第17話 沖水は半魚人だ、そうだ

「―――?」

 無言を通りこした唖然でいまだ理解していないことを伝える。サワと同じようなイルカ変身説はここで脱落。

「いやいや……」

 否定しようとしたが、頭の中では魚の着ぐるみを着た沖水滴が大きく開いた魚の口から顔を出して無言で頭を垂れている姿が浮かんでいた。

 ――いや、これは単なるコスプレだ

 かつて映画かアニメで見た半魚人と呼ばれている生物の格好を思い出し直した。二足歩行の、魚とはまるで見えない頭部の、手足の水かきがようやく海洋生物としてカウントできるような怪物みたいな姿。

「まったく似てなかったんだが」

 主語がないが、プールでの姿と二次元的像を比較したが、

「ええ、私達から言わせてもらえば、人間のイメージというか、むしろよくあんな姿として想像できるものだと感心半分、あきれ返る半分ですね。本当の姿は、……まあ、お目にかける機会がないことを望みますが」

 淡々と感想を返す。麦茶を一口飲んで、沖水は右手の人差し指を一本だけ立てた。その指先にごく小さな泡が浮かんできたかと思うと、卓球の玉ほどの水の球に膨れ上がり、さらにバレーボールのボール大になり、しかも沖水が指先や手を動かすと、それに合わせてブヨンブヨンと伸縮する。まるでうどんの生地である。

「こういう風にすることもできるんです」

 右手をパッと開くと、水泡は弾け消えた。しかも、どこも濡れた跡がない。

「水蒸気量の加減など造作もありません。昨夕、謙吾さと波野さんに被害を及ぼしてしまったどしゃぶりとかも。どうです? 少しは信じてくれましたか」

「まあ、そう聞かれれば信じるってことになるけどな」

「歯切れが悪いですね」

「その……なんで地上にいるんだ? サワが言う所の校外学習とかっていうことか?」

「校外学習ですか……」

 それまで無言でグラスを空け、さらに持参したペットボトルを半分まで飲んでいたサワに視線が向けられた。

「違うのか?」

「いえ。違うわけではないので。私の、私達のことでしたね。役目は監視ですよ」

「監視? なんか物騒な言葉だな」

「人間だってしているではありませんか。他の生物の調査、希少生物の保護などを理由に挙げて。かといって、人間に直接何かをするということはありません。人間が自然に、海洋に過剰な悪影響をしそうな際には、先陣達が研究者として政治家として、あるいは著名人として予防的な対処をしているくらいです」

 視線がまっすぐだった。決して嘘をついているのではない、と見えた。

「まあ、なんか好戦的でなければ、それでいいんだろうがな。俺が言うのもおこがましいけど」

 謙吾は天井を見上げた。その視線はそれよりも遠い所を見ているようであった。

「大丈夫ですよ。通常の私達は、謙吾さん達と同じように日常を送っています。ですから、今の私は沖水滴です。今まで通りの位置づけでかまいませんから」

「かまいませんてもな。もう聞いちまったからな」

「そうですね。でも、お気になさらずに」

「でも、それとあの水の巨人とは関係ないんじゃ……」

「地球温暖化。困りものですよね」

 唐突感が否めない。

「年々平均気温が上昇しています。熱中症の危険性も。それに私は今受験生です。大学進学に向けて勉強に勤しまなければなりません。謙吾さんも身体に堪えませんか?」

 「謙吾さんも」ばかりではない。夏の熱気だけでも老若男女体調を崩しかねない。それに沖水が言うように大学受験を控える身にはそんな気候だからといってサボるわけにはいかない。

「ん? ストレスってことか?」

「ええ。特にどこぞの輩が私の臨界点を易々と沸騰させてくれましたので」

 つまりは最大のストレスがサワの登場だったということになる。人間の姿になった半魚人が本来の姿にならず、水の化け物になったくらいに。

「そのストレスへの生理反応が水の巨人ああなったと?」

「そういうことになります。よく覚えていませんが、謙吾さんと波野さんを見かけて挨拶しようと思ったところまでは覚えていますが」

 腕組みをして、目を閉じたまま、顔を天上に向ける。あの水の巨人がやたらにサワを攻撃していた理由、しきりに謙吾たちに接近しようとしていた理由は筋がある。その後、沖水の制服が乾いたのも彼女の力の行使によるものだろう。ならば、

「ま、お前は沖水だ。俺にとっては」

 姿勢を直して頭を掻くしかなかった。

 “ドッ ドッ ドッ”

 それでも謙吾の表情はどことなくすっきりしていた。

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