第23話 西日が南中の頃よりも刺激的に肌を射すグランド
陸上競技部は各部門――短距離、長距離、跳躍競技、投擲競技に分かれての練習に汗を流していた。
半袖とハーフパンツの体操着姿になった謙吾と洋介は、現役部員の邪魔にならないように、軽くランニングをしてからストレッチのウォームアップをした。終わるや否や洋介は、
「じゃ、俺そこいらに顔出してくる」
短距離やら円盤投げやらハードル競技やらを梯子し出す始末。
謙吾は走り高跳び部門の傍にいた。彼の横にはサワと、事情を聴いて参加を決めたここでも制服姿の沖水が並ぶ。
グランドの端に設置されている用具室からマット、バーを運びながら、一、二年生達は「あれ誰?」的な視線をチラホラと投げかけるものの、
「準備は早くよ。身体を冷まさない」
ティシャツとハーフのレーシングタイツ姿の雪花からの指示で準備を整えていった。
「じゃ、助走の練習」
メニューをただじっと見ているだけではなく、「リズムをもっと気にして」とか「内傾の時にもう少し踏み込んでいいから」とか後輩達へ個々にアドバイスをしている。
「ユキカはこうもアクティブなんだな」
「そうだな。溌剌としているな」
マットの横で普段のクラスとは違う雪花の様子に感想を述べていると、
「じゃ、次クリアリング」
いよいよバーを置いての実践的な跳躍練習となった。バーを低めに設定し、その場で背面跳びをして、跳躍のフォームのチェックをする。後輩達へ「クリアの前には、もっと顎を出していいから」とか「目は閉じない。どこを飛んでいるかを確認しながら」とかのアドバイスを立て続けに送っている。
「すげえな。波野」
「ん? そんなに驚くことか?」
「いや、変わりようじゃなくて。アドバイスが適切だ。よく見てるよ」
「そうか、私は初見だからよく分からんな。ケンゴはよく分かるのだな」
「まあな。ほら、見てろよ。どんな種目か分かるから」
「一本大切に集中して行こう」
との雪花の掛け声で本格的に跳躍練習が始まった。一三〇センチにセットされたバーを女子部員達が順にクリアしていく。
「ああやって駆けて、それからあの横になった棒を跳んでいけばいいのだな」
サワが腕組みをしながら分析にも満たない、ただの状況確認をする。
「まあ、そういうことだ」
「よし」
「よし?」
何が「よし」なのか確認する前にすでにサワは、助走のスタート付近にいる雪花の横に並び、
「私も跳んでみても良いか?」
許可を求めた。そそられる興味に抗う様子など微塵も見せず。
「それはかまわないけど、サワさん。その格好じゃあ……」
いつもどおりに首元のやや緩めのティシャツにデニムのショートパンツ、そしてデッキシューズ。
「大丈夫。動きづらいというわけでもなかろう。それじゃあ」
と言いつつ、一・二年生の一番後ろに並んだ。サワの番になり、屈伸を二度三度してから、バーと正対する。
「え?」
雪花はあっけにとられた。サワはバーに正対すると直線状にダッシュな勢いで助走を始めたのだ。それもさることながら、襟元、袖口、裾がなびき、プラスアルファでたわわに揺れる身体の一部に目を奪われてしまった雪花はハタとしばたたかせて、
「サワさん、それは……」
制止を求めようとしたが、サワはすでに踏み切っており、華麗にも高々と右足をバレエダンサーさながらに上げて、バーへ。
「サワ!」
謙吾はサワの華麗な跳躍に呼びかけたのではなく、
ガシャン。
こうなる事態に対してだった。サワの跳躍は途中で重力の影響をもろに受け、身体の前後に開脚したままバーへ落下。サワは下腹部を押さえて屈み込んでしまった。恥骨殴打のため絶賛悶絶中。
「サワさん、大丈夫?」
駆け寄って肩と腰を擦る雪花に、
「高跳びとは危険な種目なんだな」
涙をいっぱいに浮かべての感想。苦悶を必死に堪えながら。
「わ……私が……ク……連れて行きま……ップ……す」
爆笑を堪えて沖水がサワの傍らから手助けをし、グランド脇の緩やかな傾斜場に作られている階段に向かった。
「いやはや、あいつは……」
驚きも百歩先行く感じである。
「何をどう見ていたら、高跳びのバーをハードル跳びで行こうと思えるのかね。皆、背面跳びだっつうのに」
頭を掻きながらの謙吾の嘆きであった。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろ、沖水が付き添ってんだし。歩けたみたいだし」
「サワさん、もしかして……」
――龍宮くんに、良い所見せようとしたのかな?
「ん? どうかしたか?」
「ううん、何でもない。じゃ、練習再開よ」
三年生の掛け声に、ざわついていた下級生達は威勢のいい声で反応した。
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