33話 終章前 そして彼は(1)下

 チクショー余計に頭が痛い、と口の中でぶつぶつ言うサードに構わず、スミラギは自分のペースで勝手に話を続けた。


「どうしてそのような魔術契約をしようと至ったか、について詳細を説明しますと、私は悪魔も魔物と同じ生物に分類されると考えました。そして、あなた方(がた)が短命であるのは、遺伝子レベルで細胞同士が拒絶反応を起こしているというより、悪魔細胞が栄養を補給するために、残されている人間部分から『エネルギーを摂取しているせいではないか』という推測を立てたのです」

「エネルギーって?」

「悪魔は人間の魂を食べ、魔物は人間の肉を糧とします。しかし半悪魔は、本能的に求める悪魔の血肉を口にしようとも延命出来ません。事実、あなた以外の半悪魔体に関しては、培養された悪魔の血の投与が始まって早々に、身体が壊れて死んでいます」


 サードは、よく分からなくて顔を顰めた。いつの間にか泣き止んだトム・サリファンが、鼻をすすってそのやりとりを静かに見守っている。


「あなたは十四歳まで、唯一身体の劣化が見られなかった、優秀な実験体だと記録にありました。そこに何かしら理由があるのではないかと考えた私は、更に深く調べ、十四歳までにあなたが殺した者の中に、魔力を持った人間が多く混じっている事を発見したのです」

「魔力……?」


 魔法は使えずとも、当人も知らないまま、微力ながら魔力を持っている人間も結構いるとは聞いた。けれど、それがどう関係してくるというのだろうか?


 サードが問うような目を向けると、スミラギはこう説明を続けた。


「半悪魔体は、魔物と同様に魔力を持ちません。現時点で確認されている魔力持ちは、人間と悪魔だけです。しかし、長命である大物級の魔物は、生き血から魔力を摂取し蓄え、延命効果を得ている事が分かっています」


 そこで、と言ってスミラギは人差し指を立てた。


「もし、魔物から悪魔へと転じる条件が、体内にある魔力の生産と消費のバランスが取れるよう進化した結果、だとしたらという仮説を立てると、完成された半悪魔体に足りないのは、生産される分のエネルギー、すなわち魔力となる訳です」

「うーん、なんか一気に難しくなってきたな……。じゃあ、魔力が持てるような半悪魔体を作れば良かったんじゃないのか?」

「既にそれは不可能であると、一昔前に長い年月をかけて行われた実験で分かっています。半悪魔は、どうやったとしても魔力を持てないのです」


 スミラギが、話を先に進めてもいいか、というようにして僅かに片眉を引き上げて見せた。機嫌が低下し始めている気付いたサードは、条件反射でひとまず口を閉じる。


「つまり外部からでも、必要な分の魔力が悪魔細胞に行き渡れば、問題は解決するのではと私は考えました。『主従契約』は主人の魔力回路を獣人へ繋ぎ、もし暴れ出した場合、魔力適正がない獣人を黙らせるため、魔力を流してショック状態を起こさせるものです。それを逆手に取って応用し『常に解放状態の魔力回路を作って』、あなたに繋げる事にしたのですよ」


 こうしている今も、常に魔力が与え続けられているのだとか。


 もし、スミラギの推測があたっているとしたのなら、こうしている今も、自分の中の悪魔細胞は魔力を食い続けているという事になる。サードは気掛かりになって、遠慮がちな声で「あのさ」と言って質問してみた。


「俺、誰かの魔力を知らずもらい続けているって事だろ? 魔力って、なくなったりしないのか?」

「当然消費しますよ。普通の人間であれば数日ともちません。けれど安心なさい。生まれながらに魔力を無尽蔵に生産し続け、自分ではほとんど消費しないために垂れ流し状態という、まさにあなたにぴったりの人間が、この世界に一族分だけ存在していますから」


 脳裏を過ぎったのは、戦闘魔術師として優秀だというユーリスの存在だ。けれどサードは、それよりも序盤からずっと気になっていた点を尋ねる事にした。


「あの、さ……そもそも『主従』って事は、何かしら行動の制限とかあったりするわけ……?」

「魔法の繋がりですので、基本的に離れていても問題はないとされています。しかし、半悪魔体に魔力回路を繋げる、というのはこれまで前例がないため、しばらくは目の届く範囲内にいる事をおすすめします」


 そう説明したスミラギが、そこで思い出したかのようにこう言った。


「ああ、それから。唯一生存が確認されている半悪魔であるあなたは、私が引き続き、教育係を担当する事が決まりました」

「そういえば俺って、危険な兵器だもんな。つまり引き続き、スミラギが『監視』するってわけだろ?」


 長生き出来るようになったとはいえ、自分が本来であれば処分されなければならない半悪魔体(そんざい)である事は知っている。そして、危険な兵器という事実に変わりはないのだ。


 すると、スミラギが訝って眉を寄せた。


「国は、『唯一精神欠陥も見られない成功した半悪魔体』であるあなたを、処分しない事を約束し、様子を見る事を決定しました。これから、あなたは正式にサリファン子爵に養子として迎えられ、引き続き私が指導係にあたります」

