34話 終章前 そして彼は(2)

 スミラギに引きずられていったトム・サリファンを、つい目で追いかけたロイ達が、扉を閉めてベッドへと向かった。全員が何かしら、頬や首、制服から覗いた手などに絆創膏や包帯を巻いている状態だった。


 サードは色々と聞かされたばかりで、魔術的な契約をされたから生きている、という状況についても、まだ頭の中で状況整理が追い付かないでいた。


「おい、会計。その魔術回路ってのは『主従契約』とかいうやつのか?」

「うん、獣人にやるものを、半悪魔用に改良してみたんだ。初めての試みだから、しばらくは様子を見ながら調整していく必要があるかもしれない。まっ、こうして『皇帝』のもとであれば、生きられると分かって良かったよ」


 そう言って、ユーリスがにっこりと笑った。


 不穏な言葉が聞こえたような気がして、サードは込み上げる嫌な予感に顔を引き攣らせた。てっきり『主従契約』の相手は、戦闘魔術師のユーリス辺りだろうと思っていたからだ。


「…………おい、一つ聞いていいか?」

「何?」

「これ、誰と魔術回路で繋がってんの」


 きっぱり尋ねてやろうと思っていたのに、推測された人物を思い浮かべたら、なんとも『風紀委員長』らしくない情けない声が出た。


 思い返せば、先程スミラギが『膨大な魔力を持っている一族がいる』と言っていたが、自分ではほとんど使わないと人物だと話していた。そして、魔法を使うユーリスは、『皇帝のもとで生きられる』と口にしたのだ。


 とてもつなく嫌な可能性が脳裏に浮かんだ。まさか嘘だよな、と見つめ返せば、ユーリスが爽やかな笑顔を浮かべてこう言ってきた。


「そんなの、ロイ君に決まってるじゃない。知らなかった? 『皇帝』一族は、代々無限の魔力生産機なんだよ。無限に魔力を生み続けるから、彼らであれば軍事用魔法具の一斉展開も可能なんだ。だから聖軍事機関のトップがやれるんだよ」


 サードは、くらりとして「まさかの会長かよ……」と呟いた。


 すると、ベッドのそばに立ったロイが、その美貌にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。その後ろで可愛らしいエミルが視線を寄越し、レオンがそんな彼を見下ろして見つめ合う。


「これからは『忠犬』として、俺のそばで立派に頑張れ」

「黙れ、ぶっ飛ばすぞ」


 こんなのとずっと一緒の未来とか、今は想像したくない。


 そもそも半悪魔体であると知られたのに、引き続き風紀委員長として学生生活が続くとすると、学園内の状況も非常に気になる。あの視線は、どう悪化しているのだろう、と想像すると気が重い。


 半悪魔は、嫌われて当然の存在だ。これまでの『サード・サリファン』の設定ですら批判が強かったのだから、もしや突然の事態に自分の意見を出せなかっただけで、より反風紀委員長派の風が強まっているのでは……?


 そう考えていると、エミルがロイの後ろからひょっこり顔を覗かせてきた。


「サリファン君、眉間に深い皺が出来てるよ?」

「放っておいてくれ、会長補佐……。ちなみに、あの日から何日経った?」

「四日と少しだよ」


 その分に溜まっているだろう風紀委員会の仕事を考えると、リュー達の苦労を思って申し訳なさで胃はギリギリする。その大半が、自分のせいだと考えると余計に頭も痛くなった。


 はたして例の批判意見書は、どれくらい山になっているのか。理事長も今の風紀委員会の現状を知っているのであれば、とっとと新しい風紀委員長を立てる方が、効率的だと思わなかったのだろうか?


 サードは、考えながらげんなりと窓の方へ顔を向けた。そのまま歩み寄ってきたユーリスが、手を伸ばす。


「ちょっと調べるから、手に触るねぇ」


 そう声を掛けられて「え」と思った。返事をする前には手を取られてしまっていて、サードは触れられた熱に驚いてギクリとした。


 先程まで力なくベッドの上に置かれていた手に、急に力が入った事に気付いたユーリスが、「どうしたの?」と首を傾げた。


「いや、別になんでも……」

「そう? 魔術回路が安定し始めているか中を探るから、ちょっと違和感があるかも――あ。サード君は魔法の素質がないんだっけ」

「まぁ、そういうのは全然ないから分からねぇと思う……。つか、俺、どのくらいで復帰出来そうなんだ? 引き続き風紀やれってスミラギにも言われたし、あまり休みたくないんだが」


 すると、そばにいたソーマが「すぐには無理だと思いますよ」と控えめに言った。


「ユーリス先輩が魔術回路を作った時、刺激された悪魔細胞が活発化して、一時的にその反応を抑え込んだらしいんです。だから、しばらくはいつもみたいに早く完治しないんじゃないかって、外から来た研究員の人達が話しているのを聞きました」

「でも、もう表面の傷は塞がってるんだぜ?」


 身体の半分は、悪魔細胞で出来ているのだ。元々持っている治癒能力は、通常の人間とは根本的に性能や速さが違っている。


 その時、ユーリスが苦い笑みを浮かべ手を離し、サードの意見を肯定するように「うん、魔術回路は安定しつつあるね。さすがに早いや」と口にした。


「サード君なら、数日内の復帰も可能だろうね。スミラギ先生にも、本人が大丈夫だと言うのなら学園生活をスタートさせると言っていたし、剣で損傷した箇所も、恐らく一週間くらいでは完治にしちゃうと思うよ。まっ、それにサード君の事だから、大人しくしていられないでしょ――ってリュー君が言ってた」

