第42話 狂気と愛
戦争を終えて、俺はトッド王子から勲章と
男爵だけにバロンニートってか?ニートがつくと途端に格好悪くなるから笑える。
鬼灯男爵という響きは仰々しくて嫌いではなかったが、スペースニートはスペースニートで十分だった。
「命をかけてわかったよ、クロコさん。」
「何をですか?」
「ニートは最高に贅沢な人生のおくり方だと。」
突然、俺はクロコからヘッドロックされた。
「危ないことに手を突っ込んで海賊と散々戦っておいて、この期に及んで逃げるつもりですか。」
「だって、海賊同盟が敵としてデカ過ぎるんだもの。麻薬王とかにどうやって勝つんだよ。」
「海賊との戦いを諦め地味でも収入の入る仕事に真に目覚めるか、ポールさんと連絡をとって海賊と戦うかでもしてください。」
「変に働きたくないからポールに連絡を取るよ。」
「こ、の、ひ、と、は!」
「痛い痛い、頭が締まってる。締まってるってば。ギブギブギブ。」
「えっちぃ!」
「ピー助よ、これはエッチではないぞ、ガクッ。」
俺はクリーム砂糖ましましのデブドリンクを飲みながら、ポールに通信した。
「よう、スペースニート男爵。」
「男爵は余計だよ、パイレーツキラー。」
ポールは頭に後ろ手を組んだ。
「今海賊では快楽薬物を失って、内部抗争にまで発展してるんだが、クリストフの野郎はヤクの責任をナンバーツーにおしつけやがった。それで奴の派閥が弱体化すると思ったら、同盟内に所属してる弱小海賊を吸収して傘下にいれていって、勢力を縮めるどころか拡大させやがった。」
薬物という商品が無くなれば、供給を失った反社会的組織は得意の暴力を持ちだす。それで内部が流血とともに瓦解するとその道の情報では予想されていたが、一筋縄ではいかないらしい。
「真っ当な会社運営でも黒字をだしてるやり手だ。海賊も金稼ぎできるやつには弱いということなんだろう。クリストフをこれ以上追い詰めるには、奴の
「そうか。手出しできなさそうだな。」
「特務課は他に
「動きを待つしかできないのか?」
「いや、そうでもない。男爵様にこんな仕事はあれかもしれないが…。」
「勿体振るなよ。」
「実はクリストフは最近恋人と別れたらしくてな。その女なんだが、自分を遠い星に護送してくれとキャプテンズギルドで頼んでるそうなんだ。俺は特務課の仕事があるから無理なんだが、元恋人ならクリストフの有力な情報を知ってておかしくないだろ?」
「要するに、その恋人の依頼を受けて、会ってきて、そっちに情報をよこせと言いたいんだな?」
「まぁ、そうだな。あだ名の通り
「分かった。会ってみるが期待するなよ。」
「宜しく頼むぜ。」
女の名前はエリーゼ・マクギーといった。ポールから送られてきた画像では、暗い茶のセミロングの髪にダークブラウンの瞳をした地味な感じのする女性で、会社のCEOの恋人というよりオフィスで事務仕事してそうな見た目をしていた。
ポールの言う通り、キャプテンズギルドで惑星ガメンテへのエリーゼの護送依頼があったので引き受けた。
俺はエリーゼにアポイントをとり、ムーランドで会うことになった。
俺はクロコと二人で久しぶりにムーランドの潮風に当たりながら、ベイサイドレストランでエリーゼを待った。
「あの、スペースニートさん、ですか?」
通信の人工音声が脳内に響いた。
エリーゼは画像の通り地味な印象を受けた。黒のジャケットにスカートだ。シャツとパンツ姿のクロコ並に派手さがなかった。
「はい。そうです。はじめまして。こっちは相棒のクロコです。」
「はじめまして。」
俺とクロコはエリーゼと形ばかりの挨拶をして、レストランでコーヒーを頼んだ。
「それで、マクギーさん。ご依頼の件ですが。」
「はい。」
唇は動いたが、声がでていない。脳内に文字と人工音声が出る。
エリーゼは喋れないらしい。
「ガメンテまで私を連れて行って欲しいのです。」
エリーゼの様子に、通信を受けてないクロコが?マークを浮かべる。
「クロコ。俺の方に通信されてて聞こえるから。」
「すみません。私、喋れなくて。」
「そうなんですか。マクギーさん、実は。」
俺は、銀河警備隊の頼みもあって依頼を受けたと経緯を話した。表の名前ジャック・ダイアンと本名のクリストフ・ランドの名前が出た時、エリーゼは明らかに動揺していた。
「今回のご依頼も、もしかしてジャック・ダイアンことクリストフ・ランド氏が関わってないかと思いまして、詮索するようで申し訳ありませんが、詳しく教えていただけますか?」
「スペースニートさん。ニュースで見ましたが、貴方は海賊の敵ですよね。」
「はい。敵対関係と呼んで差し支えないです。」
「良かった。」
エリーゼがホッとした顔をする。
「…私は小さい頃に口がきけなくなりました。脳の異常というより、心因性の失語症と診断され、訓練も受けたのですが治らなくて、今はこうして通信で人工音声で話しています。」
エリーゼは指を組んだ。
「私は障害者支援の団体に入り、電脳や義体になれない方々の支援にあたっていました。」
