第49話 存在感

翌朝、学校へ行くと僕は皆の視線を感じていた。今まで誰かの視線を感じた事が

なかった僕は注目を浴びることに慣れない緊張感と初めての爽快感で心は大パニック

していた。ザワザワと僕を見てはヒソヒソ話をしている声がやけに耳につく。


「臼井君、おはよ」

「え?」

今、おはようって言った?

「臼井、おはよう」


なっ…これは…何が起こっているんだ……。


『おはよう』なんて、今まで言われたこともない。

しかも名前で呼ばれたことも初めてだ。ーーーっていうか……

僕が見えているの!? 僕は存在感があるのか……


「臼井先輩、ちょっと…いいっすか」

「え?」


僕は背後から呼びかけられた声に反応し振り返る。彼らの顔が目に入った瞬間、

僕は昨日、空良が体育館倉庫で襲われていた光景を思い起こす。僕に声をかけて

きた男子は主犯格と思われる男だった。彼の後ろには2、3人の男子がこっちに

視線を向けていた。


これは…確実にターゲットは僕だ……


注目を浴びたいと思っていた中学の頃が懐かしく思い出していた。

あの頃はどんなに頑張っても僕は光の中心には行くことができなかった。

なのに、今更、なんで?


『ごめんね大地…』

なぜか、僕の脳裏に空良の言葉が蘇ってきた。


僕の存在感が表面に現れたことと空良のことは何らかの関係があるのだろうか。


僕は彼らに誘導されるまま渡り廊下を進み旧校舎へと向かっていた。


古い木造校舎に入ると、ホコリだれけでカビくさいにおいがした。

歩くたびにギシギシ鳴る廊下を僕は挙動不審人物のようにキョロキョロと

見渡していた。旧校舎なんて初めて来た。新しい校舎が建って以来、何十年も

使っていなかったのだろう。歳月を積んで傷んだ綻びが校舎の外壁から廊下や

内壁の表面に浮き出るように歴史の重みを語っていた。


『ヘックション…』

ホコリを吸い込んだ僕の鼻はムズムズかゆくなり、思わずクシャミを吐き出した。


1年1組の黄ばんだ教室プレートが片側だけ外れ、宙ぶらりんに垂れ下がり、

揺れ動いていた。同時に僕の瞳孔も拍子を合わせるように左右に動いていた。


「入って」


誰かに背中を押され僕は教室へと足を踏み入れた。


僕のの中心部分に流れるような黒髪が映っていた。


空良!?  ーーーなの?


ピッピッと機械を操作するような音が耳に聞こえてきた。


「ねぇ、これって本当の事なの!?」

「え?」


顔を上げた僕の目に映る彼のスマホ画面にはSNS炎上で僕と空良が一緒にいる所が

写真にアップされていた。記事の内容も大きくAIヒューマロイド――空良と

題して大きく彼氏、臼井大地と名指しで掲載され、僕達が付き合ってることに

なっていた。しかも、僕は空良の父である幸之助さん公認の彼氏になっていた。


「臼井先輩は空良ちゃんといつから付き合ってるの?」

「ねぇ、もう空良ちゃんとキスとかエッチとかしちゃったの?」

「AIとするのってどんな感じ?」


僕の存在感が明るみに出たのは空良の彼氏になっていたからだった。


「ねぇ、臼井先輩だけズルくない?」

「え?」

「自分だけいいことして楽しんじゃってさ。僕達にもその幸せ半分分けてよ」

「そんなこと言われても…」

「一回だけでいいんだ。空良ちゃんに頼んでもらってもいいかな? 

全然、言葉伝わんなくてさ」


そんなことできるわけないだろ!!


「臼井先輩とは普通に会話してるんでしょ?」

「へ?」


コイツ等まともに空良としゃべれないんだ。


「俺達、一応常識あるし、一方通行でヤルのはちょっと違うと思うんだよね 」


それを僕に頼むのもどうかと思うけど……


「実際、AIの肉体美にも興味あるし…」


コイツ等、変態かよ!!


