第39話 再び神獣に

「――やはり、アルフレド殿もそのようにお考えか」


「はい。私としては信仰する信者をないがしろにしてしまうのは、救いがないと考えています」


「しかし、それでは規律が緩くなりがちです。運営していく上では割り切ることも大切です」


「でも、そのためにもヴァシジは欠かせないわ。お兄ちゃんとナグモさんの見立てが正しければ北部に布教する前にまずはヴァシジを――」


 ピートモス南部のデモゴルゴ教神殿では深夜というのに話し声が聞こえる。


 先日、新たな信者に二人が加わり、現在ファーを含めてピートモスには四人の信者がいる。議題はピートモス南部の人心の掌握である。


 ナグモによると自身はただのまとめ役にすぎず、自分について来るものはほとんどいないだろうという話であった。


 アルフレドは今いる四人を基礎として南部の人数を増やしてゆく案を提案した。人心が離れているとはいえ、南部のリーダーと元紫紺我衆のコテツがいれば少しずつ信者は増えてゆくと踏んでいたが、コテツと蛍からはそれでは時間がかかると新たな提案を受けていた。


「それで、ヴァシジをデモゴルゴ教の神獣として受け入れるのが良いと――」


「はい。根拠がないのにそのような事を言っているのではありません。先日四人で森に入った際に私は確信をしました。今でもヴァシジの胸には瑞穂の国に対する強い想いがあります」


「その根拠は何ですか?」


「ヴァシジが木に登ったのは覚えていますか?」


「はい。様子を窺っているように見ました」


「最初は私も偶然かと考えたのですが、ヴァシジが向いていた方角はかつて瑞穂の国があった場所です。もちろん、ヴァシジの視力が優れているとはいえ瑞穂の国が見えることはありません。私の想像にすぎませんがヴァシジが亡国の瑞穂を偲んでいる。あるいは、まだどこかで国が存在していると信じているというように感じました」


「――!」


「驚くのも無理はありません。魔物にそのような知性があるとは信じられません。しかし、ヴァシジはやはり神獣です。通常の魔物と同じと考えてはいけなかったのです」


「ヴァシジのあの姿、確かに普通ではないものを感じ取りました。しかし、それだけでは偶然の範疇をでているとはいえないのではないですか?」


「そうですね。気になる事はまだあります。一つは屋根飾りを奉じているように感じたこと。もう一つは雨の日にヴァシジが森で殺生を行わないことです。雨の森では視界が悪くなるためにヴァシジは狩りを控え、休んでいるのかと考えていました。しかし、瑞穂の国を憂いている姿や屋根飾りを奉じている姿を見てもう一つの可能性が出てきました」


「あっ!? ひょっとして【雨季の恩寵】をヴァシジは体現しているというのですか!」


 今まで聞くことに徹してきた蛍が唐突に声を上げる。蛍はワナワナと手を震わせ信じられないことが起こったと目を見開いている


「雨季の……恩寵? 聞きなれない言葉ですが瑞穂の国の言葉ですか?」


「はい。瑞穂の国では雨季を重んじます。先の戦いでも雨季の間は戦も停戦となりました。国民は雨季の恩寵で八百万の神がつかの間の平和をもたらしてくれたと口々に話ておりました。かつての瑞穂の国民が忘れつつある習わしを魔物であるヴァシジが実践しているなんて……」


 コテツが顔を下げ声を荒げる。


「先日のヴァシジを見て以降、申し訳ない気持ちと自身の不甲斐なさに打ちのめされております。ナグモも共感してくれました。今は私と同じ志を持っています」


「志ですか?」


「はい。私達はヴァシジをデモゴルゴ教の神獣として祀り、再び皆の信仰を取り戻します」


 力強く言い切ったコテツにナグモも同じく頷く。蛍は話の展開に感情の処理ができなかったのか少し遅れて同意をする。三人はその想いを込めて確認するようにアルフレドに視線を送る。


「嬉しいです! これでまた皆さんの信仰が復活し、皆の支えになる。ヴァシジの件承りました。やりましょう! 再びヴァシジを神獣にしようではありませんか!」

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