第43話 お出かけ①

 ショッピングモールに着いた俺はぎょっとした。



「ひ……広くね?」


「広いのぉ」



 この数多にある店の中から布を売っている店を探すとか無理ゲーだろ!

 俺が飼い主がいなくなったチワワのようにプルプル震えていると、松永は俺の手を取り



「こっちじゃない?」



 と歩き出した。

 ちょちょちょちょちょ、手! 手繋ぐ必要っ……!

 すると松永はいつかのように心を読んだのか、俺の疑問に答えてくれる。



「人多いから、迷子にならないように。ねっ?」


「あ、あぁ……」




 ――その「ねっ?」はずるい。

 そんな上目遣いされたら、「いらねぇ」と振り払えないだろうが。

 ま、まぁ、普通の繋ぎ方で良かった。恋人繋ぎとかだったら死んでた。


 そして歩くこと五分。



「おい、こっちじゃない? って言ったの誰だ」


「ごめん、ここ来たこと無かった……」


「まあ……転校して来て、二ヶ月だしな……」



 そうか。まだ二ヶ月しか経ってないのか。

 なんか、もっと前から出会ってたような感覚だ。



「逆にゆうちゃんは……」


「来たこと無いに決まってるだろボケ」


「じゃろうのぉ〜……」


「……」



 なんか、自分で言うのと人に言われるのって違うな……。

 自分で言うのはいいけど人に言われるとちょっとむかつく。

 俺は怒りを抑え、布を売っている店を探すためにある提案をした。



「とりあえず、案内図見たほうが早いだろ。ほら、エスカレーターの横にある」


「ああ、あれね?」



 俺達は地図を見て(松永は案内図が読めないので適当なことを言って俺を混乱させた)、手芸店があるのを確認すると、エスカレーターに乗った。



「いやあ、まさかこがいに入口近くにあったなんて」


「ほんと、誰かさんが――」


「うわー、聞こえーん、何も聞こえーん!」


「責任から逃げやがって……」


「えへへ」


「褒めてねえよ」



 そんな他愛ない会話をしていると、手芸屋さんに着いた。

 結構色んな種類があってまたもビビる俺。



「……ゆうちゃん、びび」


「あー! こ、これじゃね!? これ!」


「いやカラフルすぎ! ピンクやらオレンジ混ざってしもうてるじゃん! ハチマキの色知っとる?」



 ふうー、松永なら絶対ツッコむのを逆手に取って、上手いこと話をすり替えられたな。

 そんな茶番をしつつ、真剣に探し始める俺たち。



「あ、これとかいいんじゃね?」


「あー! でもちいとこまいかなぁ? もっと巻きが太うて大きめの布買うたほうがええんじゃない? 余ったらまた何かに使えるかもよ」


「なるほど」



 的確だな、と思いながら、少し大きめの布を探す。

 紅色はあったが、ハチマキの白がなかなか見つからない。白の種類が多すぎてどれを選べばいいんだか。二人で手分けして探すことになった。



「やっぱもう一回あっち見よう」



 俺は進もうとした足を止め、引き戻した。

 そして曲がり角を曲がったその時。


 ドンッ!



「おわっすみません」


「っ……!」



 ぶつかったのは深く帽子を被った、華奢な女子だった。

 謝らずにポニーテールを揺らしながら走り去っていく背中を見ながら、俺はなんだか虚しい気持ちになった。

 少し痛む左腕を抑えながら、それよりも心がチクチク痛むなぁ……と思った。

 人にぶつかったら謝るって習わなかったのか? 俺でも謝るのに。

 それにしても、あの後ろ姿、どこかで……。



「ゆうちゃん、あったよー!」


「あ、ああ」



 松永の声に、俺の思考は遮られた。


―――――


「いや〜えかったね! 無事に見つかって!」


「白がなかなか見つからないときは焦ったけどな」


「白は色んなとこに使えるけぇ、バリエーション多いんじゃろうかぁ」



 なんか、今日の松永はやたらと的確だな……。明日は雹でも降るのか、全く。

 すると、松永が骨を見つけた子犬のように目を輝かせた。

 ……犬って本当に骨食べるのか?



「ねね、クレープ食べん!?」


「別にいいけど……混んでるぞ?」


「ゆうちゃんとなら並んでも――あ、ま、待つなぁ得意じゃけぇ! でもうち、一個丸々食べられんかも……」


「マジか、じゃあはんぶんこするか」



 女子ってスイーツ大好きだと思ってたのに。



「はんぶんこって……」



 ククク、と笑いをこらえる松永。何がおかしかったんだ?

 首を傾げていると、松永が俺の手を引き、長蛇の列に並んだ。

 並んでいるのはほぼ同年代の女子ばかりで、男の俺が並んでいいのかと戸惑う。



「ゆうちゃん、チキン」


「誰がチキンじゃ」


「ごめんごめん、で、どれにする?」


「まあ、一番人気のストロベリーチョコでいんじゃね」


「おっけー。そういやあ、甘いもの大丈夫?」


「ああ、結構好きだ」



 へぇーと謎に感心されて、少し照れる。

 こいつなら、バカにしないと思ってた。だから甘いもの好きだって素直に打ち明けられたんだ。



「お会計850円になりま〜す」


「あ、じゃあ425円じゃのぉ」


「いや、俺が出すわ」


「えっ?」



 変なところで変なプライドが出た。松永の驚いた表情が少し面白い。



「え、ええよ」


「いや、絶対俺が出す」



 意地を張り続ける俺。

 結局松永が折れ、俺が奢ることに決まった。……ダジャレじゃねえぞ。



「はい、850円ちょうど頂きました〜」



 店員がちょっとニヤニヤしてるのを見ないふりして、クレープを受け取る。

 松永に手渡すと、顔が「食べたい! 早う食べたい!!」と激しく主張し始めた。



「でも――」


「あ、遠慮とかしなくていいから」


「……ありがと」



 美味しそうにクリームと――皮? なんていうんだ、クレープの皮みたいなの――を頬張る松永を見ていると、思わず口角が上がる。

 すると、そんな俺の目線を「食べたい」と勘違いしたのか、松永が



「食べる?」



 と聞いてくる。そして俺が答える前に無理やり持たせ、にこりと笑う松永。

 ……――その笑顔は反則だろ……!


 俺は断りきれず、思い切ってクレープをかじった。


 ――松永が食べたところを、わざと。


△▼△▼


 いやはよ付き合え。

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