第48話 サワによるご説明

「もう何でも言ってもいいぜ。というより、言ってくれ。そうせんと、もう全然腑に落ちん 結局お前は何しに来たんだよ、ホントは。校外学習てのは違うんだろ」

 謙吾に言われ、サワの表情が平常の艶を取り戻した。

「よかろう。そこに座るが良い。語ってやろう」

 謙吾は雪花と顔を見合わせて、やれやれと言った具合に砂浜に腰を下ろした。沖水もここは何も言わずに座った。

「違うわけではない。それも目的の一つということだ。今回はどちらかと言えば、回収もあったと言うだけだ。あのコブダイを巨大化させたバクテリアをな」

 巨大コブダイ。その原因が高倍率になってコサワ画面に映し出されている。

「あのおっきいコブダイさんは寄生されて大きくなったんだ」

 生物の授業を復習する雪花。

「まあ、そう考えておけば理解しやすいだろう。正確には違うがな。さらに正確に言うと、バクテリアとは違うんだが、ケンゴ達にも分かりやすいように言うと、バクテリアだ。本当は違うのだぞ。けれど、ほら人間というのは……」

「いいから続けろ」

 咳払いを一つ。説明を続ける。

 北極圏。その冷たい海の分厚い氷の下で生存していた生命達。ところが氷が徐々に溶け始めたこともあり、氷下にいた何種類かの生物が移動し始めた。

「ケンゴ達に分かり易いように言えば、ウィルスとかバクテリアとかも拡散し出した。しかし、違うのだぞ、本当は。ウィルスやバクテリアと言ったのは……」

 長くなりそうなので、謙吾が目で制す。

海中の衛生施設が以前から観察を行なっていたが、ウィルス達の活動が急速過ぎて、対策が遅れた。当然海洋の秩序を守るために調査と保護が行われることになり、集計してみると結構な拡散をしているというのが判明した。

「私にも話が回って来たのだ。私はシステムなんかの開発が専門なのにな、戦略立案まですることになった」

「どうりでそんな便利な道具作れるわけだ」

「ようやく褒めたか、ケンゴよ。いいか、存分に見ておくのだ。人間というものがな……」

「いいから、先」

 もう一度咳払い。先に進む。

「迅速な行動が必要と踏んだ私は、これを作った」

 右耳のピアスに触れる。瞬時に謙吾達の横にはイルカ登場=サワ人間態消失。今度はその背からサワ本人が人間態で出てきた。

「いかにすごいかケンゴにも分かるだろ。こうして理由を知ればなおさら」

「分かったから、それ片付けてくれ」

コサワをタップしてから左耳のピアスに触れると、イルカは瞬く間に霞んで消えた。

「これのおかげで移動が楽になったんだ」

「海なんだから、泳げよ」

「人間だって、歩かずに自動車や新幹線に乗るであろう。それに一度北極圏まで行って現地調査しなければならなかった。どっちにしろ、私はこの島に来なければならなかったからな。そこからここまでというのは、想像がつくだろ? 移動手段を確保する必要があったのだ」

「てかよ。お前、人魚ならそんなもん要らねぇだろ。俺はてっきりイルカにも文明があって、人間と言語でコミュニケーションできたり、人間の姿に変身できるくらいの技術力があったりって、イルカの知能半端ねぇと思ってたんだぞ。さっきだって、なんでイルカなのに、上半身人間で、下半身魚になってんのかなって。海の中ならイルカで泳げばいいだろうにって、混乱してたんだ」

「浅はかだなぁ、ケンゴは。私がいつイルカだと言明した。話しをよく聞かんからだぞ」

「お前が何も言わねぇからだろうが!」

「違いないな、その点に関しては。まあ、正体は言えんからな」

 咳払い三度目。

 サワが自分を救助したイルカだと告白したことがある。今にして思えば、それはあまりに正直すぎた。しかし、目的が本当の姿を隠すためともなれば、イルカだとした方が良かったのだろう。あの告白の後、サワは

「その方が、都合がいい」

みたいなことを言っていた。その真意がようやく理解できる。

「システム開発を不眠不休で行っていた私としては、休息を取りつつ当地へ向かえるように、自動操縦に切り替えていたのだ。そしたら、完全に熟睡してしまっていた」

「居眠り運転じゃねぇかよ!」

「空腹でちょうど目を覚ました時、ケンゴがいたのだ。アホ面をしてな」

「早朝に玄関前にイルカがいたら、誰だってビビるわ! あ? お前なんで家、てか陸に上がってたんだ?」

「自動操縦の誤作動かな……」

 視線を逸らして小声で答える。

「お前な……」

「それでだ! 情報解析のために歩いていたらケンゴの学校に着いて、様子を窺っていたら、アカリ教諭に会ったという訳だ。

 それとだな、ケンゴよ。コブダイを巨大化させたバクテリアも、通常は今回のようなことはなかったのだ。けれどな、調べてみたら、そりゃあ確かに変質するわなということが分かった。海水温の上昇と、海中の酸素濃度や二酸化炭素濃度の変化だ。この辺りは深海も表層と同じくらいの酸素量のはずだったが、その酸素量も減ってきている。その一方で二酸化炭素濃度は濃くなっている。それにpHの値も、まだ弱アルカリのままだが、酸性に傾きつつある。それらで冷たい海にいたあの生命は変化したのだ。その影響もあったのだろうな、深海生物の行動異常も引き起こしていたからな。あ、今の各種用語もケンゴ達が理解しやすいようにわざわざこちらの言語に合わせてやったのだ」

 早口なサワに、雪花は少しキョトンとした表情を浮かべている。他方は、どことなく理解できている関心を示している。

「寄生で巨大化なんてなってたら、食物連鎖の結果、形質変化したっておかしくないこともあるわけだ」

 謙吾の頭に呼び起される、この夏に目撃した奇怪な生命像達。それらは謙吾の前に立ちふさがり、それらを退けなければ、雪花を助けることは出来ない状況だった。けれど、謙吾はふと思い直した。

「適応……ってことか?」

「ケンゴが言いたいことは分かる。適応とは言い難いがな。まあ、今後も研究を進めるさ。そうすれば、いずれ分かるだろうよ」

「お前達でも分からんものを、俺達が分かる訳はないか。お前だって、人間は……とか言う割に即行で攻撃してたな」

 ――だとしたら、あの触手攻撃もコミュニケーションを取ろうとしていたのかも……なのか?

 心の内は見えなくても、人はそれを聞くことができる。言葉によって。しかし、それは裏を返せば言葉に頼らなければ心の有り様は分からないということでもある。あるいは言葉なくとも意図をつかむ工夫をしなければならない。謙吾はいつぞやの和泉の言葉を思い出していた。

「それにしても、校外学習か……嘘だと思ってたが、ま、当たらずとも遠からずな理由だったわけか」

「だろ。それとな、ケンゴよ。私達の先輩達のように定住する、その前段階として短期に校外学習するのは本当なのだ。私のように留学とかホームステイとか言ったり、観光客に紛れたりしてな。あれを回収したわけだし、残りの日程は余暇にでも当てようと思っていたのだがな」

 一通り言い終えると、サワはいつもの傲然とした勢いを鈍らせて黙り込んでしまった。

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