第28話私はもう、聖女じゃない

 

「クロッサンドラ。——『真を曝せ』」


 聖剣を正面に掲げると剣身が強い光を放ち出した。その光は洞窟内を照らし、洞窟内にいた全員があまりの眩しさに目を瞑る。


 そんな光も数秒のことで、すぐに消え去ってしまった。


「くっ! ……いったい、何が起きた?」


 再び薄暗い状態へと戻った洞窟の中で、司教が目を開きながらなにが起きたのか変化を確認しようとしたが、その変化は目で見て確認するまでもなかった。


 司教が目を開いたのと同様に他の者達も目を開いたが、そこで自身に訪れた変化を理解し、全員がそれまでとは違う動きをし出した。


「あ……ああ……うあああああああ!」

「なんでっ! 俺はなんであんなことを……!」

「そんなに悲しいんだったら殺してやるよ!」

「ひいっ! に、にげ……うわああああ!」

「あ……う……」


 悲鳴を上げるやつ、嘆くやつ、それを殺すやつ、何かから逃げるやつ、何もせずに放心しているやつ。

 この場に集まっていた者達は、俺とリタと司教という三人の例外を除き様々な変化が訪れた。


「金を求める欲はもちろん、名誉も栄光も、狂信者だって結局は後付けの思いだ。そいつ自身の心からの願いじゃない。中には心から染まってるやつもいるだろうが……そいつらは違ったみたいだな」


 洞窟内に混沌とした叫びが響く中で、俺は唯一能力の効果外においた司教へと語りかけるように一人言を呟く。


「な、何をした!」

「この剣は『虚飾』を剥ぎ取るんだって知ってんだろ? この剣の前では、どんな嘘も通じない。心の底にある本当の自分以外のものを取り除かれることになるんだよ。その結果がどうなるかって言ったら、ご覧の通りだ。本性だけで動くようになる」


 これまでの行いを思い出して怖くなるやつ、悔いて嘆くやつ、ただ殺したいから理由をつけてこの仕事をしていたやつ、金が欲しかっただけの臆病なやつ、後付けの信仰がはぎ取られたことで何も残らなかったやつ。

