第9話他者に尽くす者

 

 ——◆◇◆◇——


 適当に街を歩きながら宿を探し、良さそうなところを見つけて部屋を取ると、すぐに部屋に向かってベッドに横になる。荷物なんて大したものが入ってないので部屋の隅に放り投げておしまいだ。

 旅をしたまま汚れた状態で倒れたのでベッドが汚れているだろうが、まあ大丈夫だろ。多少の汚れならクロッサンドラでどうにかできる。便利でいいわ、ほんと。もっとも、その便利さの代償に厄介な悪霊に取り憑かれることになるのだが、それはもう受け入れるしかない。


「はあ……久しぶりに厄介な奴に遭遇したな」


 今回の旅について思い返していると、自然とそんな言葉が漏れてきた。


『関わると決めたのはそなたであろうに』

「あんな面倒な奴だとは思わなかったんだよ。なんだよあの聖女様は」


 リタ・クランツ。あの女は俺の知っている聖女とはだいぶ離れている。普通の聖女はもっと大人しい、自分から意見を言うことはあまりなく、あったとしてもこちらが封じ込め用とすれば簡単に黙るようなやつばかりだ。

 そもそも、普通の聖女は教会の意向に逆らってあんなところに一人で行ったりはしない。


 多分、聖女としての〝教育〟が甘かった、あるいは、教育を施されても消えないほどの願いや思いがあったんだろうが、どっちにしても今回関わることになった俺にとっては面倒なことこの上なかった。


『聖女の名に相応しい娘であったな』

「それは褒めてんのか? それとも、皮肉を言ってるのか?」

『どちらでもあり、どちらでもないと言ったところだな。それよりも、そなたはあの娘を見ていて、接していて、何も感じなかったのか?』

「何を感じろってんだよ。本気で恋をしろとでも言うつもりかよ?」


 クロッサンドラの問いに大して冗談めかして返すが、もし本当にそうだと言われたら笑うぞ。

 だが、クロッサンドラの答えは笑う余地なんてないものだった。


『教会に対してだ。あの娘を通して、教会に対する未練の類は——』

「クロッサンドラ」


 まだ話している途中だったが、鋭く冷たくなった声でクロッサンドラの名前を呼び、強制的に言葉を止める。


 俺が言いたいことを理解したのだろう。クロッサンドラは、申し訳なさそうな顔をしつつ俺のことを見つめ、スッと視線を逸らした。


 なんでクロッサンドラがそんな反応をしているのか、わからない訳ではない。むしろ、よくわかっているくらいだ。それこそ、嫌と言うほどにな。


 嫌な沈黙が部屋に訪れてから数十秒ほどが経ち、静かに口を開いた。


「……確かに、思うところがないわけじゃないさ。だが、俺にはもう関係ないことだ。俺は、もう聖騎士なんかじゃない。むしろ、教会の意に逆らった反逆者だ」


 そう。俺も昔は教会所属の聖騎士だった。それも、単なるヒラの騎士ではなく、そこそこの地位についていた……いわば聖騎士団のエースとでも言える立場だった。だからこそ、俺はこんな曰くありげで厄介事を呼び込むような輝く剣を受け取ったのだ。


 この剣。正式名称は『神器・虚飾の聖剣』という、神器なのに聖剣なのかという微妙な名前がつけられている剣ではあるが、その価値、能力は本物だ。

 人の罪の分類である虚飾。その名を冠した剣である事から察することができるだろうが、能力もその名前に準じたものとなっている。


 人の本質、根源といった部分以外のもの——簡単にいってしまえば〝嘘〟を剥がしとり、吸収する事で輝きを増す剣。それがこの虚飾の聖剣だ。

 他人の嘘で自分を飾って美しく見せるなんて、虚飾なんてこれ以上ないくらいに相応しい名前だよな。


 だがそれでも聖剣——神器であることに間違いはなく、教会でも一部の者にだけ貸与されていたわけだが……相性が良すぎたんだろうな。厄介な亡霊まで見えるようになってしまった。


 それ以来、俺の考え方や在り方というのは変わっていき、ついには教会と反目して脱走したというわけだ。


 今の俺からしてみれば、教会で聖騎士なんて名乗って喜んで教会のために働いていただなんて、黒歴史でしかない。教会のことを誇らしく思っていた過去が恨めしい。


『だが、そなたが教会に逆らったのは、私のせいであろう? 今からでも戻ることは——』

「二度目だ。止めろ。三度目はないぞ」


 またも余計なことを言おうとしたクロッサンドラの言葉を咎めるように遮り、黙らせる。

 確かにクロッサンドラなんて存在を見ることができなければ、俺は今もこのクソッタレな聖剣を振るって教会に尽くしていただろう。


 だが、クロッサンドラに出会えてよかったと思っている。でなければ、今の俺は存在していないわけだしな。

 それに、もし出会えずあのまま教会のために生きていたかも知れないと思うと……ゾッとする。


『……そうか』

「そうだ。……それよりも、明日の予定について話すぞ。明日は朝から依頼を見に行く」


 教会に関する話はこれで終わりだと言うように、多少強引ではあるが話を切り替える。

 そんな俺の意図を察して、クロッサンドラは一度だけ大きく息を吐き出すと、やれやれとでも言うかのように肩をすくめた。


『なんだ。もう仕事か? 街に着いたばかりなのだから、しばしは休めばよかろうに』

「そんなことしてみろ。あの聖女様に遭遇するかもしれねえだろ。この街に用があってきたって言ってたが、話を聞く限りしばらくはここに留まる類の用事だ。顔を合わせないようにするにはよその町に移るか、街の外での仕事をするかだ。どっちにしても確認をしなけりゃ話にならねえ」

