第20話 で、どうするの?
「「ごめんなさい」」
目が覚めたアルフレドの前で二人の子供が頭を下げる。兄はヒル・フェルドスタイン、黒髪短髪、痩せ細った腕に足、奴隷独特の体格と言える。しかし、顔立ちは端正で、磨けば光る逸材であることが素人のアルフレドから見ても分かる。特に切れ長の目は強い思いを秘めており。奴隷とは思えない強い意志を感じる。
兄のヒルの横で申し訳なさそうに頭を下げるのは、ジョナ・フェルドスタイン。薄い茶色の髪に透き通るような白い肌。兄同様体はやせ細っているが、目鼻立ちがはっきりとしている。兄のような強い意志は感じないが、仕草や表情の移り変わりに儚さや愁いを感じる。容貌も相まって庇護欲をかき立てられる娘である。
(奴隷? 地下で運よく煙から逃れたか? 兄妹揃って恐ろしいほど美形だな。イスガンがこの二人を他の奴隷と分けていたのは大方、奴隷商にでも売り払い資金源にするつもりだったんだろう)
「傷の事は気にしないでいいよ。マリアナに見てもらったけど打ち所が悪くて気絶しただけらしい」
「そうですか、良かった! 俺たち命の恩人を殺すところでした、本当にすみませんでした」
妹のジョナが兄のヒルの後ろから顔を出すと、本当に申し訳ないといった表情を浮かべ深々と頭をさげる。思わず大丈夫だよと頭を撫でたくなってしまう。
「それより、君たちはどこから来たんだい?」
「俺たちは近くの町のピートモスの住民です。妹が水汲みに沢に向かった時にイスガンの子分に妹にさらわれ、俺は必死に抵抗したけど気絶させられ一緒に連れてかれました」
よくある話だ。しかし、こんな近場で人攫いとは……。いつ足がついてもおかしくない行為をイスガンもよくしていたものだ。マリアナが言っていたように落ちぶれて自暴自棄になっていたというのは本当かもしれない。
「ピートモスなら近くだ。準備が整ったら私たちが町まで送っていくけどどうする?」
「えっ! 良いんですか? 助けてもらった上に町まで送ってもらえるなんて本当にありがとうございます」
「ああ、ちょうど良かったよ。私たちもピートモスにはいつか行こうと考えていたからね。用意が終わり次第ここを出よう。準備してくるから、少しだけ待っててくれるかい?」
ヒルとジョナが頭を大きく縦に振ると満面の笑みを浮かべる。アルフレドに見せた初めての笑顔だ。子供の無邪気な笑顔はいつ見ても心が洗われる。
ファーに二人の食事を頼み、部屋では兄妹が仲睦まじい姿を見せる。すると横からマリアナがアルフレドに小さく耳打ちしてくる。
「で、どうするの?」
「何を?」
「えっ? あの二人は殺さないの?」
「――!?」
マリアナが表情を変えずにさらりと恐ろしいことを言う。
アルフレドの時間が止まる。
一瞬の空白時間を置いて、マリアナを連れ地下の部屋を抜け出す。
「えっ? どうしたの?」
「どうしたの? じゃないだろ。殺すってどういうことだ? あの子たちは山賊でも犯罪者でもないんだぞ!」
「えっ。死体が必要じゃないの? 若くて新鮮な死体は重宝されると思うけど?」
アルフレドは肺の中の空気を全部吐き出してしまうのではないかというほどのクソデカため息をつくと、マリアナに顔を近づけ、再度忠告する。
「いいか。私は自分のしたいことをしたいようにする。だから自分の美学は違えたくはない。だから何も悪くないフェルドスタイン兄弟に私は何もしない!」
マリアナの目を射抜くように視線を送ったつもりだが、マリアナの反応はいまいちである。頷き、肯定はしたものの、目線は合っておらず、口など半開きである。
マッドサイエンティストとはいえ、整った顔立ちをしているのだ。もう少し表情を引き締めていた方が良い。アルフレドはあまりにも反応の薄いマリアナに対し、この後に続く言葉を口に出すか一瞬迷ったが、どうせ決断していることなのだから迷ってもしょうがないと言葉を続けることにした。
「デモゴルゴ教は魔族の教えだ。しかし、人間の私が言うのもなんだが、できが良い。魔族の為に作られた宗教で選民思想が強く、人族には到底受け入れがたい。なので、教えの一部を人族にも順応できるように変え、あの二人をきっかけにしてピートモスに一気に教えを広げる……つもりなんだけど」
「あっ! なるほどね! そうそう、そうだよね。でっ、でっ、その後は?」
情緒不安定なマッドサイエンティストの表情は夏の天気より移り変わりが早い。アルフレドはマリアナの変わりように驚きつつも、取りあえずはフェルドスタイン兄弟を生かしてピートモスに連れて行くことを了承してくれた。
マリアナにとって、人の命など大した重みなどないのだろう。しかし、今後の方針を話し始めた瞬間にあの変わりよう……ある意味分かりやすい。
「分かってくれれば良いんだ。で、これからなんだけど――」
自分のまとまっていない考えを整理も兼ねてマリアナに相談する。マリアナはやや食い気味で耳を傾け、アルフレドは圧倒されながらも今後の展望をぽつぽつと話し始めた。
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