 それがこの聖剣で『虚飾』を剥ぎ取った結果だ。


 対象の外付けの何かを奪う能力と、心に纏った嘘を奪う能力。そしてそれを力や財宝に変えて自身を飾る。

 嘘をつき、本性を曝け出す。それがこの聖剣の本性だ。もっと言うなら、この聖剣の素になったクロッサンドラの本性と言ってもいいかもしれない。


 何せ、聖剣とは……神器とは、九人の神様を素にして作った道具なのだから。

 神器はそれぞれ素となった人物の性質を能力として宿している。

 クロッサンドラは、生前『嘘つきサンドラ』と仲間内で呼ばれるほど虚飾に塗れていた。だからこそ、聖剣となった後の能力は虚飾に関するものだった。


 そんな能力を受けたために、自身の一切の嘘を剥がされることとなった。

 だが……


「ああ、やっぱりお前は変わらないんだな」

「え?」


 そんな能力を受けたはずであるにもかかわらず、リタだけはなにも変わることなくそこにいた。

 いや、変わったところはある。先程までは異形化していた体が、虚飾を剥がされたことで体を蝕んでいた瘴気を吸われ、本来の肉体へと戻っている。


 これができるからこそ、俺はこいつに生きたいのか問い続けていた。

 もっとも、元の姿に戻った本人はそのことに気がついていないみたいだけどな。


「まあいいさ。それでいいんだ。だからこそ、俺はお前を助けようと思ったんだから」


 これが単なる人工聖人であれば、俺はこいつのことを見捨てていた。だって、人として生きるつもりがない奴を助けたところで意味なんてないから。


 だが、こいつは違った。ちゃんと聖女として人を助けたいと言いながらも感情があり、普通の人間として行動していた。

 教会の人工聖女なんかではなく、〝本物の聖女〟だと、そう思ったのだ。


 それはそれとして、だ。今は俺がこいつを助けた理由なんてどうでもいいだろ。それよりも、この後どうするかだ。

 ほとんどのやつは、ろくに仕事なんてできる状況ではない。だが、一人だけ例外がいる。


「さて、司教様。どうする? まあどうするっつっても、結果自体は決まってんだがな」

「な、なにをするつもりだ!」

「わかってんだろ。人を殺し、自分たちの都合のいい人形に作り変えるクソッタレな集団のお偉いさんなんて、処分するに決まってるっての」


 お前には、しっかりと後悔して死んでもらわないとな。心を失ってぶっ壊れるなんて〝逃げ〟ができると思うなよ。


 だが……


「待ってください、リンドさん!」


 自分の腕が元に戻っていることに気がついたのか、それともなにも考えずに反射的だったのかリタは声を荒らげながら俺を止めるべく抱きついてきた。


「あ? ……また止めようってのか? あの時みたいに」

「はい」


 俺を止めながらまっすぐ見上げてくる視線は、ただの習慣や役目だからといった弱い意志によるものではなく、確固たる信念によるものだった。


 そんな目で見つめられれば俺も無碍にすることもできず、司教を助けるつもりがないのは変わらないがそれでも一旦剣を下ろすしか無かった。


「どこまでお人好しなんだかな。こういうのを止められるとうざいだけだが、そこまで行くと尊敬するよ。こいつはあんたにとっても許せない相手じゃないのか?」


 自分も姉も殺され、教会の道具として作り替えられ、今もまた悲劇を押し付けられていた。そんな相手が憎くないはずがない。


「それでもです。確かに私はその人のことを恨んでいます。憎んでもいます。ですが、それでも人を殺すのは悪いことです。どうしても殺さなくてはならないのであれば、せめて一度は改心する機会を与えるべきです。あの時、あなたが見逃してあげたように」

「……悪いな、聖女様。こればっかりは譲れねえんだわ。改心する機会なんていくらでもあったはずだ。それなのに——」


 俺たちがダラダラと話しているのを見たからだろう。司教は突然俺たちの方へと駆け出してきた。

 そのまま攻撃してくるつもりなのか、と思って身構えたが、どう言うわけか司教は俺たちの横をすり抜けて洞窟の奥へと進んでいった。

 そして……ああ、そういうことか。なんともまあ往生際の悪いことだ。


「ほら、まだこんなことをしてる」

「これでお前達は終わりだ!」


 俺が呟くと同時に司教は叫び、手の内にあった杖を掲げる。


「あれはっ!」

「元聖女の杖——法器か」


 先程まではリタの腕と一体化していたが、腕の変異が解けたことで杖も手放されていた。それに気がついたのだろうが、今更そんなものを拾ったところでなんの役に立つっていうんだか。


「それはこいつのためのもんだろうに」


 神器もそうだが、法器も適合者以外が使ったとしても大した性能を発揮することはできない。わざわざ逃げる機会を潰してまで拾いに来る代物でもないと思うんだがな。


「確かに、最高効率で使えるのはリタであることは間違いない。だが、私が使ったとしても威力を倍にする程度の効果はある! そして、私の魔法を倍にできるのであれば、それで十分だ!」


 そう叫んだ司教は、堂々と魔法の準備をし始めた。

 多分守りの道具でも身につけてるんだろうが、それにしても油断しすぎじゃねえの? そんな堂々とやって見逃してもらえると思ってんのかよ。


「これでも救えって? こいつはもう、なにがあっても改心することなんてねえよ」


 この後に及んで逃げるでも謝るでもなく、俺たちを殺そうなんて考える時点で終わってんだろ。


「クロッサンドラ。——『剥ぎ取れ』」

『正直なところもう満腹なのだが、仕方ない。哀れな主人の願いだ。聞いてやろうではないか』


 不満そうな態度で承諾したクロッサンドラだが、その表情は満足そうだ。色々と剥ぎ取ったからかいつもよりも髪や肌に艶があるような気がする。満足そうにしている原因はそれか?

 装備も少し豪華になってるし……そのティアラ本当に必要かよ?


 まあ、ちゃんと仕事をしてくれるならそれでいいんだが……シリアスな場面でファッションを整えるのはやめろと言いたい。


「な、なにを! なぜ私の魔法が!」


 準備していた魔法が聖剣に吸われていくのを見て混乱した様子を見せる司教だが、こいつもこいつでアホだろ。


「なぜもなにも、さっきから何度も見てんだろうが。しっかり覚えとけよな」

『と言うよりも、なぜ自身の策が破られたことを都合よく忘れられるのかが不思議なのだがな』


 本当にな。一度整列した状態から弾幕張って、それでも防がれたってのにどうして自分ならいけると思ったんだろうな? もしかして、大技っぽいものを使ったから俺たちが疲れているとでも思ったか?


