第21話 ピートモス

 砦で夜を明かし、早朝にピートモスを目指すフェルドスタイン兄弟とファー、マリアナ、モア、アルフレド。 


 フヨッドからピートモスまでの道はピートモストレントやフォレストボアなどの比較的小型の魔物が現れるがファーの威圧感とモアの存在感に圧倒され庭園を散歩するような穏やかな旅路であった。


 六人は数日後には村のすぐ近くまで歩みを進める。


「あっ! 竈の煙が見えたよ!」


「アルフレドさん、こっち、こっち!」


 久しぶりに見た町に興奮する二人。この道中ですっかり心を許したジョナはアルフレドの腕を引きながらピートモスに入ろうとしている。アルフレドは二人を一度落ち着かせると、ファーに村の安全を確認するように伝える。


 万が一、町になにかあるかもしれない。ファーが姿を隠すように町の偵察に向かうと、しばらくして戻ってくる。


「ヒル、ジョナ。町は安全だ。でも、いきなり私たちが行ったら町の人たちも驚いてしまう。二人で私たちが怪しい者ではないと伝えてきてくれないかい?」


 マリアナとアルフレドはともかく、ファーとモアはかなり怪しい。自分が憲兵であれば真っ先に捕まえる風貌である。


「「うん!」」


 ヒルとジョナの姿が見えなくなり、しばらくして町の中が何やら騒がしくなる。最初は女性の悲鳴に近いような声が響き、続いて男の叫び声が聞こえる。町の小さな小屋のドアというドアが開かれ、人々が外へと集まる。


 外に出た住人は皆一様に笑顔を浮かべ、歓喜の声を上げ、だれからともなく拍手をする者たちが現れる。やがて住人の内の一人が入り口に佇むアルフレドを見つけると、二人の男女がこちらに視線を向ける。


 二人は背後にいるヒルとジョナに何やら確認をすると、アルフレドに急いで走り込んできた。


「あ、貴方が!」 「あぁぁ、ありがとうございます!」


 二人の男女に続きヒルとジョナがその背後に続く。この様子から察するにどうやらこの二人がヒルとジョナの両親であるようである。


「ジョナとヒルのお父さんとお母さんですか? 無事に会えたようで良かったです」


 アルフレドが口を開くと二人の父であるフーベルがアルフレドの手を両手で握り、深く、深く頭を下げる。その横では母のクラジナがヒルとジョナの肩を抱きながら、やはり深く頭を下げていた。ヒルとジョナも実感が沸いてきたのか、あるいは、父と母のそのような姿に感極まったのかは分からないが、涙と鼻水をぐしゃぐしゃにしながら母と父に抱きしめられている。


 この世界に来て以降、このような人情味のある光景に出会ってこなかった。久方ぶりに見る温かい親子関係に胸を打たれながらもアルフレドの脳裏にはもう一つの感情が沸き上がっていた。


(親子の再会には胸にくるものがある。しかし、デモゴルゴ教をどう布教するべきか自分の冷静な部分が考えている。 ひょっとしてデモゴルゴ教に染まり始めているのか? 自分が……変わってきている?)


 フェルドスタイン夫妻のできうる限りの礼をしたいという申し入れを受け、アルフレドはピートモスの町長の家に向かう。町民が予め町長に連絡をしているようで、町を代表して宴の準備をしているようだ。


 アルフレドはヒルとジョナに手を引かれ、マリアナはフェルドスタイン夫妻とぎこちなく会話をしている。マリアナが作り笑顔に限界を感じ始めた頃、やっと町長の住む家が見えてくる。


 町の建物が辛うじて家の体を成しているのに対し、町長の家は年輪を重ねた太い幹から成された丸太をふんだんに使ったログハウス風の家である。一見、温かみのある佇まいである。


 フェルドスタイン兄弟が先に町長の家に入ると、急いで町長らしき人物が家の中よりアルフレドとマリアナを出迎える。


 町長は顎髭をふんだんに蓄え、頭髪は豊かである。フェルドスタイン夫妻を始め、町の住人がやせ型であるのに対し、町長はベルトの上にずっしりと贅肉が乗っている。また、町長の身に着けている衣服や装飾、接し方から町長としての立場だけではなく、商売人の顔も持つことが窺える。


「これは、これはアルフレドさん。私の名前はセント・クロースと申します。この度は町民のジョナとヒルを助けて頂きありがとうございました。町を代表してお礼を申し上げます。父のフーベルより仔細聞いております。ささやかですがお礼の宴をご用意しております。どうぞ中へお入りください」


 扉を開け、中に通そうとするセント。案内に従ってマリアナが中に入ろうとするのをアルフレドはやんわりと止めると


「ありがとうございます。宴などは結構ですよ。デモゴルゴ様の使者として当然の事をしたまでです」


「デ、デモゴルゴ? …………そ、そうですか? それでは引き留めるのも悪いのでこれで……」


 人の好さそうな顔をするりと引っこめ、背後の扉を閉めようとするセント。フェルドスタインの意志とは異なり、訳の分からない話しを始めるアルフレドに不信感を抱いているようで、自分の懐を痛めてまで歓迎する意思はなくなったようだ。


 セントが仏頂面で歓迎をせぬまま、町の入り口までアルフレドを送り出そうとしたところで思い出したかのようにアルフレドが口を開く。


「あ、それともう一つ。長のドールからも言付かっております。今後とも【魔光の酒】をよろしくお願いしますと言付かっております」


「むむっ! 【魔光の酒】ですと! アルフレドは魔光の酒造りに携わっておいでなのか?」


「いえ、私が作っているわけではありませんが、ドールが代表してピートモスの方と取引をしていますのはご存じですよね? 私はドールとデモゴルゴ教を通じて懇意にさせて頂いてます。最近では閉鎖的な村から脱却し、魔光の酒を特産品として他の村にとも交流しようではないか等という話しもしているのですよ」


「むむむっ! ドール殿と! 私もフヨッドには直接出向いたわけではございませんが、部下の者よりドール様とフヨッドの件はよく伺っております。やはり御恩のある方をこのまま帰すわけには行きません! さっ、さっさ! こちらにどうぞ!」


 仏頂面の表情から狡猾な商売人の表情に変え、セントは家の中へアルフレド一行を招く。


 その様子を見てフェルドスタイン家族も安心した表情を浮かべる。もう一度アルフレドとマリアナに握手を求め、力強く手を握ると、もう一度礼を言い、深々と顔を下げる。


「本当にありがとうございました」


 フェルドスタイン一家はアルフレドが見えなくなるまで下げた頭を上げることはなかった。

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