第四章

第33話 オープンキャンパス

 オープンキャンパス。各大学が受験生のために、その学部学科の特色や学生生活などを紹介するイベント。高校生が夏休みに行う大学も多く、謙吾達の志望校である国立津潟大学でも週末を控えたこの日おこなわれることになっていた。

 午前九時半からの受付開始に間に合わせるため、謙吾達は朝五時三〇分に島を出航するフェリーに乗り込んだ。

 勉強会をした先日までの晴天から一転、いつ降り出してもおかしくはない、どんよりと広がる雨雲を、船内には同校や他校の生徒達はまるで気にしている様子はなかった。

 その二等船室に車座になる謙吾達の中で、生徒でもないのに便乗している一人がいた。サワである。勉強会の合間に出た話に興味を持ったのか、

「あやつがケンゴに何するか知れんからな」

 謙吾達と同様にオープンキャンパスに行く沖水への警戒心をさも目的のように語ってはいたが、口調からして雪花達に話した見聞を広げるという建前の方が本音ではないかとうかがえた。つまりは、島外の様相に興味津々というわけである。

 新潟港ターミナルに着船し、駅までの直行バスに乗る。そこからは電車に乗り替えをした。電車という公共交通機関のない島内で生まれ育った雪花、洋介、真澄は、路線図と電光掲示板に頼るよりも、そこは当地に住んでいた謙吾に任せるのに越したことはなかった。サワや沖水は団体後方から大人しくついて来るのみだった。海の中を運行する電車というSFファンタジー世界は想像ができないほどだ。スーパーイルカや半魚人は既にファンタジーではなくリアルになっていた。

 大学には高校生達がそこここにあふれていた。案内をしてくれる私服姿の大学生の中にはプラカードを持っている人もいて、希望の学部の所在が分からない生徒が尋ねている様子もあった。謙吾は工学部、洋介は教育学部、真澄は歯学部、沖水は理学部とてんでバラバラな方向のため、それぞれの学棟の位置を訊いた。サワは構内を散歩するという。

「じゃあまた後でな」

 早朝の便で他にすることが無く、他の生徒や乗客同様に致し方なく眠った二時間半の航行時間で、全くの滋養を与えられた洋介のハイテンションに、雪花は困った顔で謙吾達に手を振った。雪花の志望する新学部は教育学部の棟で行われるため、洋介と行くのは仕方ない。

「私はこっちだから」

 真澄が歩き出し、

「私も行きます」

 沖水も同じ方向へ進んでいった。歯学部と理学部は途中まで道すがら同じになっていた。

「では、私も行くか」

 実はサワの他に生徒でもないのに、もう一人ついて来る人がいた。和泉灯である。教師なのに、引率どころか謙吾達一行の最後尾で、ここまで同行していた。夏物のスーツとパンプス姿という、和泉にしては珍しい出で立ち(本来はこのような姿が教師らしいはずだが、通常の和泉の女っ気のない簡素な出で立ちからすれば、どう見てもまともに映ってしまう)が、フォーマルではないにしろ、それなりの場に赴くことを暗に匂わせていた。和泉灯がこの大学の理学部出身であると、以前話していたことからも、

「ちょっと研究の一環で用事があったのだ」

 との理由もおかしくはないのだが、

 ――何もこんな日に来んでも

 謙吾は、まるで顧問が随伴する部活の遠征な感じがした。

 その和泉も真澄と沖水の後を追って行った。

「俺も行くか」

 オープンキャンパスの華やいだ雰囲気とは違い、謙吾はなんとなく気が重くなっていた。大学に近づけば近づくほどに無性に落ち着かなくなり、眠りが浅かったくらいしかその理由らしい理由を思いつくことができなかった。構内に足を踏み入れると子泣き爺がおぶさってきた感じになった。

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