第27話 クールダウン

 片づけを一同でし、その後のクールダウンのストレッチの時のことだった。

 今回の対決を見ていた後輩の女子生徒が一人、謙吾の横に来た。

「あの、先輩ちょっと聞いてもいいっスか?」

 短髪と日焼けが良く似合う、いかにも体育会系的なノリの女子であった。

「ああ、何だ?」

「先輩って、龍宮謙吾さんですよね?」

「ああ、そうだけど」

「やっぱ、そうかーッ!」

 その後輩が急上昇の興奮で馬鹿でかい声を出した。

「ちょっと、何してるの?」

 その様子に雪花が慌てた様子で近づく。

「じゃ、先輩、自分とストレッチながら話しましょうよ」

「まったく。で、どうしたのよ」

「いや、あのフォームを見て思い出したんスよ。来た時から、かなーって思ってたんスけど、確信が持てなくて。けど、あの跳躍は見間違えたりしませんスよ」

「何を?」

「何をって。あ、そうか。先輩は高校から高跳び始めたんスもんね。自分は中学から高跳びやってんで知ってるんスよ。いや、てか、県内で中学の時、高跳びしてて、龍宮謙吾って名前知らない奴はいないっスよ」

「どういうこと?」

「県のトップレベルの選手だったんすよ、ね、龍宮先輩」

「昔ちょっとやらされていただけだ」

「え~、でも中二で県二位かなんかじゃなかったでしたっけ?」

「俺はただ借り出されていただけだからな」

「あ~でももったいないっスね。中三の時、どうして春の大会でなかったんスか?」

「まあ、いろいろあるさ」

「そうなんスか。でも、また先輩のフォーム見れて良かったっス。あ、でも中二の秋の大会が最後なら一八五じゃなかったでしたっけ? あの時」

「よく覚えているな」

「そりゃ陸上部員ときたら、選手名、大会の場所・天候などはオタク級に記憶してますから。そうでしたよね?」

「ああ、そうだ」

「だったら自己新じゃないですか、カッケ―」

「そりゃどうも」

 謙吾は淡々と身体を伸ばす。

 ――てことは、三年のブランクがあって、久しぶりの跳躍で自己新てこと? しかもスパイク履かないで……

 雪花は驚いて謙吾を見やる。その謙吾がわずかに考え事をするかのような顔つきになった。

 ――そうか。あの時、跳べなかった高さを今、跳べたのか

 “トン トン トン”

 後輩に言われて、再認識した自分の結果だった。その確認が妙に胸の内を熱くした。けれども、謙吾は単に久しぶりに跳躍したから心拍数が上がったくらいにしか理由付けをしなかった。

「で、龍宮先輩」

 タイミングがその感覚から逸らしてくれた。

「何だ?」

「どうでした? 波野先輩の跳躍」

「ちょっと何、聞いてんのよ」

「いいじゃないっスか。うちらにしたら伝説の選手の跳躍を見れたんスよ。その選手がどう見たかって興味あるじゃないっスか」

「いや、今選手じゃねぇし、伝説でもねぇし。ま、そうだな。波野か……綺麗だった」

 刹那にして瞬間湯沸かし器になった雪花は

「な、な、な、な、何を言っているのかな、龍宮くんは」

などと言いつつも、後輩を補助する手に力が入ってしまったようで、

「先輩、痛いです。関節がもう限界の角度に」

「あ、ごめん、変なこと言うから」

「自分、何も言ってないっス。言ったの、龍宮先輩っス」

「でも、ほら私が綺麗だなんてね」

「また先輩、なんか言葉変わってます。てか、ギブっス。ヤバいっス。また関節が」

「ナミノユキカさ~ん」

 参考書を頭に軽く振り下ろされて我に返った雪花は、そうした真澄の

「私、夜に塾なんだけど」

 冷たい視線と「早く切り上げなさいよ」との意を込められた言いに早々に切り上げるしかなかった。

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