「じゃあ、俺はあの屋敷に戻ればいいのか?」


 唯一精神欠陥がない、という言葉には疑問を覚えたが、よく分からなくて一旦頭の片隅にどかす事にした。これから、どうしたらいいのかを確認すべくそう質問する。


 そうしたら、トム・サリファンが鼻をすすって、どこか偉そうに「ふふんっ」と腕を組んだ。


「あの屋敷は別邸の一つだ。王都に本邸があるから、住居はそこに移す。信頼のおける使用人ばかりだから、必要なものは色々と教えてくれるだろう」

「ふうん。じゃあ俺、そこで下働きをすればいいのか?」

「は……?」

「力仕事なら得意だぜ。引越しなら、家具の搬入も俺がやった方が早いだろ?」


 トム・サリファンが、間の抜けた人形のようにポカンと口を開けている。サードは不思議に思って、続けてこう確認してみた。


「つまり養子設定で、衣食住の面倒をみるってやつなんだろ?」


 すると、その様子を見ていたスミラギが、なんとも言えない表情を浮かべた。


「理解が十分ではないようですね。いいですか、この件に関しては『月食の悪魔』の歴史だけでなく、国が『処分』の一つで隠蔽しようとしていた事実についても、理事長が生徒たちに公表しています。いくつかの詳細については、国王陛下と『皇帝』との取引で伏せてはいますが」

「公表ねぇ……。そういえば、次の風紀委員長は誰になったんだ?」

「あなたは馬鹿ですか? なぜ理事長が先に、二回に分けて『説明』を行い、国を牽制したと思っているのですか」


 だから、それが何、とサードは怪訝な表情を返す。


 やや苛々したスミラギが、少し低い声を出して「よくお聞きなさい」と言って腕を組んだ。


「『サード・サリファン』は、悪魔を確実に仕留めるため、実験と訓練によって仕上げられた半悪魔体である、と理事長は生徒たちに真っ先暴露しました。――寿命に関しては伏せ、『最後は国から隠蔽のため自害するような魔術を埋め込まれて学園に送られていた』、という設定になっていますが」

「は?」


 国家機密であった半悪魔について、『学園の全員に』ほとんどを公表したのだ、とサードは遅れて理解した。しばし、呆気に取られて言葉も出て来ない。


「その説明のもと、理事長は生徒たちに一晩考えるよう促しました。その後日に、国から派遣された証人官を前に、あなたの在籍に関してどうするべきか話し合いが行われました。国側からも代表者が寄越され、退学になったとしても『サード・サリファン』は、国がきちんと引き取り、その『戦闘能力の活かされる相応しい場』に送る予定でいる、と、生徒たちに取ってつけたような説明を行ったわけです」


 そこでスミラギは、サードが首を捻って呻っている様子を確認し、額に小さく青筋を立てた。


「あなた、ちゃんと理解出来ていますか?」

「えぇと、国の人間も交えて、学園の全員で大会議が行われたって事だよな? まぁ、反対する奴は多かっただろうなぁって――で、次の風紀委員長はリューなのか?」


 もういいやと思って、サードは考えるのをやめて問う。


 その途端、スミラギが心底残念そうに首を振った。


「はぁ、あなたがここまで馬鹿だとは思いませんでした。『サード・サリファン』について話し合われた結果、全員一致で、あなたは学園に残る事が決定しました。あなたは引き続き学園で過ごし、風紀委員長として、仕事を変わらずこなしてください。以上です」

「はぁああああああ!?」


 サードは、思わずベッドから飛び起きた。またしても例の激痛に襲われてしまい「ぐぉぉぉ」と悶絶したものの、どうにか上体を起こして、スミラギを食い入るように見つめ返した。


「待て待て待てッ、本気か? 半悪魔だぞ? いくら一年と少しココでやれていたからって、あっさり信用するとか駄目だろ。ここは本来俺が通うような場所でもないし、他にもっと活かせる場所とか――」

「あなたには『もっと能力を活かせる場所に向かわせるためにも』、まずは学園を卒業してもらわなければならないのですよ」


 スミラギは、ぴしゃりと言ってのけた。


「暗躍して頂くよりも、前線で戦ってもらった方が、千人力なのは目に見えています。秘密結社に所属していた多くの研究員たちが、あなたに異常性がないという事を示すデータ結果と、保護を求めた意見書を提出し国王と『皇帝』が受理し、それを認めて直接指示を出されました。ですので人権も与えられ、身の安全についても既に保証されています」


 人権が認められるとは思っていなかったので、サードは目を丸くした。学園で行われた話し合いで、『全員一致で』風紀委員長として残る事になったという結果についても、まさかという驚きしかない。


 一眠りしていた間に色々と起こった事について、こうして一気に聞かされて、何がなんやらと頭がパンクしそうだ。


 意識を失う直前に、屋上にいた生徒会メンバーの誰かと『主従契約』がされたという件も大変気になるが、ここを卒業したうえで『前線で堂々と戦える』ようするというルートについては、一つしか思い浮かばなくて、サードは「おい、スミラギ?」と顔を引き攣らせた。


