第7話 連合艦隊、再編

西暦1945年11月29日 日本国広島県呉市沖合 柱島沖合


 戦前は連合艦隊の主力艦隊が錨を降ろし、そして戦争末期には空母機動部隊による大空襲で壊滅した停泊地、柱島。そこには今、数十隻の艦船が集っていた。


「すでに連合国との賠償問題を理由に、「伊勢」「日向」「天城」「龍鳳」の4隻と、建造中だった駆逐艦数隻はソ連に引き渡されるそうです」


 海軍呉鎮守府庁舎にて、鎮守府司令官の岡田為次おかだ ためつぐ少将は報告を受ける。戦時賠償に関して、ソ連は大量の石油及び鉱物資源を輸出する条件として、軍艦を複数隻譲り渡す事を要求しており、日本側はこれを甘んじて受け入れるしかなかった。横須賀や佐世保も同様に、損傷が軽微なものから大破着底していたものまでその多くをソ連やら中華民国に買われていた。


「「榛名」と「北上」は流石に解体処分とされるでしょう。復活させたとしても、アメリカ戦艦と対等に渡り合える大型艦を有するサクソニア海軍と対峙するには古すぎますから…」


「その代わりとして、アメリカとイギリスから大量の艦艇が引き渡される事になる。どのみち、我が国の造船所は悉くが大型艦の建造どころか、無駄に造りまくった特攻兵器の解体処分で大忙しだからな」


 岡田はため息をつきつつ、別の書類を見やる。それは今、柱島に引っ越してきたかつての敵国の艦艇に対するものであった。


 日本列島が狂暴なるサクソニア共和国に対する防波堤として重要視される様になった結果、ポツダム宣言で提案されていた日本の非武装化は即座に撤回。連合軍の一定期間での駐留を認めさせると同時に、海軍を中心とした軍備再建が開始された。


 先ず戦艦は、イギリスよりキング・ジョージ5世級戦艦「アンソン」「ハウ」の2隻が日本へ供与され、アメリカも後々に2隻程度を供与する方針としていた。サクソニア海軍は長砲身30.5センチ砲を有した大型巡洋艦を十数隻保有しており、空母艦載機が活動しにくい夜間戦闘にて未だに戦艦の価値があると証明されていたからだ。


 続いて空母であるが、こちらはエセックス級2隻を供与する事が決定している。相手が高性能なジェット戦闘機を多数有している以上、ジェット艦載機を運用可能な艦を供与した方が、後々の近代化にて大いに助かるからだ。ただし日本も、既存の雲龍型空母「葛城」と「笠置」を保有する事となっている。


 巡洋艦としては、アメリカよりボルチモア級重巡洋艦2隻とクリーブランド級軽巡洋艦4隻が供与される予定である。同時にシンガポールより「高雄」と「妙高」が曳航途中であり、これによって水上艦隊はある程度の体裁が整う事となるだろう。


「それにしても、無様な事だ。かつては12隻の戦艦を揃え、20隻以上の空母を有していた連合艦隊が、今や大多数を米英からのお下がりで揃える事になろうとは…しかも新たな敵は、欧州大戦時の弩級戦艦に迫る火力を持つ大型巡洋艦や、巡洋艦に迫る巨体と火力を持つ駆逐艦を多数有していると言うではないか。果たして斯様な兵力を相手に、我らは再び勝てるのか…?」


「ですが、これらの支援は重光元外相を中心とした面々が出来る限り迅速なものとなる様に求めた結果でもあります。2か月以上前に浦賀水道に来襲した黒龍艦隊は、マリアナ諸島沖にて空軍との連携で米艦隊を撃退したと、本土で英雄視扱いされておりますし、必要な兵力が直ぐに揃っただけでもありがたい方ですよ」


 部下の言葉に、岡田少将はただ深くため息をつくのみだった。


・・・


「これが、アメリカ製のカタパルトか…」


 呉海軍工廠の一角にて、工員達は甲板に据え付けられた機械を眺める。


 工廠の一角にて停泊しながら工事を受けているのは、雲龍型航空母艦の三番艦「葛城」である。戦時設計として量産が開始されていた雲龍型であるが、戦時中は磨り潰す様に航空兵力を投じていた影響で搭載できる艦載機と搭乗員そのものが存在しない状況となっていたがために、実戦に出る事は殆どなかった。


 だが、状況は大きく変わった。ある意味で日本よりも危険な国が現れた影響により、敗戦国とはいえ海軍大国であった日本を無力化している余裕が無かったからである。よってアメリカと日本は使えるものは全て有効的に使う必要があった。


 そのために「葛城」は、大規模な近代化改修を受ける事となった。主砲である八九式12.7センチ連装高角砲は、アメリカ海軍のマーク24・38口径5インチ単装両用砲に全て換装され、射撃管制装置もマーク37へ変更。命中精度が大幅に向上する事となった。


 さらに航空艤装もアメリカ製へ更新された。艦首にはH4B型油圧式カタパルトが1基装備され、重量のある機体を迅速に発艦させる事が可能となった。着艦装備もマーク5に換えられ、性能で言えばインディペンデンス級軽空母に迫るものとなっている。


「にしても、艦載機はどうするんだ?全てアメリカ製になるのか?」


「いや、攻撃機は〈流星〉、偵察機は〈彩雲〉となるそうだ。すでに駐留艦隊の空母を借りて猛訓練中だよ」


 事情に明るい工員曰く、戦前からの生き残りだけでなく、特攻隊に選ばれていた新兵もまとめて米海軍式訓練を受けており、甲板上は常に喧しい事になっているという。まぁ数か月前までは、爆弾抱えて体当たりで潰しに行く筈だった軍艦で、かつての敵国のやり方を仕込まれる事になろうなど、誰しも想像してなかったのだ。


「ともかく、今はコイツを『新たなる海の守護者』として使える状態にしていかんとならん…そういや、ニュース映画で「榛名」を『海上の戦犯』だとかほざいていたところがGHQに睨まれたそうだ」


「今更『戦争反対』なんて考え無しに言うからそうなる、ってやつか…迷惑な事だ」


 彼らはそんな事を話しながら、ただひたすらに自分達に与えられた仕事に取り組むのだった。

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