第37話 収穫

 数日が過ぎた。アルフレドの表情に疲れの色が色濃く出ているのに比べ、荒事を生業とする蛍とコテツの表情はいつもと何ら変わりない。


 普段何を考えているかも分からないファーも変わり……ないように見える。もしかすれしてら仮面の下の表情は疲れているのかもしれない。


 ヴァシジといえば水辺を中心に活動し、腹が減れば獲物を求め森を散策、森に気配を感じれば侵入者を狩りに向かうというローテーションである。事情を知らない山賊数名が森に迷い込んできたときなどは目も当てられない惨状が繰り広げられていた。


 今日は朝から曇り空が続く。先ほどから冷たい風が吹き、天気が荒れそうだ。疲労を心配した蛍が声を潜めてアルフレドの耳元で囁く。


「間もなく雨が降ります。ヴァシジも十分観察できましたし、一度町に戻りませんか?」


「何を言ってるんですか!? 雨の日のヴァシジが気にならないのですか?」


「そうですよね。ではこれをーー」


 笑みを浮かべる蛍が道具袋の中から取り出したのは、藁と麻を編み込んで作られた蓑である。撥水性があり中に水を通しにくい。また、保温性にも優れている。上半身に蓑を掛けられると肌寒さが和らぐ。


「私達に必要ありませんが、アルフレドさんは一般人ですので体を冷やさないようにしてください。衰弱は場合によっては命に関わることもあります。動きやすさを重視しているため上半身だけの蓑ですが、瑞穂の国伝統の編み込みです。そこらで使われる蓑とは比べ物にはなりませんよ」


 確かに蓑と言えばもっとかさばるイメージがある。しかし、この蓑は各段に動きやすい。蛍に礼を言うと肌に大粒の雨が当たる。


「あっ! どうやらヴァシジが移動しようとしているようです。蛍さん指示をお願いします」


「はい。雨でヴァシジの感覚も鈍くなっていますが、雨により活発化する魔物や動物もいます。できる限り警戒しますが、非常時には逃げるのを第一に考えます。宜しいですか?」


「はい。私も命は惜しいので素直に従わせて頂きます」


 蛍にファーが続き、中ほどにアルフレド、最後尾はコテツという縦列でヴァシジの後を付ける。晴れの日は臭いや音に気を付けて後を付けていたが、雨の日はイレギュラーなケースが怖い。危険度は増すがヴァシジとの距離を詰めて尾行をする。


(刺々しい毛並みが間近に見える。ヴァシジがこちらに気付けば五秒でタックルが飛んでくる距離だ)


 獲物を待つ滝壺を離れ、川を下り、ヴァシジは更に奥へと進む。途中トレントやゴブリンらしき魔物も見受けられたが、ヴァシジの姿を前に蜘蛛の子を散らすにその場を去ってゆく。やがてヴァシジは背の高い巨木にスルスルと登ってゆくと、とある方向を見てしばらく静かになる。


(何をやっている? 索敵? 獲物を探しているのか?)


 ヴァシジが何をやろうとしているのか判断がつかない。アルフレドは、蛍とコテツを横目で見る。蛍はこの先に何も起こらないか注意深くヴァシジに視線を送っている。雨が降っても蛍の注意力は落ちていないようである。


 コテツは――


(あの表情は?)


 コテツもヴァシジを見ている、それは間違いない。しかし、目を見開き、唇が震え、僅かに口が開いているようにも見える。驚いているのだろうか? 違和感が伴う表情である。呆けているようにも見えなくない。


 戦闘の心得のあるコテツが、このような表情をするのをアルフレドは初めて見た。ヴァシジは満足したのか、やがて木をスルスルと降りると、森の奥深くへとさらに進む。コテツも我に返ったようで列の最後尾に着くとヴァシジを再び追い始める。


 やがてたどり着いたのは天然の洞穴である。ヴァシジでも余裕を持って動き回れるほどの大きさであり、洞穴の奥はどこからか光が入っているようで、入り口から見ても中を見通せる。奥は一つの空間になっており、壁がいくつか段差になっており、棚のようにも見える。


 その棚の一つに崩れた装飾品を見つける。ヴァシジの上半身程度ある装飾品は陶器のようなもので造られており、強い衝撃を受けたのか大きくひび割れ、半分ほどしかその姿を確認することができない。


「コテツさんあれは?」


「……瑞穂城の頭頂部に飾り付けられていた屋根飾りです。国を追われた際に、住人の一人が途中まで荷車に載せ運んで来た物です。装飾品は瑞穂の水晶窟で掘り出された魔石でできており、辺り一帯の空気を澄ませる効果を持っています。追手に終われ、鹵獲されたと考えていましたが……。まさか、こんなところにあるとは」


 屋根飾りに見降ろされる形でヴァシジは体を丸め、休息をとっているように見える。時折、耳をピクピクとさせ辺りを警戒しているものの、水辺でパープルグリズリーとやり合っていたような凶暴さは影を潜めている。


 洞穴から差し込む僅かな光はなぜか穏やかで、ヴァシジは魔物ではなく、神々しい何かを醸し出していた。


「何か分かりましたか?」


 蛍が耳元で囁くように声をかけてくる。アルフレドは蛍に顔を向けると朗らかな笑顔を作る。その反応を見て蛍も笑みを浮かべる。


「何か分かったのですね!」


「フフフッ。何も分かりません」


「!?」


「でも、何か分かりそうな気がします。さて、そろそろ帰りましょうか。ヴァシジの観察に付き合ってもらい、ありがとうございました」


 アルフレドのあまりもあっさりとした物言いに思わず表情を曇らせる蛍。蛍はコテツに意見を求めるがコテツも町への帰還に異論はないようだ」


 目を瞑るヴァシジに背中を向ける一行。何かを分かったかのような雰囲気を醸し出すアルフレドの笑顔に眉根を寄せる蛍。何かを考え込むように険しい表情を浮かべるコテツ。そして相変わらず何を考えているか表情の分からないファー。


 数日に渡るヴァシジを追う旅はこうして幕を閉じた。

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