第28話 帰り道
「さてさて、お待っとさんでございました。第一回走り高跳び対決の景品交換の時間と相成りました」
列の先頭で後ろ歩きをしながらの洋介のハイテンションは、あれだけグランドを縦横無尽に駆けずり回った上に、勝手に勝負事を仕掛けたにもかかわらず、一向に下降をすること知らない。
「やっぱやるのかよ、つっても俺はなあ……何も浮かばんな」
「そうなんだ……」
謙吾の後ろを並んで歩くサワ、真澄の横で消沈する雪花。何も案がないということは、自分に対しての要望が、つまり関係性への刺激を望んでいないことを意味していた。
「じゃあさ」
何も言おうとしない謙吾の代走として、洋介がしゃしゃり出る。
「こいつ、じいさんとばあさんが今いないから飯でも作ってやったら」
「おぃ、何言ってんだよ」
「料理しているとはいえ、男子が作るもんてな、限られてくるだろ。ここはよ、この機会によ、ちょいとご相伴にあずかりゃいんじゃねぇの」
「お前言葉の使い方間違ってないか。第一な、そんな面倒なこと波野はな……」
「私はいいよ!」
鼻を鳴らさんばかりの勢いで、胸の前で両手を強く握る。
「そ、そうなのか。でも、俺なんかに飯作っている暇あったら、勉強した方が……」
振り向くと、
「……そっか」
雪花は萎れていた。
「ユキの志望学科、龍宮君も分かるでしょ。健康やスポーツを学ぶ身に成るなら、健康維持のために栄養のこととかも知っておかなきゃならないでしょ。その一環になるんだから、勉強にならないことはないわよ」
「おー真澄!」
弱った植物が栄養剤を注入され一気に回復。雪花は真澄の手を両手で包んで今にも感涙しそうである。
「そう! 龍宮くん。これも勉強です!」
再びの断言である。
「そ、そうなのか。なら、お願いしようかな。そう言えば波野の弁当っていっつもうまそうだよな」
「ひゃ?」
「あ、悪い。覗いてるわけじゃないんだ。目に入った時にさ、冷凍じゃないなってのが分かるからさ」
開花して、すぐにまたしてもだんまりとしてしまう。
「あ、怒ったか? 悪い」
「あれは怒ってんじゃないの。それにしても、龍宮君の彼女になる人って大変そうよね、そんなとこまで見ているんだから」
真澄が何も言わない雪花の代わりに言うものの、わざと大きな声で言うものだから、その声に肩を強張らせる雪花。
――見ていてくれたんだ
恥ずかしさとうれしさに包まれる雪花であった。
「んじゃあ、明日の勉強会の昼飯は雪花嬢お手製で決まりだな」
「「……」」
もはや洋介の発案の突飛さに謙吾も雪花も言葉がない。
「明日って、お前また急に……」
「いいじゃない、龍宮君。ユキもいいんじゃない? 絶好のタイミングということで」
「……はあ……龍宮君が宜しければ……」
「俺は構わんが」
二人はそう言うしかあるまい。
「はい決定~! んで、今度は雪花嬢の番だな。謙吾にしてもらいたいことな~んだ」
洋介は相変わらず調子のいい感じで振ってくる。
――何でも一つ叶えてもらえる。何にしよう……
その思案で知恵熱を出そうなくらいだ。
眉間にしわを寄せた次の瞬間には、ニヘラと笑い、その次の瞬間にはべそをかいているような顔つきになり、その次の瞬間にはいじらしい素振りをし、また次の瞬間にはしゅんとしているといったように、百面相的に変わる雪花を一同は見ることになり、
「ユキカはどこか病んでいるのか?」
サワが真澄に訊く始末であり、
「いえ、多分、いろんな意味で熱にやられているだけだと思うわ」
と嘆くのみであった。
「あの龍宮くん……」
閃きが正気に戻す。雪花は、前に進み謙吾の横にならんで、決したように告げた。
「私のこと、下の名前で呼び捨てにしてほしいの」
「え? 呼び捨てって」
「何でも一つでしょ。拒否権は無し」
「えっと」
謙吾は周りを見た。洋介は口の前で五指をすぼめてから手を開き「言っちゃえよ」のしぐさを、真澄は指でOKサインを作り、沖水は素知らぬ顔をし、サワは両手を後頭部で組んで空を見ていた。
「じゃあ……、雪花」
女子を名前で呼び捨てにすることに慣れていない謙吾はためらいがちになる。謙吾にとってサワは女子ではない。あくまでイルカの変身がインプットされているから。そもそも彼女から名字だの他の称号を聞いていないということもあるのだが。
「うん。ありがとう」
真っ赤な顔をピチピチと叩いてから、雪花が満面の笑みを湛えた。斜陽がそれを見て恥ずかしがっていた。
「でも、それじゃあ俺の要件とバランスとれないぜ」
「いいの。なんでも、だったでしょ」
「じゃあ、俺も謙吾でいいよ」
「分かった。……け、謙吾くん」
「呼び捨てで……」
遮るように
「いいの、謙吾くんで。いいの、それで」
スキップをするような足取りで謙吾の傍から真澄の横という定位置に戻る。
うつむいたまま頬の熱が周辺まで感じられるようである。
「ま、ユキにしては健闘したんじゃない」
言葉尻だけなら冷たそうに見える真澄の言葉も、その真意は雪花には届いていた。瞳が優しく包むように雪花を見つめていたから。
それを見なくとも彼女には友人の労いが分かった。だから、雪花は静かに一つ頷いた。
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