「空良ちゃんに聞いたら、2年1組の臼井大地に聞いてって言われてさ。その直後に

SNSでその写真が流出してたのを見たんだよ、なー」

「そうそう」

「実際、俺達、臼井先輩のことよく覚えてなくてさ」

「今朝、挨拶されてたじゃん。それで、声かけたんだ」

「先生も言ってたじゃん。共有しなさいってさ」


共有って何? 空良は物じゃねーし…


「空良、こっちにおいで」


僕は背を向けたままの空良に言葉を発した。きっと、空良なら僕の声に反応する

はずだ。例え、人格がAIに生まれ変わったとしても空良の心はまだ死んでいない。僕はきっと、そう信じたかったんだと思う。


「……」

空良は振り返り大地の人格を瞬時にとらえると、一歩ずつその足を前進させ

大地の方へと向かっていた。


「マジかよ……」


驚いた表情をした同級生達の前を無表情で通り過ぎる空良の目に映っていたのは

大地だけだった。


空良と大地の距離が少しずつ縮まっていた。


手を伸ばせばすぐ届く距離まで寄ってきた空良の手首を掴み、大地はグイッと

勢いよく空良を自分の方へ引き寄せる。

空良の身体はすっぽりと大地の胸の内へと入り込んだ。


「空良は僕だけの物だよ。誰にも渡さないよ」

「大地…」

「もし、また空良に何かしたら僕は絶対、君達を許さない」

僕は目に力を込めて、彼らを睨みつけた。


僕の存在感があるのは空良の為だったーーー。空良といると僕はいつだって

生きてるって実感があったんだ。他の誰にも気づいてもらえなくてもいい…

空良が僕の隣にいてくれるだけで僕は心が満たされていた、、、、、。


僕の仮説が正しければ姫は王子のキスで目覚めるはずだ。


昔、何かのおとぎ話で読んだことがある。


僕と王子って全然似つかないほど、真逆だけど……


でも、空良を好きな気持ちは王子より100倍…いや、1000倍は超えている。

一方通行の片想いだったかもしれない。でも、気持ちを伝えなければ何も

始まらないーーー。


「空良…好きだよ…ずっと…」


僕は空良のを見つめ、優しく空良の唇へと口づけをした。

空良は抵抗しなかった。むしろ、僕の唇を受け入れてくれた気がする。

空良の唇は温かくて柔らかい感触だった。まるで、そう…人間の唇のようだった。


僕は照れくさそうにゆっくり唇を離していく。空良の真っ黒い瞳孔には僕の顔が

映っていた。空良の身体と人工頭脳を拘束していた内臓チップを空良は自力で

解除していたのだ。そのことに空良自身も気づいていない様子だった。


「大地……私も、大地が好きだ」


僕は綻んだ笑顔を見せ、空良をぎゅっと抱きしめた。


互いにずっと言えなかった想いーーー。それは時間が経てば風化するどころか

募るばかりだった。空良も僕と同じ気持ちでいたの?

友達以上になりたいと思っていても、想いを伝えて『友達』が壊れていくことが

怖かったんだね。


空良の心はちゃんと生きている。


「ねぇ、空良…。空良の心は空良だけのものだよ。誰も空良の心まで奪っては

いけないんだ」

「私の心は私だけの物…」

「そう…。だから、嫌なことは嫌だってはっきり言えばいいし、無理なことを

強要されても無理だって言えばいいんだよ」

「インプットした。これからは嫌なことは嫌だってハッキリ言う!」

「よし!!」

「大地の言葉が私のデータを作る全てなんだ。私の身体はそのように操作されて

いる」

「へ?」


IQが優れている僕は空良が言った言葉を理解するのに それほど時間は

かからなかった。


空良の人工頭脳は大人たちが思っているほど、そんなに複雑にはできて

いなかったということだ。そして、空良は僕の情報をリセットしたフリを

していただけだった。





―――多分それは、僕を守る為でもあったんだねーーー。

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