第27話……助けてよ

 

「それなのに、お前はこんな薄暗い穴蔵の奥で、誰からも感謝されることなく、泥と血と呪いと憎悪に塗れて、惨めに誰の目に止まることもなく死んで、それで幸せなのか? それがお前の言ってきた幸せか? お前は俺にもこんなふうになれって言ってきたのかよ?」


 人を信じるのは正しいことで、正しいことは良いことで、良いことをしていれば幸せになれる。こいつはそう語った。それなのに、そのこいつが行き着いた果ての幸せがこんなクソッタレな状況だってのか? そりゃあまた、随分と歪んだ価値観だな。俺にはこの状況が幸せだなんて、どう考えてもそうは思えないんだが?


「違う! ……違う。そうじゃないんです。私はもっと違った幸せを……」


 だよな。そうだ。お前はこんな形で終わることなんて望んじゃいなかったはずだ。こんなところで死ぬことが幸せだなんて言うようなやつじゃないはずだ。


「……こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったんです。私はただ、みんなに笑っていて欲しかっただけなのに……」


 リタは唇をかみしめて悔しさに震えてから、再び話し始めた。だが、そうして話し始めれば抑えが利かなくなったのだろう。一度開いてしまった口からは、それまで溜めていたものを吐き出すかのように、感情に染まった言葉が出てきた。


「私だって、もっと幸せになりたかった! もっと違う未来を進みたかった! もっと普通の人みたいに生きて、普通に恋をして、子供を産んで、好きな人とずっと一緒にいて、それで……」


 今までのような不細工な笑顔でも、悔しげにしながらも諦めたような表情でもない。心の底から悔しくて、悲しくて、話すことすら辛く感じるほど今にも泣き出してしまいそうな顔。


「それで……一緒に笑っていたかった」


 この言葉こそが、聖女として生きてきたリタという少女の本心である。

 そう疑いようもないほどの姿がそこにはあった。


「そうか。でもそれは無理な話。ありえない未来だな。お前はここで死ぬ。誰からも惜しまれることなく、泥と悪意に塗れてこんな薄暗い穴蔵で一人ぼっちでのおしまいだ」


 ツー、っと静かに涙をこぼしながら、リタは緩く首を振った。

 言葉はない。だが、その動作がリタの意思を物語っている。


「おい、貴様! もうおしゃべりはおしまいだ!」


 ならば、と口を開こうとしたところで、邪魔が入った。


「あ? 黙ってろっつったろ──」

「ふっ、貴様が悠長に訳のわからない話をしている間に、準備は整えた」


 邪魔をするなと言っておいたはずなのに騒ぎ出した馬鹿どもへと振り返ると、綺麗に並んで守りを固めている奴らの姿があった。

 そしてその奥には、再び聖女を神器へと変える儀式を行なっている馬鹿ども。


「い……や……。いや、です……。死にたくない。こんなところで、こんな死に方で終わるなんて…………いやだ」


 ろくに動かすこともできず、力加減もできないはずの腕を伸ばし、俺の腕を掴んで——


「だれか……助けてよ」


 ……そらみろ。それがお前の本心だろうが。それに、人形が涙なんて流すかよ。お前は『人間』だ


「さて、それじゃあもういいか」

『聞きたいことは聞けたのか?』

「ああ。もう十分だ」

『まったく。面倒な性分をしているものだな。助ける気があるのだから、初めから理由付けなどせずとも身勝手に助けてしまえば良いものを』


 そうは言うが、助けて欲しいと言われてないのに個人の事情に介入するのは違うだろ。

 助けたいと思って、もしかしたら相手は助けてほしくないかもしれない。本気で死ぬことを望んでいるかもしれない。死ぬことを望んでいなかったとしても、生きたいと願わず、助けたとしても人形としてただ呆然としているだけかもしれない。


 本来、『人工聖人』って奴らは意思がない人形みたいなものなんだ。常に笑顔を浮かべ、教会の教えという名の規則を守り、与えられた命令を忠実にこなすだけのお人形。

 そんな奴らを助けたところで、意味なんてない。


 だが、こいつは……リタはそうではなかった。まだ聖女となる前の記憶が残っているからなのか、こいつだけはお人形ではなくちゃんとした『人間』だった。

 だからこそ、俺はこいつに問いに来たのだ。生きたいのか、と。


「悪いが……いや、別に悪いとは思っちゃいないが、とりあえずそこを退いてもらうぞ」


 そう言いながら教会の連中へと向き合い、腰に帯びていた剣に手をかける。


「助けるつもりはないと言っていたはずだが?」

「ああ。こいつを助けるつもりなんざねえ。今まで付きまとってきて邪魔しまくってきたこいつを助ける義理もねえ」


 教会に所属している上に、こっちに鬱陶しく絡んでくるようなやつなんて助けるような義理はない。

 しかも、それが聖女なんて厄介事の種ともなれば尚更だ。


「なら、どういうつもりだ?」

「簡単な話だ。俺はこいつを助けねえ。ただ、俺の都合で動いた結果、こいつが勝手に助かるだけだ」


 リタを助けたいから助けるのではなく、困っている『人』がいたから助けにきた。それだけの話だ。元聖騎士としては、なんとも〝らしい〟理由だとは思わないか?


