選択をしたよ。黙って隠し通すなんてやり方、通用するわけない。シプリスの人間を利用しないと。教師陣だって、変人が多いけど、それでもあの人達は、プロなんだから」


 メリナの言うことは正しい。私はせっかくシプリスに来たのに、その人達を活かそうとしなかった。施設や魔法省の判断をもっと信じるべきだったんだ、と、やっと今になって思い当たる。思い当たって、後悔した。

「でも、なにはともあれ、先生の意見を聞いたほうがいい。私じゃ、コゼットの言う通り何も出来ないし、担任の、あの先生ならなにか解決策をもっているかもしれない」

 メリナは間髪入れずに言葉を継ぐ。先生って、あの先生かあ。変人なのは間違いない。私達の担任の先生って、なんだか頼りないんだよなあ。だって、あんな姿をしてるし。

「とにかく明日、覚悟を決めて先生のもとに行くこと。分かった?」

「はい......」

 強い口調で言われてシュンとする。

 河川敷の風が強くなり、私達の体が煽られた。

「もう、帰ろうか。思ったより遠くに来た」

「うん」

 帰り道、来た道を引き返しながら、メリナとこの眼の話をした。メリナは私と二人きりのときは結構ハキハキ話してくれるので嬉しい。

 月夜に当たるメリナは、なんだかびっくりするくらい綺麗だ。天使とか、女神とか、そういう不死の類がもつ綺麗さ。その白い肌に、触ってみたい......なんて。あはは......これじゃあ変態みたい。


「コゼットも、なにも無計画にこの学校に来たわけじゃないんでしょ?」

「うん。魔眼さえ開けば、なんとか解決の方法が見つかるんじゃないかって、思って。もしそうなら、いい魔術校に居たほうが、魔術師への道が広いし」

 私の恩人の、リズさんの「その目もいつか、君を助けてくれるはず」という言葉を完全に信用しきった考えだった。見積もりが甘かったけど、リズさんの言葉を信じたい。

「いつから魔眼だって分かったの?」

「かなり小さい頃だよ」

「その時、周りの人はどんな反応だった?」

あまり思い出したくないことを思い出す。けど不思議とそんなに嫌じゃない。これはきっと、話してるのがメリナだからだ。メリナは無口でトゲトゲしているけど、でも雰囲気が柔らかい。


「すごかったよ。大騒ぎ。お父さんもお母さんも私をずっと部屋に閉じ込めてさ。今思えばあれも配慮だったんだろうけど......」

「その反応だと、ご両親は魔術師? 今は何してるの?」

「うん。魔術師......だけど、今はもういない」

「どうして?」

「殺された。魔眼のことバレててさ、私、魔眼目的で魔術師に誘拐されて。そのときにお父さんもお母さんも殺されちゃった」

 だから私は、自分の眼があまり好きじゃないのだ。

「......魔術師が憎かったりする?」

「全然。助けてくれたのも、魔術師だから」

 素直にそう答える。結局、私は今も魔術師に憧れてるわけだし。

 メリナは来た時とは違って、歩幅を合わせて私の隣を歩いている。距離が近くなって嬉しい。

「じゃあ施設はその後に行ったんだ」

「うん」

「大変だったね。あんな奴にも絡まれてさ」

 あはは、と流した。流さざるを得ない。ブリジットは確かにあんな人だけど、それでも凄い魔術生なので尊敬もしている。

 それに、彼女には少し同情する部分もあるのだ。私達のいた施設と呼ばれる場所は、親元から子供を引き取って魔術教育を施す場所。特別な教育を受けているのは確かだが、その代わり、多少子供を実験動物的に扱っているのも否めない。

 彼女、ブリジットは、優秀な素体だったから、その分観察対象になることも多かった。私はそれを知っているから、暴力を振るう彼女を、可哀想だなんて思うのだ。

 それは、彼女にとっても失礼な見方であるのは、分かってるけど。

 歩きながら考える。メリナは言葉を継いで話した。


「でもコゼットはすごいね。魔術が使えないのに、魔術校に入って、魔術師を目指すなんて。ちょっと、やばいよ」

「うっ」

 自覚は、ある。だけど自覚があるからと言って、言われて平気かは別だ。自分みたいな没常識なやつ、そうそういない。ほとほと呆れてしまう。

「最初はね、私ちょっと後悔してた。周りの人はみんなすごい人でさ、私もうだめになりそうで」

「うん」

「でも、シプリスに来て良かった。メリナとか、みんなに会えたし」

 これは本当にそうなんだ。寮のみんなは大好きで、そんなみんなと会えたのがうれしい。

「だから、頑張りたい! みんなに追いつけるように。そのためにも、先生のところに行かないとね」

 私は夜空に向かってがんばるぞ! と宣言する。


 メリナはそんな私の手を掴むと、私を抱きしめた。私は暫く為すがままにされる。軽く、背中に手を回すだけの控えめなハグだけど、メリナの体は暖かいのが分かる。同じシャンプー、同じ洗剤のはずなのに、なんだかいい匂いもした。

「コゼットは私が守るから」

「うん......嬉しい」

「だから頑張って。コゼットが居ないと、私も困る」

 私はメリナの胸の中から、彼女を見上げた。彼女の体は、薄くて、それでも柔らかい。女の子なんだ、メリナも。なんだか、体の芯から溶かされるような気分になる。

私はそんな自分を悟られたくなくて、つい軽口を言った。

「メリナのこと、みんなどう扱っていいか困ってるよ」

「そう」

「メリナには、私抜きでも、もっとみんなと話せるようになってもらわないと」

「うるさい」

 うるさい!!!???

 メリナは最後にぶつくさ言って、私に反抗する。私達はお互いに軽口を叩き合いながら、寮への帰路を歩んだ。

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