第38話 新たなる信者


「アルフレドさん教えてください!」


 若い女性の声は少し興奮しているように聞こえる。現在神殿の中には三人の人物。ニコニコと両腕を机につきながらただただ待つアルフレド。はぐらかさすような態度をとるアルフレドが面白くない蛍。そしてファーの三人である。


「教えるも何も私は何も知りませんよ。ただ、今は待つ、それが大事です」


「待っていても事態は好転しませんよ。今までのアグレッシブなアルフレドさんはどこに行っちゃったんですか!」


「いまは待つんです。答えはあちらからやって来ます」


「あちらから? 何がやってくるんで――」


 扉がノックされる。アルフレドが待ってましたとばかりに扉を開けると、その先には蛍の見知った顔が立っていた。


「気配を消して来るから誰かと思いきや……お兄ちゃんとナグモさん。神殿を訪ねて来るなんてどういう風の吹き回し?」


「やはり蛍か……少し……アルフレドさんと話をさせてくれないか?」


「えっ? 何? 隠し事? 私に言えない事なんてあるの?」


 蛍が不機嫌そうにコテツに視線を投げかける。しかし、蛍の鋭い視線にもコテツは全く動じない。蛍がアルフレドに視線を転じ援護を頼もうとしたところで、後ろにいたナグモがコテツの肩に手を置く。


「いいじゃないか。どうせ蛍にもばれる話しだ。ここで聞いてもらっても差支えはないだろう」


「うぬ、しかし……そうだな。お邪魔させてもらっていいかなアルフレド殿」


「もちろんです。ささっ! どうぞ狭いところですが」


 アルフレドが奥から二脚の椅子を出すと腰を掛ける二人。蛍はアルフレドの横に椅子を並べ、ファーは万が一に備えアルフレドの背後へと立つ。アルフレドが二人に用を問いただそうとしたところで、コテツが口を開く。


「デモゴルゴ教の草案は見た。あの経典に間違いはないですか?」


「草案をご覧になって頂いたのですか? ありがとうございます。概ね、あの草案通りにデモゴルゴ教を進めていこうと考えています」


「ということは八百万の瑞穂の神も同時に祀るということになる。本当に宜しいのか?」


「デモゴルゴ様は寛容な方です。どこぞの一神教の神様のように頭が固い方ではありません。瑞穂の民が入信してくださるというなら、我々は共に歩めると信じております」


「そうですか……」


 コテツがナグモを見ると力強く頷く。


「アルフレド殿! 我々をデモゴルゴ教に加えさせて頂きたい!」


 ※※※


 ピートモス北部 ギルド会館近く


 ルドルフはその赤い鼻をさすりながらギルドギルド会館より届いた報告書に目を通していた。


【デモゴルゴ教布教状況及びアルフレドの監視報告】


 神殿到着以降は建物の修復をするばかりでこれといった活動はしていない様子。何度か外出をするのを確認しているが、南部を取り締まるナグモへ何らかしらの交渉をしに行った模様。


 しかし、その後に大きな布教活動に繋がった様子は確認できない。進行状況を鑑みるに布教活動に関しては上手くいっていないと判断できる。現在アルフレドは森の中に入っている。何を目的に森の中へ入ったかは不明である。同行役としてギルド員二名が同行している。


(南部での布教は上手く行くはずがないだろう。あそこの住人は排他的で人の話など聞かない辛気臭い連中だ。恐らくナグモとの交渉に失敗し、北部での布教活動にきりかえたのであろう。同行者がいるとなるとヴァシジに襲われるということは避けられるであろうが……)


「問題ないな。今回もセント様の一人勝ちだ」


(セント様に仕え十数年。昔は冒険者に憧れ王国に旅立ったりしたもんだ。王国の冒険者との力量差を見せつけられ、そうそうに冒険者に見切りをつけたのも今となっては笑い話だ。


 失意のどん底に落ち、心底傷ついたが、良かった点もあった。自分の本質に気付くことができた。目端がそこそこ利き、人に媚びることに抵抗がなかったのだ。自信満々に人に言える特技ではないが、自分のプライドを捨て、仕える人間に徹底的に媚びる行為は中々できたものではない)


「アルフレドも契約は上手く結んだようだが、やはり海千山千のセント様にはまだまだ敵わないだろう。飼いならされて南部で実る事のない布教活動を続けるかそれとも……」


 報告書を一度机に置くと、ドルフはいやらしい笑みを浮かべる。思索が進み、その考えが確信に達しようとしたところで考えをあえて止める。


(――ここから先は主人が考えることだ、必要以上に自分の考えを持つことは偽りとはいえ相手の意見を尊重できなくなる可能性がある。そういえばアルフレドの連れのマリアナといったか? 妙に気になる女だった。訳の分からん話しをしていたが、酒の席で見た不健康そうな顔と細身の身体。娼館でああいう身体の女を引き当てた時が一番興奮する。アルフレドが落ちぶれ、マリアナが生活に困窮すれば俺にも可能性が……)


 ルドルフが報告書の最後の一文に目を通そうとすると部屋のドアがノックされる。


(んっ? 予定よりだいぶ早いな。まぁいい。報告書にも特に注意しなくてはいけない記載はなかった。俺もこれからもセント様のために働くのだ、英気を養わなくては)


 ルドルフは、もみ手をしながらいやらしい笑みを浮かべる。ドアノブを手に扉を開けるとそこには豊満な肉体に身を包んだ巨大な壁が立ちはだかっている。


「――? お……んな? お、おい冗談はやめてくれ。俺は細身の女しか抱か――」


 最後まで言葉を話す前にルドルフの顔面が包み――圧迫される。突然の事態にここで初めて異常を感じたルドルフが激しく抵抗する。しかし、いくら抵抗しようともその豊満な肉体から一ミリたりとも体を動かかすことはできない。


「あ、ルドルフちゃんいた? モアぁぁ、さっきも言ったけど殺しちゃだめだからね!」


 場違いな陽気な声。しかし、ありえない来客にルドルフが声を上げることは無い。


「あ、もう捕まえてくれたの? 仕事が早くて助かるよモア。さっ寝室に運んで! さっさと終わらせないと」


 モアがルドルフを担ぎ、寝室へと運ぶ。巨体が通ると微風を起こし机よりギルドの報告書を落とす。


 便箋の最後の一文はこう締められていた。


 なお、この報告書を持ってギルド員コテツ・ド・バリアーニョ、ホタル・ド・バリアーニョは離脱。次回よりナグモ・テレンスが担当することになる。

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