障害者は電脳化や義体になればいいという乱暴な風潮がある。目が見えてなかろうと耳が聞こえなかろうとサイバーボディになればハンデを克服できる、と。その星の医療体制や金銭的な難しさなどは脇に置かれた議論に、窮屈さや差別感を覚える身体障害者は多い。
「それで、ジャック・ダイアンとは?」
「ジャックとはチャリティーイベントで出会いました。改造できない障害者に理解があって、多額の寄付金を支払ってくれてました。そこから段々と親しくなって、私達は付き合うようになりました。」
「そうですか。」
「付き合って分かったのですが、彼は生まれつき難聴があったのを電脳で克服した人でした。自分も障害を抱えていたからと、団体施設にいる障害者の皆に優しくて、私にも優しかった。」
エリーゼは少し目を伏せた。
「彼のもう一つの顔が分かったのは、最近のことです。宇宙船の中で麻薬を栽培しているというニュースがあって、彼が彼のことをクリストフと呼ぶ部下に指示を出しているのを偶然知ってしまって。問いただしたら、彼は笑って言いました。身の綺麗な金持ちなんてこの宇宙には存在しない、誰でもこのくらいはやっている、と。」
身奇麗な金持ちは少ないかもしれないが、海賊に属して麻薬を売っているやつはクリストフ以外いないと思う。
「私は名前まで嘘をついていた彼を信じられなくなったし、その、彼のことが怖くなって、彼と距離をとるようにしました。けど、彼は私に側にいろと迫ってきて。」
「それで、開拓先端惑星のガメンテへ?」
「はい。」
開拓先端惑星とは、人類の居住域を増やすという名目で開拓がすすんでいる星だ。つまり、超田舎の惑星である。昔は未開惑星と呼ばれていた。
「成る程。分かりました。善は急げですね。」
「宜しくお願いします。」
ポールには悪いが、彼女は何も知らないようだ。クリストフの気分を害する程度しか影響しないだろう。
俺はエリーゼをチップドワキザシに乗せた。ガメンテへ向かう。
彼女の荷物は驚くほど少なかった。
俺は海賊にだけは気をつけた。クリストフが派遣してくるとも限らない。
「ガメンテに知り合いでもいるんですか?」
船内で俺はエリーゼに声をかけた。
「ええ。叔父がいるので。」
「先ほども言いましたが、ジャック・ダイアンことクリストフは危険な男です。惑星についてもくれぐれも気をつけて下さい。」
「ありがとうございます。ジャックが海賊だったなんて、いまだに信じられなくて。」
俺はクリストフに関する情報を全て話していた。
「まぁ、クリストフに優しい一面があった方が俺には驚きでしたがね。」
ガメンテは黄色い星だ。水資源が少ないためどこか放棄惑星エンドラを思い出した。
俺は宇宙港につく前に、港から連絡があった。
「パンデミックにより港は現在入港を制限しています。」
「パンデミック?」
俺はガメンテに関するニュースを検索した。
「血熱病、だと!?」
ガメンテでは観測されていない病だ。それがガメンテで流行している。ニュース記事ではバイオテロの可能性を示唆していた。
「まさか…。」
エリーゼが絶句している。
俺も言葉がない。いくらクリストフでも惑星ごとやるか?
やりかねない。奴はやるやつだ。
「叔父さん。」
エリーゼが青ざめる。
「着陸したら安否を確かめましょう。俺もついていきますよ。」
放って置くわけにはいかなかった。
血熱病にワクチンはない。空気感染もするため俺はヘルメットを被った。エリーゼは港で配られた特殊なマスクをつけ、クロコは船の中にいてもらう。
エリーゼの叔父は農家だった。モビルレンタカーでサツマイモやトウモロコシ畑の脇を通る。
広い家にエリーゼが中に入った。
「!!!!」
通信会話すらできないほどの衝撃が彼女を襲ったらしかった。
俺が中にはいると、叔父らしき男が出血して死んでいた。
駆け寄ろうとするエリーゼを手で止める。宇宙服を着た俺の方が適任だ。
叔父の死んでいるすぐそばの机に、手紙がおいてあった。
エリーゼの許可を得て手紙を開ける。
「狂気は愛のために、その案内役をつとめるべし。」
頭の中で検索する。
ラ・フォンテーヌの寓話の一節らしかった。
「愛は狂気によって盲目になった。ジャックだわ。」
エリーゼが顔を覆う。
「兎に角、ここを出ましょう。感染の危険があります。」
俺はエリーゼをつれて外に出た。
「そんな。叔父さん。」
俺はこの星の病院がわからないため、港に連絡をとった。
通信を受け、港から保健所や検疫局みたいな所に連絡が言った。遺体は完全に密封され火葬場で焼かれ、家は消毒を受けることになる。
状況からして、エリーゼの叔父はクリストフに血熱病のウイルスをうえつけられて殺されたとみて間違いはないだろう。
えげつないことをしやがる。
どうすることも出来ず泣きじゃくるエリーゼを見ながら、俺は拳を固めた。
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