第8話リタ・クランツです

「なんだ、まだなんかあんのか? コールデルに戻る護衛なんてしねえからな」

「それは残念ですがそうではありません。あなたはこれから宿を探されるのではありませんか?」

「まあ、そうだな」

「でしたら、教会にお泊りください。助けていただいたのですから、お部屋くらいご用意させていただきます」


 ……教会に泊まれだあ〜?


「信者でもねえのにか? 遠慮させてもらうわ。教会なんてクソみてえな場所、金を貰ったって泊まりたかねえよ」


 こちとら伊達に教会に隔意を持ってるわけじゃねえんだ。俺が教会に滞在するなんて、もし万が一があったらどうする。俺のことを知ってるやつに遭遇でもしたら、その場で殺し合いになる可能性はなかなかに高いぞ。


 まあ、こいつは俺が以前に何をしたのか、教会との間にどんな確執があるのかを知らないから言ってるんだろうがな。そもそもこいつに俺の身の上話をしたことがないのだから当然だと言える。俺の立場を知っていて泊まってけなんて言ったのであれば、図太いどころの話ではないな。


「それじゃあ、あんたも次は気をつけろよ。また賊に襲われた時、運良く助かるなんてことがあると思うなよ」


 そう言って今度こそ、と思ったのだがまたしても呼び止められてしまった。今度はなんなんだよ、ったく。


「リタです」

「は?」

「私の名前は、リタ・クランツです」

「……知ってるが?」


 なんだいきなり。自己紹介か? でもそんなのは一週間前に終わらせただろうに……


「はい。ですが、リンドさんは一度も私の名前を読んでくださらなかったので。せめて最後に一度くらいは呼んでいただけないものかと思いまして」


 ……まあ、そうかもな。思い返してみれば呼んだことなかった気がするし、なんだったら心の中で呼ぶ時だって〝聖女〟としか呼んでなかった気がする。

 でも、そんなのどうでも良くないか? たとえ自己紹介して名乗りあったとしても、その名前を呼ぶかどうかは個々によるだろ。呼び止めてまでして改めて名乗る必要あるか?


「その程度で止めたのかよ」

「その程度ではありませんよ。人と人の関係は名前を呼び合うことで成立します。お互いの名前を呼ばないままでは本当の意味で親しくなることはできませんし、理解しあうこともできません」


 まあ、言ってることは理解できる。なんとも聖女様らしい素晴らしいお考えだ。こっちのことをこれっぽっちも考えてないことを除けばな。

 正しい考えなのかもしれないが、それを他人に押し付けようとするなよ。


「親しくなりたくねえから呼んでなかったんだけどな」

「ですが、私はリンドさんと親しくなりたいと思っています」

「俺と親しく、ねえ。そりゃ、男女の仲って意味でとらえていいのか?」

「だん、じょの……? ……! ち、違います! そういう意味じゃないです!」


 思った以上に耐性がないようだ。軽い冗談で口にした言葉に、予想外に反応している。


「冗談だっての。もっと落ち着いとけ、聖女様」

「むう……」


 揶揄われたことがそれほど気に入らなかったのか、聖女は口を小さく突き出して不満げな表情を見せている。


 しかし、これ以上絡まれても面倒だな。仕方ない。


「なんにしても、俺は教会なんぞに泊まるつもりはねえよ。じゃあな、リタ・クランツ」


 名前を呼んでやるくらいしてやるから、だからこれ以上俺に関わろうとしないでくれよ、〝聖女様〟。


『よかったのか? あの娘から離れて』


 だが、そうして聖女から……リタから離れたところでクロッサンドラが話しかけてきた。


「あ? 良いも何も、悪いことなんてあったか?」

『そなたはあの娘んことを気に入っていたのではないのか? だからこそ先ほど男女の仲で、などと問うたのだろう?』


 こいつは何を言ってんだ? 冗談とそうでないものの区別がつかないのか? それとも、ついに頭でもイカれたか?


「冗談言ってんなよ、耳年増。誰があんな厄介な女を好きになるってんだ。見た目はよかったが、厄介事の塊じゃねえか。それに、哀れなやつを見てるのは趣味じゃねえ。さっさと離れるに決まってんだろ」


 教会そのものが嫌いだから早く離れたかったのは嘘ではない。だがそれに加えて、あんな聖女なんて哀れな存在、見るのだって嫌だった。


『哀れだと思うのであれば、手を差し伸べても良いのではないか?』

「あいつ一人を助けたとして、他の奴らはどうする。結局は何も変わらないさ。だったら、俺があいつを助ける意味なんてどこにもありゃしねえ。俺は無駄なことはしない主義なんだよ」


 あの〝聖女〟を一人助けたところで、他が助けられなきゃ意味がない。そんな無駄なことをし教会に目をつけられるよりは、たった一人を見捨てて逃げ延びた方が利口ってもんだ。


『だが、あの娘にとっては決して無駄ではない。少なくとも、あの娘は助かることができる』

「……」

『それに、そなた自身の心も——』


 黙ってろ、悪霊。


「おい。……もういいだろ。もうあいつと会うこともねえんだ。今更考えたって意味ねえ。それとも、今から教会に戻れってか? 自分の身を危険に晒して?」

『……』


 俺が反論するとクロッサンドラは何も言い返さず、ただまっすぐ俺のことを見つめてきた。


「行くぞ。宿を探さなきゃなんねえんだ」


 だが、そんなクロッサンドラの視線を無視し、もう俺には関係のないことだと自分に言い聞かせながら、宿を探すために歩き出した。

 その様子は、クロッサンドラからすればまるで教会から……あの聖女から逃げるかのようにも見えたかもしれない。だがそれは違う。そうではない。他ならない俺自身がそう言ってるんだから、違うに決まってる。

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