第43話 自爆テロ

 エリーゼは行く宛がなくなった。

 不憫に思った俺は、クロコと相談してムーランドの部屋に身を寄せても良いとエリーゼに言うと、彼女は何度も感謝した。

 クリストフは血熱病ブラッドフィーバーウイルスをガメンテに散布したのは間違いない。だが、大量殺人の証拠はない。

 あまりにも卑劣すぎる。俺は怒りが身体を駆け巡るのを感じていた。


 俺はポールと連絡をとり、ポールは特務課課長のイオ・ゼンに報告していた。

 ムーランドの俺のアパートの部屋にいる限り、エリーゼの身柄は安全だ。彼女の身の回りの世話をクロコに任せ、俺はポールと今後について話し合った。

「惑星ガメンテで血熱病を散布した実行犯が、宇宙船の中で死体で見つかったらしい。」

「本当か?」

「ああ。それで、死因はウェーブ銃で一発。現場には吸口すいぐちにDNAの残っていないタバコが落ちていたことから、溺死液ドロウン・リキッドの犯行とみて間違いないらしい。」

「溺死液がやったのか。」

「そうらしい。銀河警備隊にスパイがいるように、特務課の方でも海賊にスパイを送って情報をゲットしてるんだけどな。どうやら、エリーゼ・マクギーも狙われているらしい。」

「エリーゼさんなら俺のアパートにいるぞ。溺死液の奴はもう場所を掴んだのか?」

「それは分からない。でも、相手は神出鬼没だ。ゼン課長はエリーゼの引き渡しをお前にお願いしてる。」

「まさか、作戦で囮につかうとかないよな?」

「無い、と言いたいが、正直分からないというのが答えだ。」

「そんな危ない目にあわせる訳にはいかないだろう。」

「なら、お前が単身、溺死液から彼女を守るのか?スペースニート。それで彼女が死んだら、責任取れるのかよ。」

「特務課は責任をとれるんだな?」

「特務課は銀河警備隊のアンタッチャブルな組織だ、大丈夫だと思うぜ。」

 俺はため息をついた。

「分かった。迎えの船を寄こしてくれ。エリーゼさんには俺の方で説明しとく。」

「ああ。任せろよ。」

 ポールは信用できるが、イオ・ゼン課長は俺はイマイチ信用できていない。

 俺を囮にした作戦のこともあったし、目的のために手段を選ばない所があった。


 俺はエリーゼに説得したら、エリーゼはすぐに了解した。

「特務課は優秀な所です。きっと保護してくれると思います。」

「分かりました。お世話になりました。」

「宇宙港まで見送りますよ。」

 クロコがそういうと、エリーゼは笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます。」


 俺達はムーランド宇宙港に行き、特務課の宇宙船ジャラバックを待った。

 エリーゼは化粧室に行った。クロコが念の為エリーゼについていく。

 俺が紅茶をプラパックで飲んでいると、空港が騒がしくなった。

 何事か見に行くと、エリーゼが入っていった女性トイレで銃声があがった。俺は一瞬躊躇したが、ウェーブ銃を手に女性トイレの中に入った。

 トイレの扉の前で、エリーゼが青い液体男に首を締められていた。クロコが銃を構えていたが、実弾が効いていない。

「ヒロシさん!」

 俺は自在鎌スウィングサイスで男の腕を切り落とすと、躊躇なくウェーブ銃を撃った。

 至近距離から放たれた光弾は、液体男の脳が入っている胸のコアにあたって穴を開けた。

「熱とりジェルの化け物め。地獄で熱でも冷ましてろ。」

 喉を押さえて咳き込むエリーゼをクロコが背中に手を当てて介抱する。


 特務課の宇宙船ジャラバックが到着し、エリーゼは急いで保護されていった。


「エリーゼさん。クリストフと婚約する所まで話が進んでたみたいです。」

 クロコがポツリポツリと語る。

「ショックだったでしょうね。」

「そうだな。でも、婚約者だったら別れるのがもっと大変だっただろう。不幸中の幸いだったかもしれない。」

 俺はクロコのサラサラの髪を撫でた。



 数日後、ボールから連絡があった。

「エリーゼ・マクギーだが、彼女はネブラで会社員をすることになったよ。」

「溺死液やクリストフにバレないか?」

「大丈夫だ。特務課の隠れ蓑の一つだからな。社員は準隊員ばかり。襲うバカはいないというわけだ。」

「成る程。」

「それより、興味深い話だぜ。クリストフの金の流れだが、ジャック・ダイアン名義で製薬会社が今度新しく何社もできる。」

「ヤク関係か?」

「ああ。表向きは風邪薬、裏では覚醒剤ってね。海賊がつくれなくなった分だけ質の悪い薬物が蔓延してるらしい。鼻炎薬や咳止めを買いまくる馬鹿までいて、惑星によってはパニックをおこしてる。クリストフの製薬会社の起業は混乱してる薬物の市場をなだめるためとみて、間違いなさそうだ。」

