第7話ようやくの到着

「……次の街まででいいんだったらな」

「はい。それで問題ありません」

『そなたも大概お人好しだな』


 うるせえ。俺だって自分のやってることが馬鹿馬鹿しいって思ってんだよ。

 けど、ここで放り出したらこいつ本当に一人ででも旅を続けるだろ。そうなればまた賊かなんかに襲われるかもしれないし、魔物に食われることになるかもしれない。それを防ぐことができる状況にいるのに見逃すのは、なんつーか……嫌だろ。


「リタ・クランツです。教会所属の巡礼師で、聖女の役を賜っております。これからよろしくお願いしますね」

「リンドだ。街に着くまでの短い間だが、せいぜい面倒は起こさないでくれよ」


 だが、きっとこの聖女様は面倒ごとを起こすんだろうな、なんて予感がしてならない。

 まあとにかく、あまり下手なことをさせないでお客様としてついてきてもらおう。何かさせて余計な問題を起こされても困るからな。

 ついでに、できる限り人の気配には近寄らず、道中にある村も避けるか。面倒だし手のかかる旅になるが、結果的にそうした方が楽にいきそうな気がする。

 手をかける分金をふんだくってやるから覚悟しとけ、クソッタレ聖女様よお。


「ふう。よかっ——わきゃっ!」


 護衛を得られたことで安堵したのか、聖女がホッと息を吐いたその瞬間。何をどう間違えたのか、派手に転びそうになり、手をワタワタと振り回しながらバランスを取ろうとしているが、結局失敗し、尻から盛大に転ぶこととなった。直後——


 バギンッ。そんな聞きなれない硬質な音が響いた。


「え、えへへ……」


 聖女は自身の尻を覗き込むように顔を下に向けてから、再び正面の俺へと顔を戻して何かを誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。

 だが、そんな笑いで誤魔化されると思ってんのかよ?


「……おい。尻からすごい音がしたが、怪我はねえのか?」


 多分金属の何か……あの場所にあったものから考えると、賊から奪ってまとめておいた剣あたりだろうか? それが壊れたんだと思う。んだが、金属の剣が折れるって……尻圧でか?


「お、お尻からではなく、お尻の下からですっ!」

「どっちでも変わんねえだろ」

「違います。とっても違います。女性を相手にするのであれば、表現には気をつけられた方がいいかと思います」

『そうだぞ。お前とて、お前の服が臭いと言われるのと、お前自身が臭いと言われるのではだいぶ違うだろう?』


 お前は関係ないだろうに、出てくるんじゃねえよ悪霊。

 聖女の抗議に合わせてクロッサンドラが話しかけてくることで、やかましさは二倍となったが、体感的には十倍くらいに鬱陶しいと感じる。


「どっちにしても気にしねえけどな。まあそれよりも、尻の下から金属が割れるような音がしたが、尻は平気か?」


 普通は尻の下敷きになっただけで金属の剣は折れないんだが、折れてしまった以上は仕方がない。なら考えるべきは怪我をしているかどうかだ。普通なら金属のものが折れたら破片で怪我をしそうなものだが、どうなんだ? すでに普通では起こり得ないことが起こってるんだし、怪我がなくても驚きはしないが……


「あ、はい。大丈夫です。お尻は……ちょっと痛かったですけど、怪我はないと思います」

「流石に尻を見せろとは言えねえし、まあ自分でなんとかしろ」


 怪我の確認には直接患部を見た方がいいが、流石に女に尻を見せろとは言えない。


「そ、そうですね。流石に、お尻を見せるのは、私もちょっと恥ずかしいですし……だ、大丈夫でふ!」


 俺に尻を見せている後継でも想像したのか、聖女は両手で尻を押さえて俺から距離を取ろうとひょこひょこと歩いているが、なんかその歩き方だとすげえ気になるな。


「……本当に大丈夫なのか? 街まで着いた時にそうやって尻を押さえながら歩かれると困るんだが?」

「だ、大丈夫です。一週間もあればきっと痛みは消えてるはずですからっ」


 本当だな? もし街についてもそんな歩き方するようだったら、悪いが少し距離を取らせてもらうぞ?


