ソシャゲカラアゲ昼休み

宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿

ソシャゲカラアゲ昼休み

 とある昼休み。

 金森響かなもりひびきはクラスメートで友人の清川藍きよかわあいや、マボロシという不思議な存在である守護者と一緒に、昼食をとっていた。

 次の授業科目や流行りのスイーツの話をしていると、当然のように他のクラスの友人、赤崎怜あかざきれいが金森たちのクラスへ侵入し、堂々と彼女らの隣へやってくる。

 赤崎がやって来ると無言の視線が集まるのだが、その理由は、彼が艶やかな黒髪と、闇を閉じ込めたような深い黒の瞳を持つ、非常に容姿の整った男子生徒だから、というだけではない。

 赤崎は学校内でも有名な中二病患者で、両手、両足に包帯をグルグルと巻き、制服でもないのに一年中、学ランを羽織っている。

 言動も痛々しい上、廊下の端っこを土産物の剣でつついていたなどと、彼と関り合いになるのを控えたくなるような情報が飛び交っていた。

 そのため赤崎が教室に来ると、生徒たちは彼のことが気になって、けれども決して関わりたくはなくて、好奇の視線だけをひっそりと向けるのだ。

 赤崎の方は慣れているのか、あるいは鈍感なのか気にした素振りはなく、むしろ俺が格好良くて強いから視線を独り占めしてしまうのだ! くらいの勢いでいるのだが、共に行動する金森たちからすれば、たまったものではない。

 ちなみに、赤崎にもマボロシを見る力があるし、人に攻撃的なマボロシを倒す力もある。

 そのため、厳密には、赤崎は中二病とは言い切れないのかもしれない。

 だが、闇に選ばれしナイトを自称し、すぐに妄想を爆発させることから、事情を知っている金森たちの間でも中二病として認識されていた。

「赤崎のお弁当、相変わらず美味しそうね。さてはアンタ、昨日の晩御飯はカラアゲね」

 赤崎の前に広げられた弁当箱は上下二段に分かれるタイプの物で、中にはギッシリとおかずが詰められている。

 ツヤツヤの白米には、醤油でほんのり味付けしたおかかが全体的にふりかけられ、その上に大きな海苔が乗っかっている。

 食欲旺盛な成長期の男子生徒らしい弁当で、冷凍食品の比率は少なく、カラアゲなどの手作りのおかずが多い。

 テレビやドラマで見るような、憧れのお弁当だ。

 作ってもらえるだけ感謝しなければならないのだが、中身の半分が冷凍食品に占領されている金森の弁当や、コンビニで買ったおにぎりが弁当代わりの清川の昼食とは、比べるべくもない。

 しかも、その弁当は赤崎が毎朝手づくりしているのだ。

 本人曰く、慣れてコツを掴んでしまえば、そう大変でもないらしい。

「そうだろう。俺は炎の使い手だからな……おい、やらないからな。そんなに見ても、あげないからな。おれはもう、三日前の俺じゃない。カラアゲ美味しい! とかいう褒めに負ける赤崎怜は、もういないからな!」

 初めは弁当を褒められてドヤ顔になっていた赤崎だが、金森の視線がカラアゲにくぎ付けになって動かなくなるのを見て、不穏さを感じた。

 すると、金森はフッと不敵に微笑む。

「私も、三日前の金森響じゃないのよ。褒めて掠め取るなんて真似、もうしないわ。やるなら直球勝負よ。それが嫌なら、お昼中にカラアゲを食べないなんていう愚行は、犯さないことね!」

 弁当を最もおいしく食べられるゴールデンタイムは昼休みであり、早弁はまだしも放課後に食べる弁当は言語道断である、というのが金森の持論だった。

 金森は蟹のように箸をパシパシと開閉させながら、ジッと赤崎を睨む。

「怜君は、さっきからスマホで何を見ているの? ネットニュース?」

「いや、ソシャゲをしていただけだ。イベントの終了が近いのに、まだあまり周回できていなくてな」

 弁当を広げるだけで中身には一切手を付けず、赤崎はスマホを弄り続けている。

 清川が首を傾げると、赤崎はあっさりとスマホの画面を見せてきた。

 そこには、「モッチリクエストEX」という、数年前にリリースされたアプリゲームの戦闘画面が映っている。

 キャラクターのデザインやゲーム全体のストーリー、独自のゲームシステムで絶大な人気を博しており、普段ほとんどゲームをやらない金森でも、名前は知っているほどだった。

「あ、怜君も、このゲームやってるんだ。私もやってるんだよ。ふふ、私はね、とっくに周回、終わらせたんだ! 怜君、よくこのキャラクターで、ここまでやってきたね……」

 清川は画面を眺めるとパッと表情を明るくして、自身のアプリも起動させたのだが、ロード中に改めて赤崎のキャラクターを確認し、真顔になった。

 赤崎の使用キャラクターは、定期的に運営からプレゼントされるお助けキャラ的な存在が多く、自力で引き当てた星五のキャラクターが一体しかいない。

 お助けキャラは、初めのうちは非常に役に立つのだが、彼らはあくまでもプレーヤーがある程度ゲームに慣れたり、自力で強いキャラクターを引いたりするまでの繋ぎなので、そう長いことは使っていられない。