 麻薬の悪は、深い。

「信じたくないが、クリストフを神様みたいに崇めてる連中もいる。特務課所属の俺はともかく、お前は身辺気をつけろよ、スペースニート。」

「海賊と戦ってる時点で、覚悟を決めてるよ。」

「そう言えば、両親はどうしてる?」

「父は全身義体になって、母は送られてきた写真を見る限りでは幸せそうだった。犬まで飼っててさ。」

「そうか。」

 ポールはこういうとき、寂しそうな表情をする。無意識だろうが、そういうところがあった。

「まぁ、戦争でも生き延びたんだ。そうそうやられてたまるか、て所さ。」

 俺は片目を閉じた。



 ムーランドのガンショップ三毛猫に向かう途中だった。

 ふと視線を感じた。前世スパイだった俺のささやきで、曲がり角を利用した尾行をまくやり方を試す。

 人通りが少ない路地に入ると、尾行者は急接近してきた。俺は振り向くと同時に銃を抜いて壁に撃った。

「!」

「動くな。」

 尾行していたのは少女だった。緑の髪と瞳の少女。

 不釣り合いに大きなライフガードみたいなジャケットを羽織っている。

 前世は兵士だった俺の勘が危険を告げた。

「近寄るな。」

 少女は手を広げて抱きつくようにやってくる。俺は瞬時に理解した。

 俺は自在鎌でジャケットの両肩を切り裂いて地面に落とすと、少女に飛びついて、ジャケットから距離を取るベく走った。


 ドンッッ!


 後方でジャケットが爆発する。自爆テロだ。

 爆発の際、思い切り飛んだつもりだったが、爆薬とともに仕掛けられていた破片やベアリングの弾が、俺の足と背中に当たった。近くのコンクリートの階段を破壊するほどの威力のベアリング弾が、簡易宇宙服を破壊し皮膚を突き破り肉にめり込んだ。

「くっそっ!」

 震える少女を抱きしめた格好で動けないでいると、通行人が集まってきた。

 出血は宇宙服の生体膜で抑えられているが、それでも血が宇宙服から漏れていた。

 少女から距離をとって遮蔽物に隠れていれば、彼女を犠牲にして簡単に避けれたはずだ。少女まで助けようとして怪我をした。どうしようもないさがだ。

「あんた、大丈夫か!?」

 通行人の一人が俺を助け起こす。俺は逃げようとする少女の腕を握っていた。

「この子の服に爆薬が仕掛けられていた。この子を捕まえておいてくれ。」

「!分かった。」

 通行人に少女を託すも、俺は痛みに息をするのも厳しかった。

 俺は左腕のタッチパネルを操作して、鎮痛剤の投与を操作した。

 直腸調整カテーテルから鎮痛液が注射放出され、腸粘膜と血管で吸収される。尻から痛みが和らいでいくのを感じながら、全身に鎮痛剤が回っていくのを感じていた。

 意識がゆっくりになり、担架で運ばれる頃には俺の意識は朦朧となっていた。



 起きた時、俺は病人服を着ていた。

 足をみると、爆弾の破片やベアリングを摘出した沢山の痕跡がついていた。

 ズタズタになった足は綺麗に縫合され、生々しい傷跡になっている。

「気がついたかね。」

 ドクターがやってきた。

「先生。」

「背中から足にかけて十数箇所の裂傷。背骨の損傷が無かったのが幸いして中枢神経は無事だったが、足の指が欠損していたりそのままでは修復不能な箇所も多かったため、ご家族に許可を貰って、足は人工指を取り付け人工輸血やバイオ筋肉を移植し形成手術して再建している。当面は機能回復のためのリハビリを予定している。詳しいことはクリニカルパスを読んでくれ。」