 なんにしても、これでこいつの態度もはっきりしたし、やることは決まったな。


「そんっ……やめっ——」


 抜き身の剣を持って徐々に近づいていく俺を見て、司教は怯えた表情で後退りするが……


「やめねえよ」


 またおかしなことをし始める前に首を刎ね、血が溢れ出して辺りを染める。


 だが、まだ終わりじゃない。司教は片付けたが、その他にまだ司教とともにこの洞窟までやってきた奴らがいる。

 そいつらは心の仮面を剥がされたことでバラバラの行動をしているし、今後は使い物にならないだろうが、それでも処理しないわけにはいかない。


 まあ、放心してる奴らと後悔してる奴らは放置でいいか。

 処理するのは、喜んで他人を傷つけている奴らだ。


「これで終いだ」


 泣いている者達を虐げていた奴らの首を刎ね、剣を鞘に収めて今度こそおしまいだ。


「逃げたきゃ逃げろ。そんで、もう教会に二度と関わるな」


 残っていた奴らにそう話しかけたが、動いたのは数えるほど。他は変わらずに泣き、あるいは放心し続けた。まあ、こいつらに関しては放っておけばそのうち動き出すだろ。生きようとするか、死のうとするかはわからないがな。


 ここで死ぬことを選んだとしても、それはこいつらの人生だ。もう俺が関与することじゃない。本来であれば進んでいたであろう道を狂わせたのは俺だが、そうせざるを得ない状況にさせたのはこいつらだ。仕方ないのだと諦めてもらう他ない。


 と言うわけで、まだ生き残ってるそいつらを無視してリタの元へと戻ってい陸、その途中で話しかけることにした。


「おい。誰かを助けようとするその考えは凄いもんだが、救える者と救えない者。その区別をしっかりつけろ。じゃないと、またいつか今日と同じような日が来ることになるぞ」


 誰も彼もなんて、救えるはずがないんだ。際限なく救おうとすれば、いつかは潰れることになる。


 だが、そんな俺の真っ当な意見に対し、リタはきょとんとした表情を見せてから笑みを浮かべて答えた。


「今日と同じ、ということは、またリンドさんが助けてくれるということですか? なら安心ですね」

『くくっ。確かにその通りだな。一本取られたのではないか?』

「ばかなこと言ってんじゃねえよ、クソッタレ聖女」


 こいつ、こんな状況だってのになんだってこんなにすぐ笑えるんだよ。やっぱり他の人工聖女達と同じように心が壊れてんじゃねえのか? ……はあ。


 ——◆◇◆◇——



「お前は、これからどうするつもりだ?」


 洞窟を抜け出した後。クロッサンドラを使って俺たちの体についた汚れを吸い取ってもらう。一応、汚れも〝身につけたもの〟だからな。クロッサンドラは嫌がっていたが、命令すればやるしかないので無理やりやらせた。


 そうして綺麗になった俺とリタだが、今後についてどうするかなにも決まっていない。というか、そもそも一緒に行動するかどうかも決まっていない。

 助けはしたが、その後も一生面倒を見るつもりなんてないのだ。必要ならザニアに頼んで仕事を探してやってもいいが、この後はリタ自身でどうにかしてもらわなくては。


「そうですね……。もう教会には戻れませんし……」


 リタは途中で言葉を止めると、洞窟から持ち出した姉だった杖を抱きながら、じっとこちらのことを見つめてきた。


「どうした?」

「あなたから見て、わ、私は…………私は、人間ですか?」

「人間かどうか、ね……知るかそんなの。それはお前自身が決めることだ。自身の定義を他人に任せるな。自分がどんな存在か決めるのなんてのは、いつだって自分だ。自分だけが自分の在り様を決められる」


 自分が何者かなんて、自分の心に定めておけばそれで終わりな話だ。誰がなんと言おうと、それは違うのだと、自分は人間なのだと、そう言ってのける覚悟があるのであれば、そいつはもう人間だ。


