第40話 (回想)木田山高校受験当日

 その日、僕は窓越しに眺めた空に飲みこまれそうになっていた。

広範囲に渡りどこまでも広がっていく青々と澄んだ空が僕の視界を埋め尽くし、

冬の寒さなど忘れるくらいポカポカした暖かな日差しが僕の頬を直射した。

僕は受験会場となる木田山高校1年生の教室の一番後ろの窓際の席に座っている。

空良は僕の視線に入るちょうど対角線上の前から2列目に座っていた。

僕は誰にも気づかれなように ひっそりと存在感を消していた。


あの日、僕に見せた空良の弱々しい姿が忘れられなかった。


僕は心の中で『空良、頑張れ』と、エールを送り続けた。

きっと、空良ならできるって僕は信じている。……信じているからね。


試験科目は国語、算数、理科、社会、英語の全5教科。1教科45分程度で、昼休憩を挟んだ約2時頃までかかる予定である。

静かな校内には廊下を歩く足音も他のクラスから聞こえるはずの騒ついた声さえも

聞こえてこなかった。


そうか、今日は土曜日だからここの学校の生徒達は休みなんだ。


教室には違った制服を着た30人ほどの男女が席に着いていた。


最低ランクレベルEの高校でもとりあえず 皆、内申書は気になるのか

真面目に制服を着こなしている。

空良でさえ、スカート丈を標準に戻している。



最初の試験科目は国語だった。答案用紙が配られ試験スタートとなる。

僕は試験開始から20分程度で全ての問題を正確に埋めていく。

チラホラと僕の視線に映る空良は苦戦しているみたいだ。5回ほど頭を掻いた後、

首を傾けていた。試験が終わる頃には髪の毛はボサボサで空良の天燃パーマは更に

爆発していた。僕は思わず『ぷすっ』と唇にできた隙間から空気が漏れ吹き出す。

全然、緊張感のない空良の素振りを見て僕は安心する。




そして、5教科全ての試験が終了した頃には僕達はクタクタに疲れ果てていた。




「以上で全ての試験は終了です。皆さん、よく頑張りましたね」

そう言って、スーツを着た担当先生は教室を出て行った。


『終わった……』

緊張が解きほどかれた僕は両手を上に伸ばし背筋を伸ばす。

『ん…?』

ふと気づくと空良の姿はなかった。僕は空良を追うように教室を出て行く。


『空良……』

僕が教室を出ると、空良が階段を下りて行く姿が見えて、僕は空良を追うように

小走りになる。一定の距離を保ちながら僕は空良の後から校舎を出る。


僕と空良は数メートルの距離を維持しながら、僕は空良に近づき過ぎないように

足を進めて行った。

僕の目に小さく映る空良の背中は何だか寂しそうで、声をかけるタイミングを

逃した。


僕は小さな背中を見つめながら『どうか、空良が合格しますように…』と、

心の中で呪文のように唱えていた。





その夜、無事に試験が終了した空良は久しぶりに爆睡していた……。

数日前まで夜も眠れなかったのが、嘘のようにぐっすりと眠っている。


『明日は大地の試験日だ…どうか、大地の試験がうまくいきますように……』


空良の口元から小さく寝言が零れていた。


その寝顔は何かが吹っ切れたような、とても満足した顔で微笑んでいた。

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