 追加で来るキャラクターも似たようなもので、貰えるだけましかな、という程度の性能であることが多い。

 ましてや、赤崎のように、最新話まで追っている人間が使用するべきキャラクターではなかった。

 赤崎にも自覚はあるようで、彼はため息を吐くと力なく頭を振った。

「仕方がないのだ。俺はガチャ運が死亡していてな、星五がまず来ない。だが、武器はそれなりに良いのが来るからな、それと戦術とで、毎回ギリギリの戦いをしているのだ。俺が頭脳明晰じゃなかったら、とっくに詰んでいるレベルだぞ!」

 赤崎のそれは、アカウントのバグを疑うレベルだった。

「やり直したり、リセマラしたりしなかったの?」

「したさ。十回やって、ある程度ストーリーを進めても同じ目に遭ってな。バグっているのは自分の運なのだと、中学二年生にして悟ったよ……」

「ああ……」

 遠い目をして過去を見つめる赤崎に、清川はそっと目を伏せた。

 ガチャが全てとまではいわないが、引きの強さはそれなりに今後のゲーム生活を左右するのだ。

 道理で、周回中の赤崎がスマートフォンから目を離せないわけだ。

「清川藍は、ガチャ運良いな!」

 今度は赤崎が、清川のメインで使用しているキャラクター達を見せてもらったのだが、あまりの運の良さに目を丸くした。

 というのも、清川がメインで使っているキャラクターたちは、いずれも動物かモフモフとしたファンシーな獣人ばかりだったからだ。

 「モッチリクエストEX」において、装飾が豪華なものや、少々セクシーな衣服を着ている可愛らしいキャラクターは、強いことが多いのだが、清川の使っている系統のキャラクターで、長く使えるほど強いものは非常に数が少ない。

 そのいずれもが揃っていたので、赤崎は酷く驚いたのだ。

「あら、結構可愛い子が多いのね……おお、強そうだわ」

 モシャモシャとカラアゲを食べていた金森が、横からスマートフォンを覗き込んだのだが、その拍子にチームの編成画面がスクロールされてしまい、清川が稀に使用するキャラクターたちが画面に現れた。

 いかにも強そうな姿をしたキャラクターたちで、老若男女問わず、皆マッチョだった。

 マッチョが、斧やモーニングスターなどの威力の高い武器を持って、不敵に微笑んでいる。

 いずれも星五のキャラクターだからだろうか。

 細部まで描き込まれた彼らは、なんだかギラギラとしている。

「あ、これね、たまに力で押すと、結構楽しくて……」

 頬を赤くした清川が慌てて画面を戻そうとしたのだが、次のページに出てきたのもマッチョだった。

『藍、マッチョ派なのかな?』

 選りすぐりのマッチョという感じがして、妙に金森の印象に残ってしまった。

「ふむ、物量で押す楽しさは分かるぞ、と言いたいところだが、俺にそんな贅沢は許されないからな。人生で一度は言ってみたいセリフだ。ところで、金森響、俺の陣地にいたカラアゲが一体消滅したが?」

 赤崎は羨まし気に清川のスマホを眺めた後、ぽっかりとカラアゲ一つ分が開いてしまった弁当を見つめた。

 口の端にカラアゲの衣がくっついている金森を、ジロリと睨む。

「あらあら、可哀そうに。私のカラアゲと呼ぶに値しない、冷凍食品のチキンナゲットでメンバーを補填してあげるわ」

 金森はシレッと自身の弁当箱から冷凍食品のカラアゲを取り出し、手作り唐揚げの群れに紛れ込ませた。

 色が濃く、個性豊かな姿をしたカラアゲたちの中で、工場で均一的に作られた薄茶色の冷凍食品が悪目立ちしている。

「息をするように各方面にケンカを売るんじゃない! 全く、次はやらないからな!」

 三回に一回はカラアゲを奪われている赤崎だ。

 きっと、そう遠くない未来にカラアゲを誘拐されることだろう。

「あれ? 響ちゃん、モチクエ入れたの?」

 金森のスマートフォンに「モッチリクエストEX」のインストール画面が表示されている。

「うん。何となくね。それに、普段はゲームやらないから、いい機会かなって」

 どうにも金森の頭に清川のマッチョたちが残ってしまい、そこはかとなく興味を引かれていた。

 ゲームの仲間が増えるのが嬉しいようだ。

 赤崎もいそいそと金森の画面を覗き込んでいる。

「ほう。なら、俺が相棒、兼先輩としてゲームのやり方を教授してやろう」

 ドヤッと笑い、ゲームに不慣れな金森に要領良くシステムを教えていく。

 ユーザー名を決め、ゲームのガイドに従いチュートリアルを終わらせたまでは良かったのだが、

「お前という奴は、折角、良いキャラクターが手に入ったんだから『おまかせ編成』にするんじゃない! おまっ、戦闘まで自動にしおって! 戦略ゲームなのだぞ、周回ならまだしも、初めからそんな気概でどうするのだ!」

