第8話 血のクリスマス

西暦1945(昭和20)年12月22日 フィリピン共和国ミンダナオ島西部 マラウィ


 その日、フィリピン全土は炎に飲まれた。


「全軍、攻勢を仕掛けよ。劣等人種は全て偉大なる創世神の贄とし、偉大なるサクソニアの千年王国ミレーニオを実現させるのだ」


 サクソニア地上軍西部方面軍司令のドマス・ディ・スキピア大将は、フィリピン東部に展開する3個軍団に対して、進撃命令を発する。そしてミンダナオ島の西部にある都市マラウィでは、アメリカ陸軍の第31歩兵師団がサクソニア陸軍の第7騎兵師団と交戦状態に陥っていた。


「突撃!蹂躙せよ、偉大なる救世主の名の下に、異教徒を殲滅するのだ!」


 師団長であるハンレー・ディ・トラヤヌス少将の命令一過、数十の鋼鉄の戦象が大地を揺らしながら前へ突き進む。地上軍の主力戦車である〈ウェリテウス〉中戦車は、強大な火力を発揮する89ミリライフル砲と、76ミリ砲弾の直撃に耐えうる厚さ90ミリの傾斜装甲、そして高出力のディーゼルエンジンによって生み出される最高速度時速54キロメートルの機動力と、走攻守全てにおいて高水準の性能を有している。


 対する米陸軍のM4A3E8〈シャーマン・イージーエイト〉中戦車は、52口径76ミリ砲を有した優良戦車であり、側面を突けば十分な致命傷を与える事が出来た。だが一つの戦場に展開される戦車の数は20両程度。対するサクソニア側は倍の40両もの〈ウェリテウス〉を展開し、厚さ200ミリの鉄板をも撃ち抜く89ミリ砲を以て、〈イージーエイト〉を真っ向から捻じ伏せていった。


 戦車はそれだけではない。偵察中隊所属のLC-41〈カトルス〉軽戦車も、最高時速60キロメートルの快速を以て戦車部隊後方に回り込み、装甲の薄い後方から砲撃。次々と走行不能に陥らせていく。


「くそ、応戦しろ!返り討ちに―」


 〈イージーエイト〉の1両が履帯を軋ませながら旋回を開始し、しかし直後に1発の89ミリ徹甲弾が直撃。厚さ40ミリの車体側面を貫通し、有り余る運動エネルギーで内部を破壊し尽くす。そうして弾薬が誘爆し、火だるまになる〈イージーエイト〉を見やり、〈ウェリテウス〉の1両は別の車両へ狙いを定める。


「まるで猪狩りの様だ」


 とは、『マラウィの戦い』に参加した戦車兵の一人が呟いた言葉である。そうして戦車を蹴散らした〈ウェリテウス〉は、砲弾を榴弾へと変更し、トラックや装甲車で西へ後退する米軍兵士へ発砲。トラックは兵士もろとも木端微塵に吹き飛び、機銃掃射は米軍将兵を文字通り八つ裂きにしていく。


 空には十数機の〈ヌービクス〉軽攻撃機が舞い、対地ロケットや30ミリ機関砲で地上の米軍部隊を掃射していく。現地住民で構成されたゲリラ達も、対戦車砲やバズーカで抗戦するが、後世の軍事研究家をして『当時の軍隊の数年先を行く技術水準で製造された』と称されたサクソニア軍戦車を撃退するには非力に過ぎた。


 さらに空の戦いでは、サクソニア側が終始優勢に働いていた。〈トニトゥルス〉戦闘機はマッハ1の音速を活かして敵機を叩き落とし、時には対地ロケット弾を主翼下に装備して対地攻撃に参加。〈ウルラ〉ジェット攻撃機とともに都市部への襲撃を敢行していった。


 そして激戦は、海中でも繰り広げられていた。米海軍はサクソニア軍のフィリピン侵攻を中断させるべく、数十隻の潜水艦を展開。海上補給路を狙って襲撃を開始していたのだが、そこには想定外の伏兵が潜んでいた。


「艦長、『野良犬』を捕捉しました。方位300、距離6000、推定震度50。航路に向けて速力5ノットで接近中」


 海洋軍14型海中巡洋艦「S-68」の発令所にて、水測員が艦長のピレタ少佐に報告を上げる。ナチス・ドイツ海軍の21型Uボートに酷似した外見を持つ14型海中巡洋艦は、主に沖合にて敵艦隊の襲撃や通商路破壊を担う大型潜水艦であり、シュノーケルを用いた長時間の水中航行能力を持つ。艦首には6門の53センチ魚雷発射管を有し、アナログ式コンピュータを中心に構成された射撃管制装置による、全没状態での雷撃を可能としていた。


「ソナー、探信波放て。より正確な方位と距離を把握した後、攻撃を開始する。魚雷一番二番、調整準備」


 ピレタの指示に従い、水測員は艦首下部に装備するアクティブソナーを起動。超音波を発生させる。そして数秒経って、目前のスコープに反射の反応が光点となって現れた。


「魚雷一番二番、発射」


 そうして魚雷を放って数分後、海中より爆発音と潰れる音が響く。ピレタは手応えを感じ、小さく頷いた。


 斯くして、22日から28日の7日間にかけてサクソニア軍が実施した大規模攻勢は、フィリピンより米軍の主力を排除するに足る結果を生み出した。

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