 義理があるから助けるわけではない。思惑があるから助けるわけではない。

 ただ、ここで助けないのは気に入らなかった。俺が気持ちよく生きるために必要だから、助けられてもらうんだ。


『本当に、虚飾に相応しい者だな。上っ面を取り繕い、本心を隠す。いざ実行する段階でも何重にも言い訳を用意し、予防線を張る。ただ一言、助けたいのだと言うだけで解決することだというのに』


 ——お前に言われたかねえよ、嘘つきサンドラ。


『なんだと! 私は嘘つきなどではないぞ! ただちょっと真実から外れてしまうことがあるだけだ!』


 それを世間では嘘つきと言うんじゃねえのかね? まあ、どうでもいいけど。


「そのような戯言を! やれ! 聖女は気にするな。死体となっても利用することはできる! あの男を殺すのだ! 」


 その合図で、整列していた祈り子達から一斉に魔法が放たれ、狭い洞窟の中を炎が照らし、埋め尽くした。


「おら、呑み込め駄剣」

『駄剣とはなんだ! 私は素晴らしい剣だろうが! 見よ、私の美しさを!』


 この場面で美しさなんて関係ねえだろうが。しかもその美しさって他人から剥ぎ取った虚飾の力の輝きだろ?


 いや、別にそれをどうこう言うつもりはねえけど、とりあえず今はさっさと力を使えよ。


「クロッサンドラ。——『虚飾を剥ぎ取れ』」

『ぬぐむぅ……後で話があるから覚えておけ!』


 ──キイイイイイィィィイイ!


 クロッサンドラの負け惜しみの言葉の直後、聖剣が輝き出し、俺たちめがけて放たれていた炎が消え去った。


 あと数秒で俺たちに着弾していたと思うとかなりギリギリだったし、なんだったら熱を感じたくらいだったが、まあ綺麗に消すことができたんだったらそれでいい。


「はぁ。アホのせいでギリギリになったじゃねえか」

『アホではないわ! そなたが私のことを駄剣などと言うから——』

「なっ!? なにっ……なにをした!」


 クロッサンドラの喚き声を遮るように、今度は司教と呼ばれた男が喚き出した。

 正直言って敵であるこいつに話す必要なんて全くないんだが、まあいいか。後ろにいるリタも気になってるだろうしな。


「これは、周囲にある『虚飾』を全て呑み込み。その分だけ力を増す剣だ。お前らがいうところの『浄魔の聖剣』だな」


『虚飾』なんて名前が気に入らなかったのか、『浄魔』なんて名前をつけていたみたいだ。クロッサンドラはその名前を気に入っていなかったけどな。曰く「私は奴らのために敵を浄化する存在などではない」だそうだ。

 まあ、奴らのやったことを思えばその考えには納得できるが。


「ばかな! それは失われた神器の——! まさか、貴様は聖騎士スカブラ!」

「自分たちで指名手配した相手の顔くらい覚えておけよ」


 聖剣を使わなきゃ思い出せないくらいじゃ、手配書出してる意味ねえだろ。ちょっと格好が変わっただけでわからなくなってどうするよ。


「なぜここにいる!」

「そりゃあさっきも言っただろうが。ただの人助けだ。聖騎士らしいだろ?」

「貴様はもう聖騎士などではない!」

「さっき俺のことを聖騎士って呼んだのは誰だよ。まあ、どうでもいいけどな。俺としても聖騎士なんて道化はお断りだ」


 教会の裏事情を知らずに聖女なんてお人形を守るだけの道化なんて、やりたくもない。


「お前達は俺にこの聖剣を使って聖人の浄化をしてほしかったようだが、せっかくだ。ここでやってやるよ。お前達のお望み通りな」


 元々教会が俺に聖剣を与えたのは、聖人の内に溜まった瘴気を取り除いて欲しいからだった。実際、最初の頃はそんな仕事もしていた。

 まあ結局、やっているうちにクロッサンドラが現れて教会の実態を知って持ち逃げすることになったが。

 だがまあ、俺に与えられた仕事ではあるんだ。せっかくこうして教会の奴らと会えたわけだし、最後にもう一度お仕事をしてやろうじゃねえの。

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