第37話 (回想)空良、再び眠る

 研究所に戻った空良の目に幸之助の寝顔が映る。何日も徹夜付けで睡眠するのも

忘れ、ろくに寝ていなかった幸之助が たかが数時間で起きるわけがない。

幸之助は爆睡していた。


『ったく、1日48時間あってもたりねー』

それが幸之助の口癖でもあった。特に依頼されたAIの納品日が段々 近づくにつれ

脳内パニックが起こり、空回りになった幸之助の思考回路がピタリ止まると、

自覚する間もなく、すぐに寝落ちする傾向が日常茶飯事にある。


幸之助は一度 集中思考が切れ寝落ちすると2日は起きない。


「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」

玄関からインターホンが鳴り響く。

「猿渡さん、いらっしゃいますかー。あれ? 留守かな…」


依頼主が商品を取りに来ても、激しくインターホンが鳴り止まなくても、一度、

寝てしまった幸之助のスイッチが再び入るのは早くて2日、遅くても3日はかかる。長年、取引がある依頼主ならそれくらいのことは察しがつきそうなものだが、

研究室にもりがちな幸之助は滅多に外出することもなく、親しい人付き合いもない。セールスでたまたま通りかかった人や郵便配達員に幸之助の癖や性分など わかるわけもない。親しい企業で交流深い取引をしている依頼主でさえ、『付き合いにくい』とブラックリストに載っているくらいだ。気づいていないのは幸之助自身

だけだったりする。幸之助は常に自己中心的な所があり、自由人すぎる所も暫しあるといえる。


「留守か…。また来ます」


暫く鳴り止まなかったインターホンの音は切れ、小さくなる足音はやがて消え、

静まり返っていた。



充電メーターが10%から1ケタになった空良は静かに自分の研究台ベットまで

戻っていった。空良が研究台ベットへ横になって数分で充電メーターは0%となり、

瞼を閉じたまま空良の身体は機能停止となった。


空良の身に起きた行動を幸之助はまだ知る予知もなかったのだった。


普通の人間ならば必ず夜は眠り、朝になれば目覚めるだろう。空腹になれば

ご飯を食べる。誰が教えてくれるわけでもなく、人間ならば それは自分で気づき、

食事をとる。人間にとって食事こそが体の栄養素となるからである。

だが、AIはそんな面倒な事は全て取り除いてもいいだろう。

今はまだエネルギー源となるのは充電のみだが、いずれ太陽光発電を取り入れた

最も人間に近い完璧なAIヒューマロイドを作るのが幸之助の夢でもあった。




2日ぶりに、幸之助が目覚めると、テーブルには食事が用意されていた。

肉と魚、野菜の栄養バランスを考えた食事である。おまけにスープや

デザートまで添えてあった。

2日前、寝台ベットに寝かせていた華子の姿はなかった。おそらく充電が完了した

華子はそろそろ幸之助が起きる時間だと予測し食事の支度をしていたのだろう。

華子の人工知能には幸之助に関する情報が細かくインプットされている。

それこそ、幸之助の誕生日や血液型、星座、仕事、趣味はもちろんのこと。

癖や性格など、起きる時間や寝る時間、食事の好み。その他、好きな物/嫌いな物・苦手な物なども詳細に分類しインプットさせている為、殆どタイミングよく食事が

用意されて出て来る。これも幸之助が仕事に集中する際、時間の無駄ロス

なくすために考えたことだった。

たまに多少の時間のズレはあるが、幸之助は華子に怒ったりはしない。

寧ろ、その逆である。例え華子が間違った時間に食事を運んできても、幸之助は

『ありがとう、食べるよ』と優しく言って必ず完食している。

幸之助の隣で華子はにっこりと微笑んでいた。そんな華子の可愛らしい笑顔に

幸之助は癒されていた。


そんな何気ない日常の出来事が脳裏に思い浮かんできた幸之助の表情は優しく、

幸之助は華子が一生懸命作った食事を頬張りながら食べていたのだった。


不意に幸之助が柱時計に視線を向けると、時計の針は9時30分を差していた。


「この時間は多分、シャワーでも浴びている頃だろ…」

幸之助がほっそりと呟く。


華子の最近のマイブームは朝9時30分と夕方4時30分の一日2回お風呂に入ること

だった。前に幸之助がお風呂に入っていた時、華子が珍しく風呂場に来た時が

あった。華子は幸之助の背中を洗いたかったのだ。人間にとってはそれは何気ない

日常の一つに過ぎないが、A Iは全身が機械で動いている為、水に濡れることが一番の弱点でもあった。幸之助は「水に触れてみたい」という華子の願いを叶えるために

防水加工を取り入れた身体作りと防水機能を内蔵することにした。その結果、華子の身体は以前に比べ水に対してそれほどまで抵抗はなく、更に肌が防水強化され、AIでも普通に水に触れることができていたのだ。

これは料理を作る時にも役立っているみたいで華子も満足していた。


食事が終わると、幸之助はそっと部屋の外へお膳を出す。お膳を下げる時間になると必ず華子が幸之助の部屋に立ち寄るからだ。そうすれば、華子も迷わずにお膳を下げることができるし、幸之助も仕事に集中することができ時間のロスがなくなる。


「ん?」

空良が眠る研究台ベットまで幸之助が行くと、充電タンクはまだ半分以下しか

溜まっていなかった。


(充電ができてない? なぜだ?)


不意に幸之助の視線が充電コードに向くと、コンセントが抜けかけていた。

横になった空良が慌てて充電コードを自分の身体に取り付けたが上手く差し込んで

いなかったみたいだった。


(コンセントがちゃんと入っていなかったからか…ホッ)

だが、そんな空良の行動を知る由もなく、幸之助がコンセントを強く差し込むと、

充電メーターは上昇していった。


(これで良し。最後の仕上げに取り掛かるか……)


こうして、幸之助は再び作業へと取り掛かるのだった。

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