第44話 お出かけ② そして噂

 心臓がうるさくて、クレープの味が分からない。多分、美味しいと思う。



「う、うまいじゃろ?」


「あ、ああ」



 慣れないことをするんじゃなかった。今日は慣れないことばっかりやってる。

 二人共一気に動きがぎこちなくなって、そっぽを向く。



「や……やるよ」


「あ、うん、あ、ありがと」


「お、おう」



 目線を合わせずにクレープを渡す。

 


 ふと松永の方を見ると、俺が食べたところをはむはむと食べていた。

 顔が熱い。端から見たら絶対真っ赤になってる。松永の耳もいい勝負だ。


 その後、二人でクレープを食べては渡し、食べては渡しを繰り返した。


―――――


「そろそろ帰るか?」


「ううん、どっちでも……」


「じゃあ、もうちょいぶらぶらするか」


―――――


「ゆうちゃんこれ似合いそう!」


「ちょうどヘッドホン欲しいしいいかもな――じゃねえよ! これ猫耳ついてるぞ!?」


「絶対かわい――似合うって!」


「おい今、かわいいって言いかけただろ。俺は着せ替え人形じゃねえ!」


―――――


 そうやって、時間はあっという間に過ぎていった。

 


「じゃあね、ばいばーい!」


「おう、また学校で」



 家のドアを開けかけた松永が何かを思い出したようにこちらを振り向き、タタタっと小走りで駆けてきた。

 そして俺の袖を掴み、背伸びして俺の耳に顔を寄せると――



「今日は楽しかったよ」



 と、いたずら顔で囁くのだった。



「っ……!?」


「じゃあねー♬」



 戸惑っている俺に背を向け、今度こそ家のドアを開ける松永。

 その後ろ姿を見ながら、あいつ、小悪魔の仮装似合いそうだな……と思った。



「……早く月曜にならねえかな」



 気づいたら、そんな言葉がこぼれていた。


―――――


 月曜日。



「松永」



 友達と楽しそうに話している松永に、思い切って声をかけた。



「おはよう」



 松永の友人たち――いや、クラス全体がざわっと騒ぎ、こっちを見てヒソヒソと話し始めた。

 松永は呆気に取られた顔で、じっと俺を見つめたあと、



「おはよう!」



 嬉しそうに顔をほころばせて、挨拶を返した。


―――――


「あそこの二人、付き合ってるって噂だよ」


「うっそ!? 学年トップ2て……二人の会話、絶対入れないじゃん」


「レベルが高すぎてね……」


「俺の……俺の初恋がぁぁあ」


「猿岡、それ何回目? 初恋の意味間違えてね?」


「あの二人付き合ってるらしー」


「えーマジぃ、おめー」


「それなぁーてぇてぇー」


「わかりみ深すぎマリアナ海溝」



 瞬く間に噂は流れ、一緒に登下校していることや、先生の頼みとは言え二人っきりで買い物に言ったことが学年中に広まった。

 

 そして俺達の反応はと言うと――



「お前ら付き合ってんの〜?」


「「……」」



 放置!!

 こういうのは無視すると勝手に消滅するというのを二人共理解し、無視を決め込むことにしたのだった。


♡♡♡♡


 森文視点

 

 今日はついに、松永さんと裕也くんが買い物に行く日……!

 そして、大野くんと初めて私服で、学校の外で会う(かもしれない)日……。


 服をあれこれ引っ張り出して、うんうんと悩んでいると、ドアがノックされた。



「ねーちゃん、入るよー?」


「え、あ、うん!」


「なかなか部屋から出てこんけん心配し――ってうわ、なにこれ!? 綺麗好きなねーちゃんの部屋がかつてなかほどに散らかっとー!」


 驚きながら入ってきたのは中3の弟、あお。センター分けされた髪にシュッとした顔はかっこいいのに、笑うと一気にかわいくなるギャップが同級生に人気で、告白された回数は数知れず(他校に彼女がいるのですべて断っている)。

 かわいいものが大好きで、よく二人で甘いものを食べに出かけたりもする。ただ、本人が言うに「心は男だから!」らしい。

 ちなみに背が低いのを指摘するとブチギレる。



「実は……そのぉ……」



 碧にだけは嘘をつけない私は、全てを打ち明けたのだった。

 話を聞き終えた碧は、面白そうに「ふぅ〜ん」と笑い、こう続けた。



「つまり、ねーちゃんにも春が来た、と」


「ちがう! 逆! 氷河期!」


「いやいやいや、一緒に尾行する男子と急接近ばい!」


「何言ってるの!? 大野くんはただのクラスメイト! それに、大野くんも松永さんという相手がいるんだから!」


「だーからしゃぁ、そん裕也って人と柚って人、ねーちゃんと樹って人ん組み合わしぇで付き合やあよかろうもん」


「えぇっ!?」



 その後もからかわれ続けたが、私が「もういいもんっ」とそっぽを向くと、碧は「ごめんごめん。服選び、手伝うばい」と言ってくれた。


 そして決まったコーデは、ベージュ色のシャツワンピースに、茶色の斜めがけバッグ。

 あと変装用に、黒のキャップを被って眼鏡をコンタクトに。


 いつも三つ編みだったので、ポニーテールは新鮮だ。

 碧に少しだけメイクをしてもらい、



「これ、大丈夫かなぁ……私に似合ってる?」


「ねーちゃんかわいらしすぎてやばかけん自信もって! いってきんしゃい!」


「そ、そうかな……いってきます」



 そんな感じで送り出され、私は慣れないポニーテールやワンピースをいじりながら歩いた。

 

 数分後、待ち合わせ場所に着くと、大野くんの姿は見えなかった。どうやら私が先に着いたみたい。



「あ、森さん! 待たせてごめん!」


「こ、声が大きいよ大野くん……すぐそこに裕也くんたちがいるんだよ」


「そうだな、ごめんごめん。でも、まだ来てないっぽいから大丈夫」


「それはそうだけど……」



 ごにょごにょ言っていると、待ち合わせ場所に裕也くんが着くのが見えた。

 一気に緊張してきた……。



「柚に集合場所と時間聞いといてよかったな」


「うん。あんなに素直に教えてくれるとは思わなかった」



 もっと怪しまれるかと思ったのに。松永さん、いつか詐欺に引っかかりそう。



「にしても裕也、まだ十五分前だぞ?」


「女性を待たせないのは当たり前なんだよ、きっと」


「俺も今度から心がけよう」


 

 あっ、大野くんに言ったわけじゃないんだけど……。

 私が弁解しようとすると、裕也くんがこっちを見て



「? なんだ?」


 

 と言った。

 私達は慌てて隠れ、口元を押さえた。

 ふぅ〜よかった……なんとかバレてないみたい……。

 私が胸をなでおろしていると、大野くんが「あ、そうそう」と口を開いた。



「言うタイミング無かったんだけど、今日の服、似合ってる。雰囲気ガラッと変わってて、すげえな!」


「っ……!」



 至近距離で放たれた言葉に、心臓が跳ね上がる。



『ねーちゃんかわいらしすぎてやばかけん自信もって! いってきんしゃい!』

『ねーちゃんと樹って人ん組み合わしぇで付き合やあよかろうもん』



 碧の言葉がフラッシュバックして、ますます心臓の鼓動が早まる。

 これ……心臓もたないかも……。


△▼△▼


 いつもの時間に投稿できず申し訳ないです……。

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