第51話 サワが龍宮家の前にいた理由
「寛大な処置に感謝しなさい」
「分かっている。せいぜいこき使われるさ」
ぶっきらぼうを通り越してふてくされた。
「安心してください、謙吾さん、波野さん。ああ見えても、あいつは稀有な秀才なんです。あちらとしてもみすみす消すのは得策でないと結論付けたのでしょう」
二人の耳元でヒソヒソ話風な姿勢だが、全然声は通常ボリュームなので、
「聞こえてるぞ! 秀才なのではない。偉才なのだ!」
「あ~あ? 奇才の間違いじゃねえのか?」
「ケンゴよ、実に嘆かわしい。私の数々の傑作を目の当たりにしておきながら、そのような言葉遊びをこの期に及んでするなどとは、本当に人類と言うのは……」
「それで、サワさんの自宅って?」
サワの話しを折ったのは、謙吾でも沖水でもなく雪花だった。
「ユキカよ、お前まで……。話しは最後まで聞くものだと、父母・祖父母・曾祖父母、あるいは親類縁者に至るまで……」
「龍宮城ですよ。そいつの実家」
沖水による大暴露が地上の若人二人を止めた。謙吾も雪花も聞いたことがあるその単語をオウム返しに半疑問の口調で反復した。
「貴様、何を余計なことを。ケンゴよ、それにユキカよ。そやつの言うことなど……」
図星が慌てている。どうやら秘密にしておきたかったらしい。なおも沖水はうっぷんを晴らすように暴露を続ける。自らの口でサワを評して「秀才」と言ったことにいたたまれなかったのだろう。
「本当はここへ着任する前に実家に寄るようにと言われていたようです。確かあなた『同胞達がどの国に行っても困らぬよう地上の文字認識と発話に役立つプログラムを』うんたらかんたらと、以前に言っていたわよね。あなたのことだから、あのイルカ型のスーツに行き先をインプットしておいたのでしょうが、それが何をどうしたのか、謙吾さんの家の前まで来ることになって」
そう言われ思い出す謙吾。イルカの姿で謙吾の苗字を聞いた時の反応。人間の姿で初めて現れた時、謙吾宅の前で立ち尽くしていたサワ。閃きが訪れる。
「あれはもしかして表札見てたのか?」
素知らぬ方を見て、鳴らない口笛を吹くサワ。
「龍宮城行く予定で、龍宮家って」
すっかりあきれる謙吾。
「謙吾さん、やっぱりポンコツでしょ?」
深々と同意の首肯をする。
「ちょっと待て。龍宮城が実家ってさ……」
「もしかしてサワさんて、乙姫さんの……」
「子孫ですよ。もちろん」
朝礼で起立を促された在校生のスピードの三倍は速く謙吾と雪花は立ちあがった。沖水もゆっくりと腰を上げる。
「だから、貴様はいらんことを」
「てことは何か? 乙姫って人魚だってわけ? 日本の昔話で、金髪て……。いや待て。浦島太郎の話しっていつできたんだっけ?」
「たしか室町時代とか。『御伽草子』に載ってるって日本史の先生言ってたから……」
「てことは何か? 六〇〇年も前から姿を変える術を使っていたってことか? おい、ここに来てるってことは龍宮城とかはこの近くなのか?」
受験生として習った知識がここに来て、現前の生物として存在していることに興奮気味になる。あの気体の生命とやらを従者と呼んでいたのも、あながち言い過ぎではないと今更ながらに思える。
「そんなこと言えるわけがなかろう。しかしな、ケンゴよ、賞賛を含んでいるその表情良いではないか。痛感したであろう。私達の技術力の秀でている点をな。それとだな、あのカメはご先祖が作られた……」
一転した謙吾の評価に快くしたようだが、
「いや、それならお前の中途半端な、真似しようと思って失敗したような古風のしゃべり方の理由も納得だわ」
この言葉によってサワの不快指数の方が強くなる。
「失礼だな。よいか、ケンゴよ。さっきの続きだがな、カメだけでなく、ケンゴ達が知っているであろう鯛やヒラメもな、あれも……」
「その有名で優秀な方のご子孫なのに、実家に帰れず、業務遂行する羽目になったというわけ。しかも正体がばれて」
「うるさい。万事解決したのだから、それで良かろう」
サワの不快指数を上げることに関しては謙吾以上の沖水に、イライラで短文にしか反論できないサワ。
「乙姫の子孫なのに、バレて泡にされそうになったってわけか」
「仕方なかろう。私達の社会の仕組みと生体的資質なのだから。けれど、それを克服する方法を開発中なのだ」
「だから、お前は条件付きで消されない訳なんだな」
「感心感心。ケンゴよ、その顔をしていればいいものを。お前は何かにつけ言い方が……」
「人間の社会や体質が変わっているのと同じなんだね」
再びサワの話の腰を粉砕する雪花。しかしそれが的外れではないからサワも
「高い所から飛び降りて捻挫する猫や腰痛の金魚のようなものだな」
例えとしてはまったく的外れであるため
「それ違うだろ」
謙吾による通常運転のツッコミである。
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