 ただ、なかなかそうも言っていられないのも確かだ。周りの言葉というのは、どうしたって気になるものだろう。


「ただ、そうだな……少なくとも俺の目には、お前は『人間』に見えるぞ」


 生まれがどうであれ、過去がどうであれ、今を生きて自分で考えて、自分の願いを持ってそれを口にすることができるやつが、人間じゃないはずがない。


「そう、ですか……」

「で、どうするんだ?」

「……なら私は、普通の女の子として生きて行こうかと思います」


 そうか。まあ、いいんじゃねえの。これまで聖女として生きてきたんだ。暮らしぶりはまるっきり変わるだろうけど、それはそれで幸せに生きることもできるだろうよ。


「そうかよ。普通の女の子ね……ならこれでもう付き纏われることはねえんだな。はっ、清々するぜ」

「いいえ?」

「……いいえ?」


 なんで〝いいえ〟なんだ? 普通の女の子ってことはどこかに定住するんだろうし、そこら辺をほっつき歩く俺とはもう関わりを持たないはずだろ?


「あなたについて行くのはやめませんよ」

「……普通の女の子になるとか言ってなかったか?」

「はい。普通の『旅人の』女の子ですね。私はこれからも誰かを助けます。いろんなところに行って、困ってる人に手を差し伸べて、それで、笑ってもらいたいんです」


 なんだそれ……。いや、っていうかそれって……


「そりゃあ……聖女と変わらないだろ」

「違いますよ。聖女、あるいは聖人というのは、政治的な立場もありますから恋愛とかは禁止されているんです。聖女はそれなりの数がいるのに、聖女が結婚したとかそういう話はあまり聞かないのではありませんか?」

「……まあそりゃあ知ってるっての。元は教会にいたんだからな。だが、だからどうしたって感じだがな」


 政治だ恋愛だなんて言っているが、実際には聖人が作られた存在だってことを隠すためだろうな。万が一何かあって外で〝故障〟でもしたら困るだろうし。それに、死んだら死んだで法器にするって使い道があったんだから、手放すわけがない。


「ですが今の私は聖女ではありません」

「………………何が言いたい」


 なにが言いたいのかわからないが、なんだか嫌な予感がする。


『そうか? 私は面白いことになる予感がするが?』


 黙ってろ、ポンコツ。


「つまりはこういうことです」


 狙ったのかどうかはわからないが、俺がクロッサンドラに意識を向けたちょうどその時、リタは俺の頭を両側から掴んで固定し、唇を重ねてきた。


『ええっ! こ、こんなところでそんなことをするのか!? は、破廉恥では……!?』


 うるせえよ。これくらいでガタガタ言ってんじゃねえ。流石は貞操観念古代で止まってるだけあるな。


「なにをす——」


 口が離されたことで文句を言おうとしたが、その言葉はリタの言葉によって遮られた。


「私は、あなたのことが大好きです」


 大好き、だと……? そりゃあ、お前……


「………………俺はお前が嫌いだ」

「ええ。知ってます。でも、私はあなたが好きです。この気持ちに偽りはありませんし、だれにも否定させません。それがたとえ、あなたであっても」

「……チッ。………………好きにしろ」

「はい。『好きに』させてもらいます」


 真っ直ぐ俺のことを見つめてくる視線は、どう足掻いても意思を曲げるつもりはないのだと語っており、そんなリタの視線から逃げるように顔を逸らしてしまった。


「チッ。………………行くぞ」


 そんな言葉に目を瞬かせると、満面の笑みという言葉がこれ以上ないほどに似合っている笑みを浮かべた。


「はい! これからも、よろしくお願いしますね!」

『これから! これからということは、その、あれだ! そなたもキスをしたりするのか!? わ、私は見ていない方が……いいよな?』

「なんだってこんな面倒なことになってんだよ、ったく……」


 騒がしくなったクロッサンドラと、笑みを浮かべているリタを見てため息を吐き出しながら、街へと歩いていった。


 本当の意味でこいつが生まれたのは、それはきっと今日ということになるのだろう。

 一度死んだ人物とは別物であり、聖女として活動していた間は人間では無かった。だから、聖女を止めて自分の意思で動き始めた今日こそが、きっとこいつの誕生日なのだ。

 新しく生まれたリタという人間のことを、祝ってやるくらいはしてやろうか。


 これから、リタがどうしていくのか、なにを考え、なにをしていくのかはわからない。俺と一緒にいると言ったが、それだってどうなることか……。

 だがきっと、その人生は意味があるものとなることだろう。

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虚飾の聖剣と人工聖女 農民ヤズー @noumin_00

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