「……まさか、俺を『聖軍事機関に入れるために』、ここの卒業資格が必要とかいうわけじゃねぇよな……?」

「そのまさかです。生徒会の人間と同じように、既に『次代皇帝』の幹部として決定しているようですよ、おめでとうございます」

「全然有り難くねぇぇぇええええ!」


 叫んだ拍子に腹部に激痛が走り、サードは「ぐはっ」と腹を押さえた。その動きだけでも全身が軋むように痛み、ほんの少し前まで痛みに平気だった自分を思って、そして――



「これからも、よろしくおねがいしますね、サード」



 そう続けられたスミラギの言葉に、それまで次々に語られた内容を思い返して『生きていていいのか』という、言葉にならない実感が込み上げて、なぜか胸のあたりがきゅぅっと痛くなった。


 もっと沢山この世界を見て、知らないものを知っていけて。仲良くなっていたリューや、風紀部員たちをと一緒に風紀委員会の仕事で走り回れる……?


 なら俺は、この眩しい世界を、もう少し見ていていいのか。


 なぜか、悲しくもないのに涙が出そうになった。思わず表情を隠そうとして視線を落としたら、トム・サリファンが怪訝な表情を浮かべて、ちょっと心配そうにこちらを覗き込んできた。


「どうした、珍しい表情だな?」

「……無理やり起きたこの体勢だと、背中とかすごく痛ぇなと思って。いちいち、あちこち軋むし、喉乾くのに水も飲みにくいし」


 思い付いた言葉を口にしたら、なんだか下手くそな言い訳みたいな台詞になった。それなのに、途端にトム・サリファンが「任せておけ」と言って、こちらの上体を抱え起こし、丁寧に背中にクッションを敷きつめて傾斜をつけてくれた。


 触れてきたトム・サリファンから、服越しでも分かるほど熱い体温が伝わってきて、サードはもっと泣きそうになった。思わず「あったかいな……」と呟いたら、彼が小さく苦笑して「当然だろう」と言ってきた。


「温度感覚も戻ったらしいからな。これで舌も火傷しないで済むだろう。今度、川の水が、どれだけ冷たいのか教えてやる」

「サリファン子爵、川に投げ入れる予定は夏まで取っておいてください。むしろ、今回はかなり迷惑を被ったので、私が二人とも投げ入れて差し上げます」


 スミラギが、殺気を込めて予告した。ふと、絶対零度の雰囲気を消してサードを真っすぐ見た。


「あなたも、そのへんにいる子供と同じです。トム・サリファンという口煩い親に叱られて、私という家庭教師に教育指導を受けて、立派な軍人となればいいのですよ」

「聖軍事機関の軍人っていう響きが嫌だ……。あのさ、他の選択肢は……?」

「他に希望があれば、いつでも伺いましょう?」


 スミラギの目が意地悪そうに、けれど僅かに優しく細められる。


 それ以外を知らないのだから、今の自分には何も答えられるはずがない。未来も希望も、想像した事すらないと知っている教育係を見つめ返したサードは、つい顔を顰めてしまう。


「意地悪だなぁ」

「残念ながら、私は優しくありませんので」


 そう言うと、スミラギはこう言葉を続けた。


「何か欲しいものがあれば、用意させましょう。サリファン子爵、こうしてサードが起きたのですから、約束通り帰ってください。こちらに苦情が殺到していますので、温厚な私の堪忍袋もそろそろ切れそうです」

「う、うむ……。しかしだな」

「早く帰ってください」


 スミラギは、迷うトム・サリファンにきっぱりと言ってのけた。渋る彼に帰りに促しながら、サードへ目を戻す。


「『背中が痛い』『水が飲みにくい』の他に、何かありますか?」

「…………言っても、怒らない……?」

「別に怒りませんよ。病人は、動けないのが『普通』なのですから」


 さあ、どうぞ、とスミラギが言う。


 けれどサードは、これまで経験がなかったものだから、なんだか恥ずかしいような気がして、すぐに答えられなかった。向けられている二人の視線に対して、ぎこちなく目をそらすと、それからようやく「あの、さ」と呟いた。


「………………すっげぇ腹が減って、『空腹』なんだよ」

「そうかっ。じゃあ私が作――」


 トム・サリファンがそう切り出した時、多くの足音と共に扉が勢い良く開かれた。


 今度はなんだとそちらに目を向けたサードは、そこに見知った顔ぶれを見付けて「マジかよ」と項垂れた。正直、弱っている今の状態では会いたくなかった。


「サード君、目が覚めて良かったよ! 俺が作った新しいタイプの魔術回路、半分以上オリジナルで構築したんだけど、従来より性能も安定感もバッチリでさ。俺って天才すぎるっていうか、すごくない?」


 ユーリスが、共に訪ねてきた生徒会メンバーの中から、真っ先に主張してそう言ってきた。先に入っていた二人の大人に気付くと、ようやく一旦口を閉じる。


 視線を返したスミラギが、「あまり居座らないように」と少年組に忠告し、いまだ嫌がっているトム・サリファンを引っ張って先に部屋を出ていった。

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