第39話 (回想)大地が木田山高校を受験した理由

 遡ること高校受験10日前――—。


いつもの河川敷で空良と大地が肩を寄せ合い座っている。


晴れた空に浮かぶ白雲がゆっくりと青空に流されていた。


「どう、受験勉強は? はかどってる?」

大地が様子を伺うように空良に聞く。

「ん――、まあ…ぼちぼちかな…」

俯き加減で言った後、空良は

「楽勝じゃん(笑)」と、満面の笑顔を大地に見せて言った。

空良の表情は何だか重苦しく、大地から見ると、いまいちパッとしない

青白い顔で笑っていた。

大地は空良にかける言葉も見つからず、咄嗟に口から出てきた言葉は―――、

「無理して笑わなくていいよ」

(平凡でありふれた言葉だ。僕はそんな言葉しか思いつかなかった。

勉強ができても、空良に気の利いた言葉も優しい言葉も言ってあげれない。

それでも僕はその言葉を頭で考えて、選んだ言葉だったんだ)

「へ!?」

空良は啞然に取られた顔で大地に視線を向けていた。

(そりゃ、そうなるでしょ。空良にしてみれば『もっと気の利いた言葉を

言えないのー』って思っているかもしれない。ーーが、女子の機嫌をとれるほど

僕はまだ慣れていない。初めて意識した女子が空良で…しかも僕の隣にいる。

心臓なんてバクバク鳴っているし、、、こんな状態で空良に気の利いた言葉なんて

かけれるはずもなく……僕は不器用な男の先端を走っているようだ)


「僕の前では無理しなくていいから……」

大地はボソッと一人 呟く。その声は空良が聞き分けできないくらいの

鈍くて 自信がない弱気な声色である。


(なのに、僕はまた似たような言葉のフレーズを繰り返す。最悪だ。

2回も同じような言葉を言って、空良が僕にクラッと傾くはずがないだろ。

もっと、他に言うことはないのか…。別々の高校に行ったら、もう二度と

こんな風にゆったりした気分で話なんてできないのに……)


(だけどね、僕は空良のことを誤解していた)


その言葉を聞いた瞬間、空良は緩んだ涙腺から涙が零れないように立てた膝を

両手で強く包み込むように抱え、顔を伏せ埋める。


「夜も眠れないの。もうすぐ受験だと思うとダメなの」

空良は今にも消えそうな小さな声で囁く。その声も体も少し震えている。


(そんな空良の顔を見たのは初めてだった……。僕は今すぐにでも空良を

抱きしめたくて、その体に触れたくなって気づいたら手を伸ばしていた。

だけど、空良の肩に触れる寸前でその行為は止まった。僕は意気地がない男だ)


(空良を抱きしめた所で僕は空良に何て言葉をかけたらいいのかわからず……ただ…

弱っている空良の姿を見ているだけだった)


「大地がくれた参考書も全然 頭に入んなくてさ……。もともと、私、頭よくない

からさ。大地だって知ってるでしょ。木田山校って最低レベルEランク。

平均点30点もあれば行ける高校なのに笑っちゃうほど私はバカだ…(笑)」


(少しでも多く、空良の言葉を聞いてあげることしかできなかった。

それで空良が抱えているストレスをちょっとでも和らげればいい……と、

思っていた)


「空良…」


「……ああ、ダメだ…。プレッシャーで押しつぶされそうになる…」


(僕も今の空良と同じようなことを思っていた時期があったことを思い出した。

ダメな時は本当に何をしてもダメで、自暴自棄に陥る。きっと、空良も同じだ)


「空良、大丈夫だよ。僕がいるから……」


「え?」


(気づいたら僕は空良をこの手に抱きしめていた。空良の身体の丸みを

僕はこの腕の中に感じていた。この時、僕はずっと空良の傍にいたいって

思っていた……誰よりも空良の近くにいて空良を守りたいって思ったんだ)


「僕がずっと空良の傍にいるよ。空良には僕がいる……」


「大地……」



(例え それが僕の一生を左右する岐路に立っていたとしても、

                     僕は空良を選んだ――――ーーー)


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