第47話 空良に迫る魔の手を追い払え

「えー、今日の美術の授業はデッサンをしてもらう」

美術教師、梶尾昴かじおすばるが口を開いた。

頭脳は優れていても、僕は絵とかデッサンがまるっきし苦手で嫌いだった。


中央にちょこんと椅子があり、女の子が座っている。僕達は中央の椅子に座った

彼女を囲むように丸く円形に座っていた。

僕の視線に彼女の背中が映る。


「それじゃ、君、少し制服のボタンを外してくれるかい?」


なっ…何を言ってるんだ、このエロ教師!


彼女は頷くと,梶尾に従うままに制服の上着を椅子の背に掛け、カッターシャツの

ボタンを外し始めた。


彼女も彼女だ。教師の言いなりになって、自分の意思はないのか!

頼まれても嫌なら断ればいいのに……。


「先生,体のラインが上手く描けません」


チャラケた男子がニヤケた顔をさらけ出し言葉を発した。思春期の男子は女の体に

興味がある。ーーーが、今、ここで言うか?


「そうだな。すまんが、制服を全部脱いでくれるか?」

梶尾も教師という立場を忘れ、男子生徒の言った言葉に上乗せするように

彼女に強要する。


「なっ…」


デッサンって…まさか、彼女の裸体? これじゃ、まるでセクハラ…? いや…

こんな事、美術教師が強要してもいいのか!?


「はい…わかりました」

そう言って、彼女は更にカッターシャツのボタンを外していく。


「おおお……」

興奮気味の男子達の視線は更に彼女に注目する。


なっ… 彼女は何を考えてるんだ……恥ずかしくないのか…!!


そして、僕は彼女の背中越しにチラッと見える肩のラインから伸びた

ブラジャーの紐にドキッとして思わず「ゴクリ…」と唾を飲み込んだ。

僕の本能は刺激があまりに強すぎて身体中が熱く火照ってきた。


彼女はそんな僕の身体の変化にもお構いなしに、それとも淫らに揺れる心情を

楽しんでいるのか、僕の身体と心を搔き乱すようにその身に着けている衣を

脱ぎ進めていく。


彼女には感情がないのか。自分の意志はないのか。


彼女は一つに束ねていた髪ゴムを解いた。彼女の流れるような黒髪が僕の視界に

入り込んできた。光沢のある黒髪は毛先がサラッとして艶々しく、少しエロチックに

できたきめ細かい白い肌をしている細い肩から背中にかけて伸びていた……。


その後ろ姿…僕の記憶にある。まさか……


―――と、その瞬間、角度を変えた彼女の横顔がチラッと僕の視線に入った。


(――--ー空良……)


ガタンーーー……


「もう我慢できない!! 一回お願いします!!」


もうすでに興奮している男子達は自分の席を立ち、空良に勢いよく押し迫り寄る。

複数の手が欲情的に指を動かしながら空良の身体に伸びていく。


「やめろ―――ーーー、空良に触るな!!」


僕は思いっきり叫ぶが、そんな声もそいつ等には一切届かず、僕の目に映るのは

快楽だけを求めた男達の欲望が剥き出しになったありのままの姿だけだった。



「空良――—ーーー」


ハッ!!


僕は机に頬を押し当て、うっ伏したまま突然 目がパチッと開いた。

目に映る景色は美術の授業じゃなくて、国語の授業だった―――ーーー。


―――その時、僕は我に返った。


なんだ…夢か…ホッ……。ひとまず僕の心は落ち着く。

心拍数も正常の速さで動いていた。


めっちゃリアルな夢だったな……。内心、夢でよかった……と思うのも束の間、

ふと、なんとなく僕は窓越しに見える景色をぼんやりと眺めていた。

すると、僕の視界に複数の人影が入り込んできた。


「―――ーーーん?」


授業中なのに彼らはどこに向かっているのだろう。複数人の男子とその中に一人だけ女の子が混じっていた。彼らは体操服を着ていた。どうやら一年生らしい。

一年は体育の授業だったのか……。


―――なんて、余裕をかましている場合ではない。


男子等に囲われている女の子に目を向けた僕はその容姿に視線が追う。


空良―――!?


あいつ等…空良をどこに連れて行く気だ……。しかも、体育の授業を抜け出して…


僕の脳裏はついさっき見た夢を思い出す。僕は勝手に夢の続きを想像していた。


―――そんな事、絶対ダメだ!! 阻止しなければ!!