 ガチャ運に見放された赤崎は、必要に迫られてチーム編成を熟考し、戦略を立てつつ自らキャラクターたちを動かしている。

 だが、赤崎は元から自分で考えながらゲームをすることが好きなので、全てを「おまかせ」に任せきりにしてしまう金森の思考が、理解できなかった。

 自動で戦闘しているのを眺めているのならば、ゲーム実況でも見ればよくないか? と思ってしまう。

 これに対して、金森はAIにすべての命運を任せる、ゲーム眺め型だ。

 戦略云々よりも、可愛いキャラクターを集めたり、ストーリーを見る方が好きで、あまり戦闘そのものには興味が無い。

「うるっさいわねえ。私のポンコツな脳みそよりも、AIの方が優秀に決まってるでしょうが! こんなのはAIに任しときゃいいのよ、AIに!」

「お前、製作者が泣いておるぞ! ほら、ルディセリアとマーフェスは同時に編成すると能力が上がるし、ラーディアスは初めはポンコツだが、後から覚醒するのだ、全く! こういったことはAIには任せられんだろうが」

 赤崎は金森からスマートフォンをひったくると、ガチャガチャとメンバーの編成を始めた。

 ちなみに、金森のガチャ運は良いとも悪いとも言い難い、なんとも微妙なもので、その場にいた全員が苦笑いになった。

 なんというか、実に金森らしい結果である。

 しばし待っていると、赤崎が熟考の末に作り上げた、選りすぐりのメンバーが編成され、金森に誇らしげな笑みを送る。

 そして、赤崎はそのチームで一度戦闘に行き、解説付きで使用方法を教えるという甲斐甲斐しさをみせた。

 だが、そうしてもらってもなお、雑で適当な金森はAIによる自動戦闘一択である。

 赤崎の戦闘は、金森には複雑すぎて今一つ理解できなかったのだ。

 よく分かんね、と思ってからは話を聞いていなかったので、彼の真似が出来るはずが無い。

「瞬殺されたじゃない! やっぱ、自動戦闘ね。AIが至高だわ」

 金森はドヤッと笑うと新たな編成画面を引き出し、「おまかせ編成」というボタンをポチッと押す。

「お、ま、え、は!! 俺のバトルを見てなかったな! 考えることを放棄してどうする。金森響など、AIに攻め入られたら真っ先に死ぬか、支配されてしまうからな!」

 ポコポコと怒る赤崎だが、中二病のせいか、あるいは興奮しているせいか、話がかなり壮大になっている。

 もちろん金森は生返事で、取り合わない。

「あーはい、はい。あら、ミニゲームもあるのね。結構楽しい」

 ミニゲームは非常に単純なパズルゲームで、高得点を狙うには、赤崎のようにアレコレと頭を働かせなければならないが、楽しく遊ぶだけならばたいした思考はいらない。

 夢中になって遊ぶ金森の画面を、ぴょこんとやって来た清川が覗き込む。

「そのミニゲーム、楽しいよね。私、朝に始めて、気が付いたら、夜になっていたことがあったよ」

 清川が得意げに見せてきたリザルト画面のスクリーンショットには、異様に桁の大きな得点が示されている。

 画面の端っこでは、二頭身のキャラクターたちがパチパチと拍手喝采していた。

 このミニゲームは確かに楽しいが、一日中プレイしていられるほどのゲーム性は無い。

 朝から晩まで!? と戦慄していると、守護者が、

「ミニゲームで高い得点を出すと、大変可愛らしく強い、獣人のキャラクターが手に入るのです。藍はそのキャラクター欲しさに、一日中、頑張っていたのですよ。藍は集中力と忍耐力に優れていますから。当時は私も、固唾をのんで見守りましたね。無事に手に入った時には、一緒に飛び上がって喜んだものです」

 と、しみじみと解説してくれた。

 また、清川が言うには、ミニゲームに回数制限はない上、高得点を取れた時の報酬が良いので、本編よりも楽しいとのめり込む人もいるのだとか。

 ちなみに、赤崎のメンバーの唯一の星五も、ミニゲームでもらえるキャラクターらしい。

 奇跡の星五ではなく、努力の星五だったようだ。

 遊んでいる内に随分と時間が経っていたらしく、予冷が鳴る。

「おお、もうそんな時間か。金森響、俺のカラアゲから第二の犠牲者が出たようだが?」

 赤崎が頭を悩ませながらチーム編成を行っている内に、金森はもう一つカラアゲを誘拐していたようだ。

「あらら、キャトルシミュレーションされちゃったのね、可哀そうに。あ、ナゲットで穴埋めはできないわよ。食べちゃったから」

「おまっ! 本当に覚えてろよ。明日、メインのおかず盗るからな!」

 赤崎は負け犬の遠吠えをしながら、自分のクラスへと帰って行った。

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