第49話 沖水の思い

 じっとそれを窺っていた沖水滴。海の中であの生物を見失った理由が釈然とできないでした。だけれども、妙に落ち着かないのはそればかりではなくなっていた。

 ふと彼女に

 ――私……

 体の奥から浮かび上がってくる一つの思いがあった。

 口が動き出したなら、その口元に手を当てていただろう。

 つぶやきそうになったそれを言うのを「怖い」とさえ思えた。

 今夏までは普通の人らしくあろうとしていた。クラスでは大人しく、目立たぬようにふるまい、自分の能力を惜しみなく使おうなんて思わなかった。

 謙吾と接触するようになり、自身が能力を使っても、つまりは人間らしくないとしても、そのありのままを認めてくれることに、ほっとした思いを何度となくしてきた。だから、いつのまにか、能力を使うことに躊躇が無くなっていた。

 ここに至ってそれがあまりにも人間とかけ離れていることを実感せざるを得なかった。サワが使うテクノロジーの、地上における驚嘆性と同じくらいに自身の能力の異端性。   

 ――私が普通の人間だったら

 それを言ってしまったら、今いるこの自分がいなくなってしまう気がした。

 ――私は人間ではないというのに……

生物の世界にはすみわけがある。それは互いに干渉しないということ。サワの文明にはサワの文明の。沖水自身の世界には、それ相応の。ルールというと堅苦しい。が、それを超えることはいわば内政干渉。今でもそう沖水は思うし、そう習ってきた。それは地上に接触するときも同じだった。

 ――私は普通の人でないから、謙吾さんの力になることができたのに……皮肉なものね。これも世界なのね

 沖水は謙吾の前で幾度となく、いかんなく力を行使していた、自分の手をまじまじと見つめてから、力を込めて握った。その瞳を潤ませながら。

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