「あの野郎。後でシめる」


 最近、風紀部員は、結構好き勝手物を言ってくる気がする。これまで必要以上に話す事もなかったのに、業務休憩が始まってからは「手伝えることはありませんか?」と気軽に顔を出したり、サードの前で雑談を繰り広げたりしていた。


 すると、ソーマが慌てて「リュー先輩を怒らないであげてください」と言った。


「リュー先輩は、サリファン先輩の事を一番に心配していたんです。全校生徒が集まった話し合いでも、先輩がどんなに頑張っているかを、他の部員の人達と一緒になって説明していました。サリファン先輩の身体が『丈夫』だと聞かされても、『人体実験をやっていた組織側の言葉なんて信用ならない』『委員長は自分たちが守る!』って、警備にあたっている守衛と取っ組み合ったくらいなんですよ」


 サードは、つい「は……?」と間の抜けた声を上げてしまった。ソーマの話で思い出したように、レオンが「そうでしたね」と相槌を打ってこう続けてきた。


「そういえば、そんな事もありましたね。あなたがこちらに運ばれた日に、風紀委員会が守衛と取っ組みあいました。そんな事が二度、三度と続いた結果、彼らはついに交代制で守衛を見張るという、まるで目的を見失った行動に出ました」


 レオンが銀縁眼鏡を押し上げ、実に不可解ですと言う。


 この部屋がある廊下は、現在立ち入りが制限されている。今まさに、廊下の入口に立つ守衛を、風紀委員会の部員が二人一組で正面から見張っている状況であるのだとか。


「何やってんだあいつら」

「私が知るわけがないでしょう。なぜ部屋でなく、守衛を見張るのですか?」

「いやいやいや、俺に訊くなよ」


 サードは、レオンに間髪いれず言い返した。


 なぜ風紀部員たちが、そのような結論に達したのか分からない。睨みつけられるように始終見張られては、守衛も大変困っている事だろう。


 その光景を想像して「なんだかなぁ」と呟いた。自分達の仕事をしているだけの衛兵を思い浮かべて「迷惑かけてごめん」と思っていると、レオンが鼻を慣らして腰に手をあてた。


「そういう事ですので、とっとと復帰されてください。それに風紀委員会で回らなかった分の書類がうちに回ってきて、そちらについても大変迷惑しています」

「……あのさ、俺、見ての通りこんな状況じゃん? 仕事の件に関してはさ、風紀委員長の座を誰かに交代してくれれば、問題ない話だったんじゃねぇかなって思うんだけど」

「引き続き『あなた』が風紀委員長であると、理事長と全生徒、全教師の話し合いで決定しています。諦めなさい」


 チクショー、どれだけ俺の事が嫌いなんだこの辛辣眼鏡は。


 ズバズバと言い聞かされたサードは、頭を抱えたくなった。しかし、悪魔との戦いの中で、彼がそこまで自分を嫌っていないと気付かされた事も思い出していた。


 いつも迷惑を掛けてくる、他の生徒会メンバーにしてもそうだ。彼らは一度だって、こちらの存在を無視したり、排除するような行動や態度に出た事はなかった。いつも正面から『風紀委員長サード・サリファン』と向き合った。

 

 変な奴らだ。放っておいてくれと言っても、距離感も置かず同じ学園に通う生徒として当たり前ように接してきた。それが、いつも慣れなくて――


 だからいつの間にか、兵器としてではなく一人の学生として、学園(ここ)で学生生活を送っている自分がいた。


 まぁ少しなら、面倒にも目を瞑って付き合ってやっていいのかもしれない。本当に少しだけ、そう思えるほどに今のサードは気分が良かった。


「で、調子はどうなんだ、『風紀委員長』?」


 ロイが、意地の悪い笑みを浮かべてそう訊いてきた。


 なんだか取り繕うのも馬鹿らしくなって、サードは嬉しい半面、困っていると打ち明けるように、素の柔かい苦笑を浮かべて見せた。


「体中痛ぇし、自由に動かせない大変さってのが身に染みてる。これまで食欲も感じなかったのに、起きた時から、ずっと腹が減って仕方がないんだぜ? 『人間』って、すげぇ不便だよなぁ」

「それにしては、なんだか嬉しそうだよ~? 肩の荷が下りたのもあるけど、すごく生き生きしているみたいに見えるもの」


 エミルがにっこりと笑う。


 すっかりお見通しらしい。こちらを見つめる全員が、どこか平和な笑みを口許に浮かべていて、サードもいつものように不機嫌な振りも出来ずに笑ってしまった。


「うん。なんか、今の方が『生きてる』なって感じがする」

「そうか。なら、いい」


 ふっと笑うような吐息をこぼしたロイが、そう言って踵を返すと「またな」と後ろ手を振ってあっさり告げた。その後ろに、レオン達が続く。


 サードは、彼らが揃って部屋を出て行くのを見送った。

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