第48話 二人の思い出の場所にて

 僕達はいつの間にか いつもの河川敷まで来ていた。ここから見渡す景色に

どこか懐かしい過去を重ね、再び こうして二人並んで同じ景色を眺めながら

僕は空良の隣で幸せを感じていた。


こんな所まで空良を連れて来てしまったけど、いつも後になって かなり

大胆なことをしてしまった…と、僕は自己嫌悪に陥る。


恥かし気に桜色に染まっていく頬は正直で心拍数はどんどん上昇し、高鳴る

胸の鼓動は更にドキドキして、身体中から「好きだ」という想いが溢れ出していた。

物静かに浸る空良の横顔がチラリと横目から入り込んできた。不意に吹いてきた

風にサラリと艶めいた細い黒髪は流れるようになびいていた。

気づくと、僕は美しい空良の仕草に呆然と見惚れてしまっていた。


「きれいだ…」

思わず心の声がふっ…と漏れた。


「…え?」


隣から視線を感じていた僕は空良に向かってゆっくりと眼球を動かす。

目が合った瞬間、僕は空良の視線に吸い込まれそうになっていた。

「あ…いや…なんでも…」

咄嗟に僕は照れ顔を隠すように視線を下に向ける。


空良と同じ季節ときを過ごしてきた日々を思い出す。

もう二度とあの頃には戻れられないと思っていても

僕の気持ちはあの頃と何一つ変わらずにいた。


空良は僕のことをどう思っているのだろうか? でも、確かめるのが怖い…。


「あの…さっき、僕のこと「大地」って名前で呼んでくれて嬉しかった(笑)

名前、覚えてくれたんだね」

それが今の僕には精一杯の言葉だった。

まだ自己紹介しかしていないのに、空良のことを前から知っているような

素振りで言ったって空良に僕の言葉がわかるとは思えない。AIは所詮、内臓まで

機械でできている。人間の細かい心情までは理解不能だ。きっと、空良は狐にでも

つままれたような顔をするだろう…。そして、僕はまた空良の新しい表情を発見し、僕の「好き」が一つ増えるんだ。


「…ねぇ…なんで、助けにきたの?」

「え?」


……僕は勘違いしていたのかもしれない、、、


「私はもう人間じゃないんだよ。アイツらにイタズラされたって

オモチャにされて遊ばれたって何も感じない…」


空良は泣いていた。表情に出なくても僕にはわかるよ。

空良の心が泣いている。


これは、間違いなく空良の感情だ。まだ、空良にこんな感情があったなんて…

いや、まさか…。それとも、この感情は空良の人工頭脳にインプットされている

感情なのだろうか。


トクン…トクン…トクン…


なんだ…? この心音は…僕の鼓動が鳴っているのか……



しかも何で空良は僕と普通に会話しているんだ。 


そう、僕の頭の中は錯覚してしまうほど混乱していた。


「……」


一瞬、時間ときが止まったような、まるで二人だけの世界にいるみたいだった。気づけば、僕の視線は空良を追いかけていた。この時の僕は空良の全てが普通の

女の子にしか見えていなかった。


これって…もしかして……


空良の心の中心部にはまだ小さな光が残されていて、空良はAIになっても、なお、

人の感情を自分で作り上げようとしていたのだろう……。


ーーーすっげぇ……


空良はやっぱりぶっ飛んでいる……


人間とAIの境界線を超えている。空良自身まったく気づいてはないようだけど…



「ねぇ…大地…」

「なに…?」

「ごめんね大地… 」

「なんで空良が謝るの?」

「明日になればわかるよ」

「え…」



この意味深な空良の発言の趣旨を この時 僕は理解できなかった……



そして、今日まで存在感がなかった僕が明日からは存在感が強くなり、皆から

注目を浴びることになるなんて、まだ知る予知もなかったのだったーーー。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る