『ふむ。確かにそうかもしれないが……あの娘のことだ。街の外に出ていく可能性もあるのではないか? 聖女の元々の役割は瘴気の浄化だ。この辺りは瘴気の気配が感じられる。この感じだと、もしかしたら《闇》となっているやも知れんな。あの娘が浄化に向かってもおかしくはないぞ』


 確かに、その可能性はあるだろう。聖女の仕事の一つとして、自然発生した瘴気や《闇》の浄化がある。あの聖女がその瘴気について感じ取れば、街の外に出ていく可能性は考えられるし、その先で俺と遭遇する可能性も考えられる。

 だがしかし、だ。


「だとしても、流石に一人で向かうことはしないはずだ」


 《闇》周囲に存在している死体を取り込み、融合させ、新たな生命体として野に放つ。そうして生まれた生命体を〝生きている〟と言っていいのかわからないが、ともかく生き物のように行動し、他の生物を喰らう化け物である。

 発生しているのが《闇》ではなく瘴気だったとしても同じだ。正気を取り込んだ生物は本来の姿から変異し、化物へと変わる。

 瘴気と《闇》から生まれたものの違いなど、複数の素材を使ったか単一の素材から生まれたかの違いでしかない。

 そんな化け物が存在しているかも知れないのだ。流石にあの聖女も、危険があると分かりきっている瘴気の元へと一人で向かうことはしないはずだ。


 だが、ここで問題が一つ存在している。


「その場合、通常であれば教会の戦力を使うことになるが、この街にそんな戦力があるとは思えない」


 聖女を守るための聖騎士団だが、その聖騎士団は置いてある場所と置いてない場所が存在している。この街には教会はあれど聖騎士団は存在していなかったはずだ。少なくとも、俺が知っている限りでは。俺が出ていった以降に配置換えがあったり、偶々偶然演習や遠征としてこの街にいなければ、あの聖女も教会の戦力を使うことはできない。


「となれば、傭兵を雇うわけだが、依頼を出して受理されるまでに二日はかかる。緊急で押し通せば数時間で手配できるが、あの聖女様のことだ。真っ当な手順で依頼をするだろう。その依頼が出たかどうかを確認する意味でも、傭兵として仕事を受けに行った方がいいんだよ」


 たとえ瘴気の気配を感じたとしても、戦力が必要だということは理解できるだろうし、その戦力を集めるためといえど横紙やぶりをすることを良しとはしないはずだ。少なくとも、これまでの一週間で観察した限りでは、あの聖女は緊急時以外はしっかりとルールを守るタイプだったからな。


『依頼を出したらすぐにわかるように、か。まあ、そなたがそれでいいと言うのであれば、私は構わん。どうせ、私は見ているだけなのだからな』

「随分気楽なこって。お前が羨ましいよ」


 こいつ自身が自主的に何かをすることはできず、ただ依代である聖剣にくっついてくるだけで、つまりは政権の持ち主である俺についてくるだけだ。不満があったとしても自分から離れていくことはできないが、その分どうすればいいのか、なんて悩む必要がないのだから楽だとも言える。


『しかし、〝リタ〟か……。親はわかっていてつけたのかそうでないのか。なんにしても、因果な名だな』


 話が一段落ついたところで、クロッサンドラが呟いたのだが、何か問題でもあるのだろうか?


「なんだ。あの名前何か意味があったのか?」

『私の時代の言葉で、他者に尽くすことを意味する。そんな名を持った者が聖女とは……』

「他者に尽くす、ね……はっ。しかも聖女なんて道化の名前がそれだとは、なんともおあつらえ向きな名前じゃねえの。まるで、世界そのものから〝そうであれ〟とでも言われてるかのような、哀れな女だよ、本当に」


 あいつの……聖女の生まれを考えると、哀れとしか言えない。名前も体も暮らしも指名も、全部が全部あいつを哀れに思わせる材料だ。


『本人は自身に求められている意味など理解していないだろうがな。きっと、死ぬ直前まで理解できないままであろう』

「……」


 ともすれば、死んでも理解できないだろうな。何せ、クロッサンドラが言っている言語というのは、かなり昔……それこそ数百年単位でのことだ。普通に生きているだけじゃまず知ることのない言語。その言葉の意味がわかるわけがない。


 ……だが、聖女か。きっとあいつは死ぬまで誰かを助けることを強制され続けるんだろうな。名前の意味どころか、自分が聖女となった理由すら知ることなく。


『どうした? 助けたくなったのか?』

「バカ言うなよ。飯を食いに行くだけだっての。行くぞ、ほら」


 顔を覗き込んでくるクロッサンドラを片手で払いのけ、あの聖女のことを忘れるために頭を振ってから部屋の外へと歩き出した。

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