第50話 IQ150以上の完璧な人工頭脳

「先生…彼らが秋霖学園のトップスリーの三人です」


木田山高校、校長室内から犬上満吉いぬがみまんきち校長の声。

先生と呼ばれる男は研究科学者、幸之助である。


秋霖学園、校長 宮木太持みやぎたもつに「木田山高校に行くように」と

命じられた三人は校長室に入るなり、出されたジュースを飲んで眠らされた。

椅子に座らされ手足を拘束された三人は頭に機械をつけられた状態で眠って

いる。知能指数を調べる為だ。


「IQ120? これが最高値か? 秋霖学園といえばエリートが集まる

高校じゃないのか」


「ええ…。一番トップ高でございます…」


「私が欲しいのは普通の知能じゃない。IQ150以上の知能ですよ、校長」


「先生、しかし…そんなIQ150以上の完璧な知能の持ち主なんていませんよ。

IQ150以上といえば、まさに秀才を超える頭脳の持ち主でしょうから」


「そうですね」


「先生はなぜ、それほどまでに完璧を求めるのですか?」


「校長、私のIQの値をご存じですか?」


「ーーーいえ…」


「私の今のIQが150なんですよ」


「え?」


「若い時の最高値はIQ200を超えていました」


「さすがですね…」


「歳を重ねるたびIQも老化していく。次第に身体も機能しなくなる。

私はね、自分の後継者になる者が欲しいだけです」


「それでIQ150ですか」


「今の自分のIQを超える者に私の全てを託そうと思う。そして、年月をかけ

その者がこの汚れた世界を救ってくれると私はそう思うんです」


―――コンコン。


校長室内にドアをノックする音が響く。


「どうぞ」


「失礼します」

慌ただしく入室してくる靴音は教頭の板橋公蔵いたばしこうぞうである。


「どうしましたか、教頭」


「はい、それが大変なことが…。こないだ行われた全国模試なんですが…」


「全国模試がどうかしましたか? 今、来客中で、手短に頼むよ」


「それがですね、我が校の臼井大地が500点満点で全国1位です…」


「え、なんだって? そんなバカな…そのような生徒は記憶にないぞ」

犬上は板橋から模試の結果を取り上げ凝視する。


大地は秋霖学園のトップ3を抜いての堂々1位だった。


「なんで、そんな生徒が我が校に……」

「さあ…」

「臼井大地…? 全然、記憶にない生徒だ…。なぜだ?」

「それは…きっと彼が自分の存在を消していたからでしょう」

幸之助が静かに呟く。

「え…存在を消す? そんなことが可能なんですか?」

「ええ…。だけど、彼は自分自身が存在を消しているなんて思っても

ないでしょうね」

「先生…それはどういうことですか?」

「多分、彼の頭脳は特殊なんでしょう。IQ150を超えると自分の存在さえも

消してしまう。そのことに彼自身も気づいてないようですけどね」

「すぐに彼を校長室に呼んできてください」

「はい…」

犬上に命じられた板橋は急ぐようにドアの方へと向かう。

「ふっ……くす(笑)」

幸之助が不気味な笑みを零ぼす。

「その必要はないようです。彼はすぐそこまで来ていますから」

「え?」

板橋の足がドアの手前で止まり、幸之助の方へ視線を向けたその時だった―――。


ガラッーーー。


校長室のドアが開く――――ーーー。


開いたドアの先には大地と空良が立っていた。

幸之助の視線は板橋ではなく、その先にいる大地と空良に向いていた。

「やあ、待っていたよ、大地君。君が天才頭脳の持ち主だったんですね。

随分、探しましたよ」


校長室内の異様な光景を見て、大地は動揺し、唾を飲み込んだ。


「いったい…これは…」

「彼らは父の研究モデル、多分、秋霖学園の成績優秀のトップ3の子たち」

「へ!?」

空良が耳元で囁いた。僕は唖然とした表情を浮かべ、その瞳孔を隣にいる空良に

向ける。

「空良…、もしかして私の計画に気付いていたのかい?」

「はい…」

幸之助の質問に空良は答え、頷いた。

「いつから?」

「大地と出会った頃から…」

「もしかして、お前が大地君の秋霖学園受験を阻止していたのか」

「幸之助さん、それは違います。秋霖学園を受験しなかったのは僕自身が

決めたことです」

(空良と高校もずっと一緒にいたくて……)


でも、あの時、僕の分岐点が違う方向…つまり、秋霖学園を受験し、秋霖学園に

通っていたら、間違いなく僕はあの3人と同じように研究材料にされていたかも

しれない……。少なくとも僕は空良と出会ってなかったら秋霖学園を受験して

いただろう……。


だけど、僕は元々、存在感がなかったわけだから、秋霖学園に通っていたとしても

皆に気付かれなかったかもしれない…。

でも、今更なんで僕の存在感が明るみに出てきたのだろうか…。


「君は自分の存在感が出てきたことが気になっているんじゃないですか?」

「え?」


まるで、幸之助さんは僕の心が読めるかのように淡々と言葉を走らせた。


「私はね、空良を利用してちょっとした細工を仕掛けたんだよ」

「え…」

「空良の秘密を公開し、空良を危険な目に合わせ、空良を助けるように

君に言ったのも全ては確信する為。君がIQ150以上の頭脳の持ち主だって

ことをね…。空良と付き合うことで君の中に潜んでいたIQ150以上の頭脳…

つまり、存在感が明るみに出るように空良の身体に取り込んだチップが作動

するように仕込んでいたんだよ」


僕は空良が言った言葉を思い起こしていた。


『…ねぇ…なんで、助けにきたの? 私はもう人間じゃないんだよ。

アイツらにイタズラされたって、オモチャにされて遊ばれたって

何も感じない…』

 