「先生。ありがとうございます。」

 ドクターに礼をいうと、彼は片眉を上げた。

「最近は医療ポッドにしか礼をしない患者が多くてね。お礼を言われるのは久しぶりだ。何かあれば遠慮なくおっしゃって下さい。では、お大事に。」

 ドクターはそういうと、病室を去っていった。


 医師は単なる医療ポッド技士だとか、医療ポッドがあれば医師はいらないとか、言うやつは散々なことをいうからな。ひねくれてても仕方ない。


 俺はクリニカルパスのリハビリ計画書を見ながらベッドから出て、地面に降り立った。

 左の人差し指は傷跡で囲まれていて、他の指より綺麗な形をしていた。人工指はちゃんと動いた。

 歩いてみる。ちゃんと歩けるみたいだ。

 背中の引き裂かれた後なんて見たくもなかった。

 風呂屋にでもいったら目立つんだろうなぁ、くらいだ。

 病室にクロコがやってきた。

「ヒロシさん。」

「クロコ。心配かけたな。」

「体の方は大丈夫なんですか?」

「短期間のリハビリで大丈夫なようだ。神経性の痛みもないし、何とかなるさ。」

「良かった。」

 クロコがもってきた皮ごと食えるメロンにかぶりつきながら、俺は緑の髪の少女について尋ねた。

「爆弾テロの実行犯なんですが、ジャケットを着せられたあと、ヒロシさんにハグするように指示されただけで、後は何も知らないみたいです。」

「会ってみたいね。何か事情が深そうだ。」

「ムーランド警察に任せるしか無いのでは?」

 ムーランドはハイアースより優秀とは言い難い。ハイアースのジャポネ警察が優秀すぎるだけなのだが、ムーランド警察にこの件を任せていても解決しない気がした。

「まさか犯人をやっつけるとか言い出しませんよね。」

「よくわかってるじゃないか。」

「ふざけてるんですか?」

「至って真面目だよ。やり口から言って敵は複数だろう。潰して宇宙をまた一つ平和にしたい。」


 リハビリにルームランナーで走っていると、ムーランド警察が事情徴収にきた。

 二人組の男の刑事だった。片方は鳥人系で、もう片方は黄色系地球人型だった。それぞれ、ランゴとフェイと名乗った。

 俺は彼らの質問にこたえた。 

「どうして、ジャケットが爆弾だと?」

「明らかに様子がおかしかったし、嫌な予感がして、警戒していたら少女のジャケットが重みで落ちたので、少女を抱きかかえて逃げたのですが、爆発しました。」

「嫌な予感、ですか。」

「宇宙で生き残るには、勘も必要ですから。少女は一体何者なんです?」

「彼女はキャシー・ララといって、母親と一緒にホーズキさんの家の近くに住んでいました。ララ親子と面識はありませんでしたか?」

「ないですね。彼女に爆弾を着せた奴についてはどうですか?見当はつきましたか?」

「それは捜査上のことなので。」

「何故俺が狙われたのかも知りたいし、俺は爆弾を着せられた彼女のために捜査協力したいのです。この辺の海賊が彼女を人間爆弾にしようとしたのならば、許すわけにはいかない。」

「ホーズキさん。」

「スペースニートとして、俺にできる事はありませんか。」

「スペースニート…。」

 ランゴ刑事らは知らなかったようだ。

「俺は海賊と戦ってきました。今回は俺の暗殺を狙ったのだと考えています。警察には悪いが、情報をいただけないなら、宇宙の法を優先した調べ方をすることになる。」

「ちょっとまってください。いくらテロリストが相手でも私刑は許されない。」

「なら、犯人を捕まえてください。俺だって指をくわえて待てと言われて、このままでいる訳にはいかない。せめて、逮捕に協力させて欲しい。捜査情報として、少女に爆弾を着せたのは何者なのですか。」

 俺は最後は刑事を脅した。

「それは、」

「フェイ。」

 口を開いたフェイをランゴが遮った。

「ホーズキさん。宇宙では兎も角、ムーランドには法があります。貴方は映画のヒーローではない。我々にまかせて、リハビリなさって下さい。私刑をすると、我々は今度は貴方を逮捕しなくてはならなくなる。」

「俺は第二、第三の人間爆弾が起きないかを危惧しています。だから、早期解決を願ってる。そこだけは理解して下さい。」

「ええ、我々もそうなる前に全力で犯人を逮捕してみせます。」

 ランゴ刑事とフェイ刑事は確約できない約束をして去った。


 俺は刑事との会話を反芻した。

 俺は海賊のことを言っていたのに、いくらテロリストが相手でも、と刑事は口をすべらせた。

 つまり、この辺りのテロリストが俺の暗殺をやろうとしたってことだ。

 少女の母親のことも気になる。

 俺は腹を揺らして走りながら、考えを整理した。

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