第35話 オープンキャンパスその3

 大学の食堂の広さときたら、謙吾達が通う高校の比ではなく、

「やっぱキャンパス同様にでけぇなあ」

 展望台からの一望かのような洋介の一言は

「でもなんつっても安くてこの量、すばらしいね」

 A定食――とんかつとハンバーグがメインのおかずな定食――にがっつくという行為に変換された。

 食堂には謙吾、雪花、洋介、真澄、サワ、沖水のいつものメンバーが揃い、かつ、

「私がいたら変か?」

 和泉も箸を伸ばしていた。明らかに年齢層が異なることに、食堂内の他校の生徒の誰しもがチラ見をする。

「私はOGだぞ。稀有な目で見られる理由がないだろ」

 ごもっともであった。ならば、「教授とこじゃれたカフェにでも」とは誰も言わない。

「担任が目を光らせておかんと何しでかすか知れんからな。ほら、そこのみたいに」

 丼をかっこむ洋介を指さす。

話しは、午前中に各人が受けた内容へと変わる。各学部とも入試概要や就職あるいは進学については共通な項目だったようだ。

 教育学部は各専修単位での体験実習とかもあったそうで、ここに来ても相変わらず福浦洋介は万能な身体能力をいかんなく発揮していたようで、現役の学科生から部活やサークルの勧誘もされたらしい。

 歯学部は歯の治療の模擬体験もあったらしい。ドリルを握る真澄は嬉々としていたそうだ。歯科医の家を継ぐ以上に、歯好きというのが真澄の進学理由にあり、かつて

「削られていく痛みを堪える表情がたまらないんじゃない」

 Sっ気丸出しに言われ、謙吾は真澄が歯科医になった際には、行くべきか否かを真剣に悩むだろうと引いたことがある。

「大学って違うなあ。やっぱ世界は広いねえ」

 何気なしの洋介の言葉に謙吾の箸が一瞬止まった。しかし、謙吾は何も言おうとはせず、再び箸を進めた。

「何当たり前のこと言ってんのよ」

「だって敷地内にコンビニだってよ」

「あんたね、もっとシステムとか講義とかの話をね……」

「なんか違った?」

 洋介と真澄の軽妙なやり取りの後、

「じゃ、私はまだ用事があるから」

 そう言って残りのお茶を飲み干そうとしている和泉に

「先生は何で来たんですか?」

 工学部の内容を詳細に話すことなく謙吾は矛先を向けた。

「研究の一環と言わなかったか。海中無脊椎生物のデータの洗い直しと資料を見に来たりとな。いろいろあんだよ。じゃ」

 飲み干してそのまま行ってしまった。テーブルの上には食器がそのまま。去っていく際、洋介の肩に手を一旦乗せたというのは、「これはお前が片付けておけ。そうでなければ」という暗黙のシグナルになっていることは誰の目にも明らかではあったが、誰一人として憐れみを彼に向ける者はいなかった。

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