だから…空良はあんなことを…


「僕をどうするつもりですか」


あの時の分岐点はただの遠回りにしかすぎなかった……。



「大地君、私はね…君を私の後継者にしたいと思っているんだよ」

「後継者? 研究者ということですか?」

「そうです。研究者になれば未来だって変えられるんですよ 」


何だろうか…この感覚は…。僕は知らず知らずのうちに勝手に足が前に進んでいた。

そう…何か偉大な物に吸い込まれていくような……

僕は大きな渦の中へと足を踏み入れていた。一度、足を踏み入れてしまうと

もう二度と元の場所へは戻って来れないような気がしていたーーー。


「大地…そっちに行ってはダメ……」


ふっと、温かいぬくもりが僕の手から伝わってきた。空良の手が僕をそれ以上

前進させないように強く握りしめていた。

(空良……)

僕の足は立ち止まり、ハッと我に戻った僕はその視線をゆっくりと空良に向ける。


「バカな、お前に人間の言葉がわかるわけない」

「もう、お父さん、やめて、これ以上 罪を重ねないで」

「何を言ってる。この研究はこの廃れた未来活性化のためにやってきた

ことじゃないか」

「違うでしょ。お父さんはこれまで何人の人間を私と同じような

AIにしてきたの?」

「え?」

空良と幸之助さんの会話はまるで異空を超えた世界で話しているように

僕は何だか遠くに感じていた。

「大地は私が守る。大地にだけは手を出させない」

「この役立たずのAIが……お前を作ったのはこの私だぞ。

なあ、空良…なぜ、お前は私の邪魔ばかりするんだ…」

「わからない…。そんなのわからない…。わからないけど、大地には

人間として幸せになって欲しいだけだよ」


(空良……)


僕も空良と同じ気持ちだった…。空良には幸せになって欲しい……

あの頃、本気でそう思っていた……。いや、多分…今もそう思っている。


(僕は空良の今の言葉だけで十分だよ)


「ごめんなさい、幸之助さん…。僕は貴方のような偉大な人間ではありません。

だから、貴方の後継者にはなりません」

「何を言っているんだね大地君。私の頭脳を理解できるのは君しかいないんだよ」

「はっはっ…。僕に幸之助さんの莫大なデータをコピーできるわけないじゃない

ですか。それに、僕には研究者なんて無理です。人には向き不向きがあるように、

僕には研究者なんて仕事は向いてないですから」

「こんなこと、頼めるのは君しかいないんだよ」

「幸之助さん…人のIQは数値だけでは測れませんよ。それに、IQなんて

頭脳はいつか人を飲み込んでしまう。だったら僕にはIQなんて必要ありません」


僕と空良はいつからこうも気が合うようになったのだろうか……


不思議なくらい視線が合うと空良の考えがわかってしまう。

きっと、空良も僕が思っていることがわかっていたんだね。


僕達は1、2、3で走り出した。


そして、三人に取り付けられた機械を無理やり引きちぎって壊していく。


バチッ…ガタン、、、カンーーーゴーーン―――—ーーー

荒々しく強く打ち付ける音が校長室の景色を一変させていった。


「おっ…おい、やめないか。今までの研究データが……板橋教頭、

彼らを止めてくれ!」

「あ、はい」

慌てふためきながら犬上と板橋が止めに入るが、それでも大地と空良は

その手を振り払い、次々と機械をぶち壊していく。もう誰にも二人を

止めることはできない。研究モデルにされていた三人の頭に付けられた

機械が外れ、彼らは「ハッ」と目を覚まし我に返った。

「僕達はいったい……」

「さあ、ここから逃げて」

大地は彼らをドアの方へと誘導していく。

「ああ、うん」

「行こう」

三人は壊された機械がメチャクチャに散乱していても、まだ情況を把握できないで

いたが、ヤバいことになっていることは何となく察知していた。そして、大地に誘導

されるまま彼らは校長室を出て行くのだった。


犬上は愕然と床にひざまずいていた。板橋は突っ立ったまま呆然とめちゃくちゃに

なった校長室を眺めていた。


「僕達の未来は自分達の力で切り開いていきます」


僕は空良の手をぎゅっと握りしめ、校長室を後にしていた―――ーーー。


犬上がゆっくりと腰を上げる。

「先生…」と、静かに呟いた犬上の声は弱く動揺していた。


犬上校長先生の小さくなる声が背中に聞こえていたが、僕達は振り返らなかった。


「ふっ…未来都市計画はここまでのようですね……」

幸之助が溜息混じりに小言を漏らす。

「先生…」

「私の計画は失敗です。敗因は全て私の力不足です。私達、大人に彼らの人生を

左右する権利なんてない…、後は若い人達が未来を変えてくれることでしょう」


幸之助の張りつめた心にも少しだけホッとした安堵の綻びが溢れていた。


空良は幸之助の計画の全てを知ってしまった。そして、幸之助の脳の一部が

機能しなくなっていたことにも気づいていた、その直後に事故が起きたーーー。


そう、あの日は…何気ない日常の一日の始まりを迎えた秋霖学園受験当日の

朝の出来事ことだった――――ーーー。

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