第36話 (回想)いざ楽々モバイルショップへ

 明和総合病院を出た空良は人工知能がデータ分析し導き出した情報結果のもと、

現在地から歩いて約10分程度の場所にあるモバイルショップへ向かっていた。

感情がない空良には『大地がかわいそう』だとか『壊れたスマホの痛み』なんて

わかるわけもなく、ただ人工知能が思うがままに空良を誘導しているだけだった。


交差点の向こう岸に見える【楽々モバイルショップ】の看板を検知した人工知能が

空良の身体中に取り付けられたあらゆる機能へ伝達し、空良の手足を動かす。


いざ、楽々モバイルショップの扉が開く―――――。


足を踏み入れた空良の目にキラキラした店で働くスタッフ達の姿が目に止まる。

数人の客を相手に笑顔で対応しているスタッフ達は生き生きと働いていた。

『お飲み物はご自由にどうぞどうぞ』と壁際に貼られたビラの前にはセルフで

入れられるようになっているドリンク用機械が設置されている。種類はコーヒーに

お茶、アップルやオレンジ、ファンタなどのジュースもあり、ホットやアイスを

選べる選択機能も付いている。店内に備え付けられたテーブルやチェアーも可愛い

らしく、そこはまるでオシャレなカフェにいるような不思議な空間だった。

「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」

ニッコリと笑顔で空良に声をかけてきたのは水沢汐里みずさわしおりという

女性スタッフである。制服の胸元に【水沢】と名札が示してる。

空良は手に持っていた壊れたスマホを汐里の前に差し出す。

「故障ですか?」

汐里が尋ねるが空良は黙ったままである。

『……』

空良はキョトンとしたまま、その場に立ち止まっているだけだった。

人工知能は初めて会った汐里のデータを分析をすることができずにいたのだ。

「あの…」

汐里が伺うように空良に視線を向ける。

「それ、直してください。ヨロシクお願いします」

そう言うと、空良は店を出て行こうと汐里に背を向ける。

「え…あの…待って…。このスマホ、ヒビが入ってるし…修復できないかも…」

「もし、修復不可能なら新しいスマホに交換してください」

汐里の言った言葉に対して、一方通行に空良の返事が返ってきた。

「え…それなら、あちらでお話を伺います。さあ、どうぞ」

「宜しくお願いします」

背を向けたまま、空良はそう言うと楽々モバイルショップを出て行く。

「あ、ちょっと…」

(人の話を聞けっつうの!)

汐里はブツブツと心の中から小言が外に漏れないよう必死に抑制しながら、

慌てて空良を追いかけ楽々モバイルショップの外に出る。


キョロキョロ辺りを見渡す汐里の目に空良の背中が映る。


「あのぉー、名前――― !! ハァ…ハァ…」


息を切らせて、汐里が思いっきり叫ぶ。


空良の聴覚に入り込んできた汐里の声に反応した空良は振り返り、汐里に

視線を向ける。人工知能は空良の日記のデータ分析から99.9パーセントの

確率で【猿渡空良】だと伝達する。


「空良…。猿渡空良だよ(笑)」


空良は微笑んで言うと、交差点を渡って行ってしまった。


「あっ……」


汐里が交差点の前まで来ると、ちょうど信号機のライトが青から赤に変わり、

停車していた車やバイクが走り出す。

汐里はその場で立ち止まり、只々、走行する車やバイクを眺めているだけだった。


何も知らずにスタスタと先行く空良の姿は周囲から見ても人間と何一つ変わりなく、汐里の目には自分勝手な自己中心的な女としか見えていなかったのだ。


「何が猿渡空良だよ…フッ…(笑)」


思わず、汐里の口元から笑みが零れる。


「はいはい、猿渡空良ね。覚えましたよ…なんか、変な女の子だな…(笑)」


(……っていうか、このスマホ……どうしたらいいの…!?)



そして、汐里は途方に暮れながら仕方なく楽々モバイルショップへ戻って

行くのだった。

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