第52話 告白

 八月に入り、毎日見て来た光景。さっきまで海中に引きずられていたとは思えないほどの微笑の中、雪花は不意に、その海中でサワが言ってくれたことを思い出していた。それがどれほど雪花の心にまとわりついていたぬめりのある感情を洗い流してくれたことか。

しかし、それがもう終わる。サワが海に帰るのだ。

「「あの!」」

 謙吾、雪花同時に閑話休題を切り出す。雪花は驚いてもう一つ同じ言葉を告げた謙吾をまじまじと見てから、

「どうぞ……」

 主導権を謙吾に渡った。

「沖水、さっき聞いたな。感情の名前のこと」

 体を雪花の正面にして、顔だけを沖水に向けた。

「ええ。なんでした?」

「それをこれから答える」

 雪花の顔を見つめ、

「雪花、あのさ」

「はい、なんでしょう?」

 そこまで聞いて謙吾は一つ大きく息を吸ってから吐き出した。

「俺には彼女という人がいたことがあるけど、こういう気持ちになったことはこれまでの記憶にはない」

「謙吾くん?」

「雪花」

「はい」

 名を呼ばれ、気を付け状態に背筋を伸ばす。さすが体育系部活をしていただけあって、整然とした直立である。

 “バグンッ バグンッ”

「俺は波野雪花に恋していますッ」

 謙吾の前の湯沸かし器が瞬間沸騰した。

「だから……」

「ちょ、ちょっと、ストップ」

 心臓に手を当てて深く呼吸を二度する。跳躍種目は短距離と練習をしても、長距離部門とは練習しなかったためだろうか、過呼吸寸前である。

「急だったか、皆の前で告るってのもどうかなんだけど、俺あんま得意じゃないから……気分悪くしたなら……」

「そうじゃないの、そうじゃないのよ。あのね、返事というか、その先というか、それは私に言わせてください」

「いや……」

「そうするって決めたから」

 雪花の視線が一瞬サワに流れた。それに気づいたのは、サワと沖水だった。謙吾はテンパっていてそんな余裕がない。

「じゃあ、どうぞ」

 雪花は深くもう一度呼吸をする。鼓動がスタートダッシュして疾走し、

「私も、龍宮謙吾くんをまって《とっても》好きなのんや。だから、私を彼女にしてくれん」

「喜んで」

「北信越大会より緊張したー」

 ゴールテープを切った。雪花は胸に手を当てている。頬はまだ赤いまま。笑顔が燦々としている。

謙吾の顔にもやりきった感が満ちている。

「端から見ると、恥ずいな、これは」

「そうね。あなたの意見に今だけ同意するわ」

 傍観者達の感想に、ぎこちなく言葉になっていない発声をするが、まるで意味をなしていない。

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