 ——◆◇◆◇——


『さて、ようやくシュルミッドに着いたな』

「ああ。長かった……」

『本当にな』


 クロッサンドラからかけられた言葉に、万感の思いを込めて返事をする。

 ただ旅をするだけで何を大袈裟なと思うかもしれないが、実際にここまできた俺としては大袈裟でもなんでもないのだ。


 聖女が同行者に加わってからおよそ一週間。まあ予定通りの日程だったと言ってもいいのだが、予定通りだったのはあくまでも日程だけで考えた場合だ。その内容は決して俺たちが当初想像していたものとは違っていた。


 人と大して遭遇することもなかったってのにこの聖女、厄介ごとばかりを引き起こすのだ。本人に何かやってやろうというつもりは無いのだろうし、見てた感じだと全て単なる事故だと、仕方ない、そういうこともあるだろうと流せるようなことばかりだ。それが|一つだけだったのなら(・・・・・・・・・・)だが。


 要はこの聖女、クソほどドジだったのだ。


 旅の途中、本来であれば起こらなくても良いような事故が幾度となく発生し、その度にこっちにも被害が出た。小川に落ちて水がかかったり、焚き火に水をこぼして消火したりな。せっかく作った飯をぶちまけられた時は流石にキレそうになったが、本人がこれでもかと言うくらい謝罪をしている上、わざとではないのだとわかっているだけに対応に困る。

 厄介なのは戦闘中にはどうしてかドジを起こさないから、注意以上に怒ることもできない。


 そんな日々が続き、今日で一週間。ようやく街まで着くことができた。これでこのクソッタレ聖女ともおさらばできる。


「? どうかされましたか?」

「ここまで随分と疲れたもんだと思ってただけだ」

「そうですね。やはり二人だけで街を移動するというのは大変ですね。私たちでこうなのですから、一般の方々はそれこそ命懸けでしょう。できることならばどうにかして差し上げたいのですが……」

「そっちはどうでもいいっての。そうじゃねえよ、ったく……」

「そうじゃない、とはいったい……?」


 こいつ、本気でわかってないのか? いや、そうか。普段からあんなドジが行われていて、もはやドジをするのが日常なのだとすれば、今回の旅が特段大変だったという訳でもないのか。


 そのことを察すると、俺はハアとため息を吐き出してから聖女へと答える。


「俺が疲れてんのは、あんたのドジのせいだよ。なんで戦闘の時はまともなのに、それ以外の時はあんなマヌケを晒してんだ」

「そ、その件に関しましては、ご迷惑をおかけいたしました。で、ですが、あなたのおかげで無事にこの街まで辿り着くことができました。心よりの感謝を申し上げます」


 旅の間に何度もドジってる姿を見せたことを思い出したのか、聖女は照れたように頬を赤くして謝罪を口にし、そのすぐ後に今度は感謝を述べてきた。

 だが、別に感謝なんて欲しくはない。突発的なものだったとはいえ、今回のこれは傭兵として受けた護衛依頼だ。報酬さえもらえれば、それに勝る感謝などない。


「そんなくだらないもんより、金を寄越せ。まとめて支払ってくれるんだろ?」


 護衛依頼に、正規の方法ではなく緊急時の依頼として料金をプラス。それに加えて賊達を連れてきた場合の報酬金を加えると、まあなかなかの額になるな。本当にこいつに払えるんだろうか? 聖女は名声という意味ではこの世界でも有数のものだが、その資産はたかが知れてるはずだが……


「はい、それはもちろんです。では教会に向かいましょう」

「教会ね……」

「どうかされましたか?」

「いや、なんでもねえ。さっさと行くぞ。一レットたりとも譲らねえからな」


 あまり教会に近寄りたくはないんだが、この場合は仕方ないか。ここで逃げ出すのは明らかにおかしいし、余計な疑いを持たれる。だったら最初っから素直についていき、仕事として報酬を受け取って終わりにした方がいいだろう。


「これがお約束の報酬です」


 そんなわけで、イヤイヤながらも素直に教会に行くことにしたのだが、思っていた以上に何事もなかった。

 まあそうか。これが普通だよな。ただ立ち寄っただけで何か問題が起こるなんて、そうそうあることじゃない。このクソッタレな聖女のせいで何か起こると思っていたが、何も起こらないのが普通なんだ。


 あとはこの金を受け取って、こいつと別れてそれでおしまいだ。


「そうか。それじゃあな」

「あ、待ってください!」


 だが、そう思って背を向けたところで呼び止められてしまった。

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