空良は僕が守る―――――ーーーー。


ガタンッ……


僕は席を立ち教室を出て行く。物音は確かにしていた。だけど、

先生も生徒等も誰一人として振り向きはしないし、僕に視線を向けない。

僕が出て行ったことにさえ気付きもしない。こんな時、自分の存在感の無さが

まるでこの世に存在していないような透明人間にでもなった気にさえ思える。

こんな僕が授業中に抜け出した所で誰も困るようなことはない。


だから、空良を守れるのは僕しかいないと思ったーーー。



確か、彼らは体育館の方へと消えて行った。


一年生は運動場で声がしていたから、体育館は使用していないのだろう。


理屈じゃない、言葉では説明できない第六感が脳裏に働き、僕は直感に従うまま

体育館へと足を進めて行った。


空良が危ない――ーー!!


僕の頭の中にあるのはその事だけだった。


空良を魔の手から救い出せ!! それができるのは僕だけだ。


なぜなら本当の空良を知っているのは僕しかいない。

空良の味方になれる人間は僕しかいない。


他の人間は上っ面だけの仮面を被った悪魔だ。

悪戯いたずらに空良に触れてみろ、ただじゃおかねぇ……。



そして、僕は体育館の扉を開ける―――ーーー。


静まり返った体育館には誰もいない。


ガタン……。僕の聴覚は過剰に敏感する。体育館の左奥にある体育倉庫から

物音がした。僕はゆっくりと近づいていく。


体育倉庫の扉が少し開いた隙間から下心を剝き出しにさせた息遣いが荒い男達の

声色が漏れていた。


「空良ちゃんて、キレイな足してるよね」

「胸もふっくらとしてて、それって本当に作りものなの?」

「めっちゃ、肌も白いしさ…。ねぇ、キスとかしたことあるの?」

「ばかっ、あるわけないじゃん。新品のAIだぞ」

「だよな(笑)。あ、じゃ…エッチしても妊娠する恐れもないんだ…」

「僕達が試してあげようか。めっちゃ気持ちいいことしてあげる」


「や…やめて…。こんなとこに連れて来て…それが目的なの?」


「そうそう。タダ友。俺達、空良ちゃんと友達になりたいんだ。

友達イコールセフレだよ」

「ホント、アンタ達、最悪」

「AIなのにそんな言葉知ってんだ 」

「だいたいの単語はインプットしてんじゃねぇ?」

「なるほど…。でも、そーゆー気の強い空良ちゃんも男の本能を増々 震え

立たせるんだぜ」

「思春期の男はね、それしか考えないんだよな」

「他の人間の女子をレイプするわけいかないっしょ。僕達 犯罪者になりたく

ないもん」

「空良ちゃんは所詮AIなんだし、おとなしく俺達に従えばいいの」

「一緒に楽しもうよ。気持ちいいぜ」


バン!!


扉の向こうでイヤらしく空良に迫る魔の手から空良を助け出すために

僕は勢いよく扉を開ける。


空良は複数の男子にマットに押し倒され、手足を掴まれていた。

体操服が淫らに脱がされ、ズボンが半分ズレ落ち、色白い太ももから

純白の下着がチラリと見えていた。


空良の視線に僕は吸い込まれていた。


「やっ…」(大地……)


男達は僕に気付かず行為をエスカレートしていく。


男の手が空良の体操服の中へと伸びていく。


そういう危機的状況の中でも空良は―—―—。


「大地、来ちゃダメ―」

空良が思いっきり叫んだ。


「えっ」


空良の声に思わず隙を見せた男達が振り返った瞬間、僕の拳は勢いよく

男達の顔に直撃していた。その後の行動はよく覚えていないが、

無我夢中で男達に殴りかかり、僕は空良の手を取り、空良を救い出す。




僕は空良の手を握りしめ、懸命に走っていた。


学校を抜け出した僕達は行く当てもなく走り続けていた。


青空を照らす太陽の日差しが眩しいくらい、僕達を優しく包み込んでいるみたいだった。



僕は空良の手から人肌の体温を感じていたーーー。


次第に僕の心拍数は高鳴り鼓動が早くドキドキしていた。

好きという感情が心の底から溢れ出してくる……。」




そして、僕は空良がAIだということを忘れていた――――ーーー。















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